4『金糸の迷宮』1

8.相棒の 知らぬ横顔 見たようで(その1)


 ――すっかり夜も更けた頃。
 少しだけ開いてあるドアの向こうでガウリイが起きた気配に、あたしは自室に持ち込んでチェックを続けていた書類を、そそくさと机の引き出しに押し込んだ。
「………リナ?」
 明かりを持って隣の部屋に顔を出すと――、さすがに一服盛られただけあって、ミョーにぼーっとした面構えが浮かび上がる。
「調子どう?」
「………えーと、………腹減ったかな」
 うぷぷっ。
「どーせそんなこったろうと思った――ほらっ」
 ドアの脇に用意しておいたワゴンを軽く押し出してやると、ベッドの上に鎮座したままガウリイが受け止め。反動で上にかかっていたナプキンがずれて、軽い食事が姿を現した。
「サンキュー、リナ」
 さっそくお茶に手を伸ばしたガウリイの足下あたりに腰を降ろす。
「そのままで聞きなさいね」
「ん?」
「あんたが寝てる間に――将軍と人妻参謀と3人でミッション組んだから、報告」
「オレも起こしてくれればよかったのに」
「起きてたってどーせ聞いてないんだから、一緒でしょーに」
 ガウリイはあさっての方向に視線を逸らすと、黙々と食事し始める。
「細かいトコははしょるとして――。
 昼間、将軍が騎士団と交渉してきてくれたおかげで、あたし達の処遇や段取りがずいぶん楽になったわ。さすがダテに将軍してないってトコね」
 頬を脹らませながらふむふむと頷くガウリイ。
「騎士団は街の中の警護や捜査に専念、近衛隊が暗殺団関係の応対に当たるって配分も出来たって。
 これで騎士団や街の住人からジャマが入る懸念なく、情報の方に専念出来るわ」
「じゃあオレ達は――近衛の方に入るのか?」
「名義上は将軍の配下ね。
 配置的には、近衛の別動隊だって。
 連携はしてても、実質は自分達の判断で勝手に動ける遊撃隊みたいなモンよ」
「そりゃありがたいな」
「それで、例の日の段取りなんだけど。
 当日、あんたはあたしと街の外で、近衛と共同で暗殺団の迎撃を担当するからね」
「迎撃……って、来るのは何とかって商人じゃなかったか?」
「あのねぇ、仮にも暗殺団と銘打ってる奴等絡みよ?
 単なる証言者のおっさんまでわざわざ始末するような奴等よ?
 最初の標的〈ネイム〉を果たしたってのに、さっさと逃げ出してないってことは、まだ何かやろうとしてるか、こっちの動向を伺ってるか、でしょーに。
 動きが的確過ぎるトコから考えれば、複数で動いてる可能性もある。
 ンなのが、自分達の情報を持ってるような人間を、みすみす野放しにすると思う?」
 まっすぐ見据えた蒼い瞳に、真摯な光が灯る。
「――襲ってくるってか?」

