6.無くすもの 奪われるもの 抗うもの(その2)
とんとんとん!
心地よくまどろんでいた処を、いきなり毛布をはぎ取られちゃったような感覚だった。
何をどうしてどうなったのか、正直全くわからない。
まともな認識が戻ってきた時、あたしは半開きになったドアの方を向いて、二人の人物を視界に入れていた。
「おはようございます、リナさん、ガウリイさん」
愛想良く前に出てきたのは、昨日ガウリイを手当してくれた医者。
「あ、あ、お、お、おはよう――ございます」
まだ何だかしっかり感覚の戻っていないあたしは、しどろもどろになってしまった。
それを見て、医者がくすっと笑い。
「――もう少し後の方がよかったでしょうかね?」
一気に血が上る。
「な、な、何言ってるんですかっっ!?
そ、それより、そちらは?」
椅子から立ち上がったあたしは、ベッドに寄りかかるような恰好になる。
「この診療所のもう一人の医師で、コルレンと申します」
ああ、なるほどね――。
夕べの先生の愛想の良さに比べると、ちょっとぼくとつとした印象だ。
切れ者って感じじゃないけど、魔法医一筋に勤め上げて来たってトコかな。
「――リナ?」
不思議そうな声がして、ベッドに付いていたあたしの手にガウリイが触れてきた。
――あ、そっか。
意識不明だったガウリイには、どっちも初対面だもんね。
あたしがなるべくガウリイを見ないようにして説明している間に、二人の医者がベッドの脇までやって来た。
「――じゃあ、よろしくお願いします。
あたしこれを片づけてきますから」
部屋をそそくさと出て、あたしはまだどっか掛け違ったような感覚のまま、急ぎ足で流し場を目指す。
――あー、びっくりしたぁぁぁ〜。
――それもそれもっ――その前よ、その前っ!
あたし――ガウリイは何しようとしてた?
いったい何してたのよっっ!?
うぎゃぁぁぁぁ〜〜〜〜。
ぱしゃばしゃばしゃ。
顔を洗ってから、とりあえず手櫛で髪を梳く。
やだ、ぐしゃぐしゃじゃない。
――はっ……、うとうとしてた時のってもしかしたら――髪を撫でられてたんじゃないの?
そう言えば――ガウリイが何か言ってたような気もしないでもないし――?
それに――――うはぁぁっ。
よーく考えてみりゃ、一晩中顔くっつけてた(ぐふっ)ワケだし、たかだか『なでなで』とか『すりすり』とかでテンション上げるこたぁない――ないけどぉ―――、それとこれとは――これとはっ。
そうよ、さっきしてた――ううん、断じて未遂だってば!――コトに比べれば――――?
こんな寝起きの顔で? ――って、そうじゃなくてぇ!
そりゃ、野宿した時なんて、いっつも見慣れてるだろうけど――だからぁ、問題は――問題はっ!?じたじたじたじた…………(×無限大)
何とかテンションを強制低下させて病室に戻ると――。
医者コンビは、これから治療を始めるコト、けっこー時間がかかるかもしれないから、あたしはどうするかってなコトを訊いてきた。
「――メシ――でも食って――こいよ」
医者の向こう側から、ガウリイの声。
――そう言えば、昨日の夕食も食べてないっけ。
確かに飲まず食わずに寝不足で、あたしまでブッ倒れちゃお話にもならない。
ここで踏ん張った所で出来るコトは何にもないだろうし――ガウリイにまた余計な心配されたくないし――、ここはそうすっか。
「――じゃあ、朝ご飯や雑用済ませてきます。
昼くらいまでには戻ってきますから――」
医者の間から、決死の思いで――ガウリイを覗き込む。
「ち、ちゃんと先生達の話聞いて、しっかり治してもらわないと承知しないからね」
「後で――な」
「後でね」
――状況を一切無視していいなら、いつも通りのあたし達に戻ったような調子だった。
診療所から出ると、これまたいつも通りの朝の喧噪があった。
何だか自分だけが浮き上がってるような――違和感。
身体は泥のように疲れてる――と思う。
それでも気分だけは――ガウリイが治療を受けてるって言うだけでも――ずいぶん楽になったような感じだった。
さっきの奇態は―――今は考えないでおこう。うんうん。
早いとこ自分のペースが取り戻さないと――こんな状況で、へろへろしてらんないって。
うんと伸びをして、深呼吸。
やっぱり朝の空気は気持ちいいや―――、―――もう息苦しいの治ったかな、ガウリイ。
――――――――――――おひ。
思い出した途端に、また顔に血が上ってくる。
やぁめぇてぇよぉ〜。
あれは単にムードに流されただけって言うかー、寝不足で頭がプーになってたって言うかー、第一、未遂なのよ、未遂っっ!
