4『金糸の迷宮』0

7.隠された 真実どこで 見えるのか(その8)



「『光の剣』がどこで人間の手に渡り――ガブリエフ家の所有となったのか。
 なぜエルメキア国の中でさえ、ガブリエフ家がそれを所蔵していると、はっきり認知されていないのか――」
「他の国に至っては、『ガブリエフ』の名すら出てこない。
 その理由が――出自に関連してるとしたら――」
 あたし達は頷き合い、再び他の書類を漁り始めた。
 ようやく、真実に繋がりそうなピースが見付かった気がして、いきおい作業の手も進む。
 
「――『坊主』って、ガウリイのコトですよね」
 ぱらっ。
「ハースはそう呼んでましたよ。
 本当に弟か息子みたいな調子で――『あの野郎』とか」
 書類をめくる音の合間に、言葉が交わされる。
「――ネイムさんはガウリイから――出身地のコト――聞いてたんですね」
 どちらも手と目は忙しく動かしているので、会話と言うにはえらくテンポの悪いやりとりが続く。
「――あなたは――聞いてない?」
 それでもお互い、アタマは今の糸口からどうしても離れないようだ。
「――何かのどさくさで――エルメキアだとか聞いたような気はするけど――。はっきりとは」
 2年も一緒にいるのだ。会話の端々で故郷のコトなんかを、聞くともなしに聞いたコトもある。
 でも、返ってくるのは家族の思い出程度で、全然具体的なモノじゃなかったと思う。
「元々――自分のコトとかはほとんど話さない――って言うか、忘れてるっていうか――」
 まして、
「あの調子で、いきなり名家の出身だとか言われても――信じろって方が」
 くす、と笑いを漏らすトリスティ。
「たぶんそうだと思ってましたわ。
 だって、使用人のいる環境にあまり戸惑ってませんでしたでしょう?」
 だっけ?
「根本的に違和感がないんでしょうね。
 リナは――あまり慣れてない風ですけど」
 ええい、
「生粋の庶民、やんごとなくなんかない商人の娘ですもんで」
 あんな風に余白やら途中から書かれてるのもアリとなると、本当に隅々まで見なきゃいけないじゃないかぁ。
「わたくしも発祥は庶民ですから、そういう所は余計に目に付くのかも。
 生まれ育った環境って、本人が自覚しているより、けっこう根深く身に染み付いてるものですし」
 それでなくても読むのが遅いってのに、もー手間がかかるったら。
「まあ言われてみりゃ、金銭に全く無頓着とか、思い当たるトコもあるようなないような――」
 効率悪すぎ。
「ハースもかなりいい家の出だったようですから、その辺も気が合ったのかも知れませんね」
 ん?
「――『よう』…?」
 思わず顔を上げると、トリスティの笑顔が苦いモノに変わっていた。
「一応、公的な後見はあるんですけど、その系列が実家ではないそうで。
 ――生家の方で、かなり大変なごたごたがあったみたいです。
 はっきりとした出自を教えてしまうと、わたくしや将軍にも迷惑がかかる可能性がある、とまで」
 ――そーかもしんない。
 この洞察力にメチャ長けた奥さんだ。少しでも情報を与えた日には、いつか嬉しくない正答を導き出してしまうかもしれず。
「あのヒトは決して臆病や心配性ではありませんでしたから、相当だったんでしょうね」
 何か眠ったままの良くないモノ――多分敵対する残党か、身内か――を刺激してはいけないと思ったのだろう。
「ガウリイもそんな類の理由で、あなたに話さなかったのかもしれませんよ?」
 あの二人、元ボンボンのコンビだったのか。
「……フォローしてません?」
「あなたが不機嫌って『気』を出しているから」
 トリスティの白く長い指が、書類を繰る。
「別に、気に入らないんじゃなくて――」
「淋しい――もしくは水くささを感じている?」
 何て答えていいか――とっさに思いつけなかった。
 ただ――いつも一番側にいたはずの相棒が――急に遠くに行ってしまったような気がするとゆーか……。
 ちょっと呆けてる間に、再びトリスティの優しくなった笑みが向けられていた。
「ハースは誘導尋問が得意だったから、きっと隠してたコトも上手く聞きだしたんでしょうね。まだ子供の頃のガウリイでは、とてもかなわなかったでしょうし」
 それは――納得出来るな。
「大人になってからも、しっかり負けてましたよ」
 あの再会の晩、ガウリイは遊ばれまくってたし。
「きっとあの二人は、そういう力関係でよかったのかも。
 袂を分かってからも、ずっと深い所で繋がっていたに違いないと思います」
 ―――あれ?
「――傭兵だから、別々に雇われて疎遠になってたとかじゃないんですか?」
 トリスティはとっさに何か言いかけ――ちょっと考え込む動作をして――。



[つづく]




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