「仕掛けるなら、街に着く前――ね」

 一気に部屋の空気が重くなる。
「街の中に入りこまれたら、無用にリスクが大きくなるだけじゃない。
 もしあたしが指揮してるなら、街から離れたトコで盗賊の仕業にでも見せかけて、さっさと始末を付けちゃうわ」
「……取り越し苦労だったら、どーする?」
「そんなら、素直にお迎え、護衛しながら情報聞けばいーじゃない。
 別に誰彼かまわず、無意に危害加えようなんて言ってないわよ、あたし」
 ちょっと手を伸ばして皿からスコーンを取る。
「おい」
「いいじゃないー、一つくらい」
「それで済むのか?」
「済ますワケないじゃない。
 張本人だけには、このリナ=インバースをこんな目に遭わせてくれたお礼を、十分してやらないとね〜」
 ワゴンをあたしから遠ざけながら、ガウリイが苦笑いする。
「『盗賊殺し』だけじゃなく、『暗殺者殺し』の称号まで背負う気か?」
「それもいいかも」
「そう簡単な相手とも思えないがなぁ」
「暗殺『団』だからねぇ。単なる暗殺『者』ならもちょっと作戦も立てやすいんだろーけど」
 あたしはスコーンを飲み下すと、ちょっと手に付いたクリームを舐め。
「でも、後顧の憂いはないに越したコトぁないでしょ?」
「……何だって?」
 そもそもの言葉の意味が通じてないな、この面〈ツラ〉は。
「この作戦上の詭弁だけじゃなく、将軍の危惧はあたし達よりよっぽど根深いってことよ。
 将軍が付けてきたあたし達の公的な肩書き、『ネイム騎士団長の妻子の警護のため私的に雇った傭兵』なんだもん」
「――だが、それって立て前なんだろ?」
「そうでもないのよ。
 実際、今ここに近衛の兵士が配置されてるのは、将軍がそんな名目で王に許可をもらったからなんだって」
「仮にも一国の将軍がいるんだ、部下の警護は当然じゃないのか?」
「あたしもそう思ってた」
 あたしはベッドの上であぐらをかき。
「でもね、ネイムがターゲットにされた理由の候補に、『先の戦〈いくさ〉の報復』があるでしょ?
 それって、実動隊の一傭兵司令官を謀殺するだけで恨みが晴れる? さらにその上も憎悪の対象にならない?」
「――おい…!」
 乗り出してきたガウリイに応えるように、あたしも向き合う。
「あくまでも『可能性』だけど。
 一国の将軍を直に狙おうなんて無謀もいいトコなのは、いくらあんたでもわかるわよね。
 だから、警護の薄い部分――間接的に彼が大切な人間達を手に掛けて、じわじわと苦しめてやろうなんて陰湿な作戦だったら――、次に狙われるのは誰?」
「………おいおい」
 重いガウリイの声。
「あたしだって、そんな推測は勘弁して欲しいわよ。
 でも、単なる将軍の取り越し苦労って、一蹴り出来ないのよね。
 もし犯人が本当に暗殺団なら――、必ず依頼主がいるはず。
 自分の手を汚さず復讐に走る奴が、絶対そんな発想をしてない――とは言い切れないもの。
 戦の恨みを個人的レベルで果たして恥じない思考なら、戦闘能力のないトリスティやいたいけな乳飲み子の生命だって、ちっとも気に掛けたりしないだろうし」
 ガウリイが大きくため息を吐く。
「それに――」
 言い留まったあたしに、不思議そうな視線が来る。
 将軍の危惧のタネが、それだけではなく、さっきトリスティが言っていた――ネイムの親族――が万が一依頼主として関係している可能性にもある、とは、今言わない方がいいのかもしれない。
 人妻参謀はそこまでは関係ないと思う、との見解だが、将軍にとってはこれ以上大切な身内に何かあっては、と考えてしまうのも無理はない。
 際限なく拡大していくばかりの重い危惧や不安――。
 不安が疑心を呼び、不信を招き膨れあがっていく。
 理屈じゃないだけに、これ以上面倒なコトもない。
 そこまで辿り着いた経路に、このボケボケ剣士が辿り着けるとは思えないけど、異様にいいカンで何かやってるコトくらいは気付きかねないだろう。
「いくら将軍でもいつまでも近衛を私的に使うワケにはいかないじゃない。
 そこに渡りに船、あたし達が現れた。
 戦闘能力は抜群、事情も知ってるから雇ったコトにしたって、騎士団に説明したらしいわ。
 実際、あたし達もあいつ等に睨まれずに動く自由が欲しいかったし。
 双方の利害が一致してるんだから、これを逃さない手はないでしょ?」
「名目が名目だけで済むといいんだがな……」
 ガウリイにとって、ネイムの妻子にまで危険があるなんて考えたくもないんだろう。
 あたしだって、これ以上の惨劇なんてご免被りたい。
「立て前はなんだろーと、要はさくっとぶちのめしちゃえばいーのよ。
 それでチャラじゃない」
 くすっと笑いを付けて、ガウリイの手が頭を撫でてきた。
 その暖かさと感触は、いつもと変わらないのに。
 今は少しだけ、混ざり込む違和感。
 ――あんたもそんなのを持ってるんだろうか?
 ネイムのように、笑顔の裏に何か重いモノ背負っているワケ?
「――どした?」
 ガウリイがあたしの顔を覗き込んで――不思議そうな顔になる。
「――そっか、昼間――」
 あ。
 書類チェックや作戦会議で夢中になってて、すっかり失念してたけど――そーいや、化粧したまんま。
「どーりで何か違うと思った」
「今まで忘れてたんかい」
 乾いた笑いを漏らして、ガウリイは枕にもたれかかり。
「昼間はとてもリナには見えなかったが――今はリナに見える」
「どーいうイミよっ」
「何て言うか―― 一足飛びにいきなり大人になっちまった感じで――」
 ………もしかして、テレてる?
「――その――落ち着かないって言うか――保護者としては――なぁ」
 ……………保護者ならテレるんじゃないよっ。
「おまえが知らない人間に思えたりして――さ」
 それはあたしが言いたい。
「あたしはあたしよ」
 どんなコトがあっても、あんたはあんたでしょ?
「――そうだ、な。リナはリナなんだよな」
 あたしの相棒のガウリイなんでしょ?
「あんただって、女装したって変わんないじゃない」
「それと一緒になるかっ!」
 いつものように笑い合いながらも、胸のざわめきが消せない。
 ――あたしも疑心暗鬼の仲間入りかよ……


[つづく]




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