ぜーったいそーなんだから、そー決めたぞっっ。
ぜーはー。
何だか別なイミで、どっと疲れるかもしんない………
結局。
荷物とかのコトもあるし、いったん宿に戻るコトにした。
少し朝ご飯の時間には早くて、一階の食堂はまだ人影がまばらだった。
「おや、お客さん、朝帰りとはお盛んなことで。旦那の方は?」
ぶち。
寝不足プラス空腹のあたしがキレるには、この下世話な冗談、十分すぎた。
殺気を感じたのか、宿の主は冷や汗流しながら事情を訊いてくる。
ざっと話してやると、今度はミョーに難しい顔になった。
「何?」
「いやー……、夕べからちょっと騒ぎになっててなぁ。
大通りで血を吐いて倒れた奴がいる、悪い病〈やまい〉持ちじゃないか――って」
「――ちょ……! 何なのよ、それっ!?」
思わず大声になってしまう。
食堂にいる人達の間に、ひそひそ話が始まった。
そりゃあ群衆の中でガウリイが倒れたのは事実だけど、この分だとどうやら――ずいぶん広まってると思った方がよさそうな――。
「お、俺が言ってたワケじゃないって……!
――違うのか?」
「――倒れたのは本当よ。
でも、断じておかしな病気なんかじゃないわ」
「じゃあ、何なんだ?」
う゛っ。
はっきり言えば――いまだ原因不明。
とは言え、それを正直に伝えた日には、さらに悪いウワサを煽るようなモンである。
いくら魔法医のいる街とは言え、流行病〈はやりやまい〉などの恐怖が皆無っていうわけじゃないんだから――。
「――はっきりした病名は知らないけど――。
考えてみなさいよ、もし流行病とかなら、あたしにもとっくに移ってるはずじゃない」
「でもなぁ、ほら、潜伏期間――ってのもあるからなぁ」
おっちゃんの呟きに、あたしはカウンターを叩いていた。
「ったく、いい加減にしてよっ!
そうだって証拠でもあるわけ?」
今度は剣幕に気折られることなく、おっちゃんが切り返してきた。
「仮に俺が信じたとしても――だ、他の客が納得すると思うか?」
詰まったあたしに、さらに続けて。
「こちらも客商売だ。
あんたや旦那には悪いが――」
「――つまり――出て行けってコト?」
あたしは極力怒りを抑えて、問う。
こんな状況じゃなかったら、問答無用で宿ごと吹っ飛ばしてやるのにっ。
「そこまでは言わない――が――。
この街にもそういうのを気にしない宿もあることはある。
そちらに移った方が――あんた達もイヤな思いをせずにすむんじゃないのか?」
そういう宿――つまりは、以前一緒に旅していたゼルガディスが、人目を避けるために使っていたような場所だろう。
設備は最悪、食事は最低、宿代は法外――その代わり、客の素性は一切問わない。
けど――そんな所に今のガウリイをおけって?
そんなの満足に休養するどころか、かえって悪化させるようなモノだ。
「モノは言いようよね。
もし相棒がそんな病持ちだったら――あんたにだって、とっくに移ってるわよ」
おっさんが小さく悲鳴を上げた。
その事実に気付いていなかったんかい、あんたっ。
でも――おっさんの言う通り、宿側が納得していても、客の口に戸は立てられない。
最悪、街から排斥される可能性もありえる。
もちろん、大人しく出てやるつもりなんかないけど――、そうなったら犯人探しどころじゃなくなっちゃうじゃないの。
だからと言って――――
考え込んでいるあたしの後ろから、誰かが注文を告げた。
厨房へ行こうとするおっちゃんを呼び止める。
「――言いたいコトはわかったわ、一応ね。
でも、今すぐどうこうとはいかないわ。
少し時間をちょうだい」
さすがに極悪人にはなりきれないのか、おっちゃんが申し訳なさそうな顔になる。
「宿代の割増で――どうだ?」
それでも商売根性は達者かいっ。
「――仕方――ないわね」
ううー、ガウリイのためとは言え、痛ぇ折衷案だなぁ〜。
「それから――」
「なんだ?」
「モーニングセット5人前ね」
おいおい、何でそこでコケるかなぁ?
こんな状況なら、余計にあたしがぶっ倒れてなんかいらんないじゃないっ。
食事を済ませて部屋に――もうどっちがどっちの部屋かわからなくなってるような気がするけど――戻る。
とりあえず、自分の荷物のある部屋へ入って、下着なんかを取り替え。
ホントはお風呂に入りたいトコだけど、こんな時間じゃ仕方ないか。
そうだ、ガウリイの着替え持っていかなきゃ――、着てたのは血染めになっちゃったし……。
あたしはガウリイの荷物のある方へ移動して、そのままベッドに座り込んだ。
確かに――天下の往来、それも人でごったがえしている所であんな状況になれば、騒ぎにならない方がおかしくはない。
ウワサに勝手に尾ヒレが付いてあらぬ方向に行くなんて、今までもさんざ経験ずみだし。
ただ――今回は論点が厄介。
対岸の火事ならお気楽に話してりゃいいけど、コトがいざ自分達にも降りかかって来るとなれば、いっそう伝達が盛り上がるのは必定。
さらに問題なのは――これにあのロクデナシ副団長コンビや魔道士協会の連中が便乗して来る可能性大だってこと――で――。
――どうする?
――どうしたらいい?
――どうやったら――ガウリイを――護れる――?
「……ほにゃ?」
おのれのマヌケ声に気付いてみれば、しっかり横に倒れ込んで眠りこけていた――らしい。
うわぁーーーーっ、今何時っ!?
昼までに診療所に戻らなきゃならないってのにっっ!
あたふたとガウリイの荷物から着替えを引っ張り出す。
――――――フリーズ。
いくら洗濯済みとは言え――そのぉ――下着は抵抗あるぞぉ〜。
何でうら若き乙女がこんなコトを〜〜〜。
それも、ガウリイの――
ぼんっ!
ちょ、ちょ、ちょっっっ!
勝手に赤くなるんじゃないっ、あたしっ!
ああ、もー、何が何やら。
階段を駆け下りながら、食堂を掃除していたおっちゃんに時刻を聞くと、幸いまだ昼時には間があった。
さっきので気まずいのか、おっちゃんはどこに行くかとは訊かず――あたしもそのまま宿を後にした。
えーと――。
勢いで飛び出して来ちゃったけど――昼までどーすんべー。
聞き込みするにしても――かえってウワサに拍車を掛けてもマズイしなぁ。
だいたい今はガウリイが取ってきた情報の相手と、どうコンタクトを取るかの方が重要だろう。
――作戦立てとかない――と――
ふと、将軍のコトを思いつく。
――そっか、途中で飛びだして来ちゃったからな、心配してるだろうな。
協力を申し出てくれたんだから、とりあえず報告だけでもしておいた方がいいよね。
ネイムの家に辿り着くと――、門の所で何やら騒ぎが。
げっ!? あれって――!
野心家無能副団長・ドリュパじゃないのっ。
昨日見かけた警備の兵士と、押し問答しているらしい。
うーん、今ここであたしが「こんちはー♪ 将軍いらっしゃいます?」なんて出て行った日には、どんな面倒なコトになるやら――。
そんな不毛な騒動に付き合ってるヒマなんかないぞ。
――仕方ない、勝手にお邪魔と行くか。
あたしは昨日飛び出した窓の方角から、塀を越えた。
さすがに窓は開いてないか。
通りから目立たないようにして、どこか入れる所を探してみる。
――うーみゅ、そう都合良くは行かないか。
ん? 人の気配が。
どうせ将軍が取りなしてくれるだろうから、思い切って話しかけてみるか。
「あのー………!?」「――おねーちゃん、だれ?」
意外な人物――すぎっ。
それはまさしく見覚えのある――ネイムの息子だった。