4『金糸の迷宮』2

8.相棒の 知らぬ横顔 見たようで(その2)



「――それでね……」
「ちょっと待った」
 面食らうあたしに、ガウリイが苦笑いする。
「当日の段取りなら、その朝でいい」
 ―――。
「今聞いても覚えてられないって言う?」
 わかってんなら訊くなよと堂々と主張している顔の真ん中に、足の裏をスタンプしてやる。
「何度も説明すんの、おまえだって面倒だろっ!」
「――まあ、いいわ。
 どーせ、あたし達が先行する作戦なんだから、その間に説明したげる」
「あれ? 兵と一緒じゃなかったっけ?」
「いかにも軍人〜って感じ満載のいかつい集団が街道を闊歩してたら、異様に悪目立ちするだけでしょーに?
 わざわざ警戒モード発令してどーするんのよ。
 その点あたし達だけなら普通の旅人を装って、堂々と街道を通行出来るじゃない」
 まあ、地のまんまだしなぁと、呟くガウリイ。
「――あ、そーだ。あんた馬扱える?」
「なんだ、いきなり?」
 すっかりワゴンのモノを平らげて人心地付いたのか、ガウリイもベッドの上に胡座をかく。
「当日の配置の関係。
 ターゲットが旅の商人だからって、荷物背負って歩いてくるとは限んないでしょー?
 荷が織物なら、少しばかりの量で行商じゃ全然採算合わないもの。きっと馬車を使ってるわよ」
「そりゃそうだが…」
「襲撃のどさくさで暴走されたり馬車ごと転倒でもされた日にゃ、足引っ張られかねないじゃない。
 戦闘慣れしてない商人達がパニくっちゃってもいいよう、馬の扱える人間がカバーに入るつもりでいないとね」
 ガウリイがダメなら、奴等に気付かれるリスクが増えるのを承知の上で、近衛から誰か先行させとかなきゃ。
 当然あたしは扱えるけど、暗殺団と一戦構えてる時にわざわざハンデを背負い込むなんてごめんだ。
 溜まりに溜まったこのウップン、しっかり利子も付けて思う存分返させていただかないと。
「ああ、それなら問題ない。馬車でも裸馬でも乗れるぞ」
 懸念したのがアホぅのような明るさで、ガウリイが笑った。
「…さすがの運動神経ね」
 あたしの呟きに、ちょっと遠い目をして、乱れた髪をかき上げ、
「って言うか、子供の頃は側にいつも馬がいたからなぁ。
 遊びで乗っかる時に、わざわざ鞍なんか付けないって」
 ――馬がいる環境。
 牧場や馬車屋、蹄鉄屋とかの商売系じゃなければ、後は馬車が常備あるか、乗馬をたしなむブルジュア系――。あ、軍人や騎士の家系だったら、騎馬もありか。
 さっきのトリスティとの話と資料――いい家の出身というのは、やっぱりウソじゃないんだろう。
 
 ――だからこそ――昔、いったい何があったっていうんだろう。
 
 ――結局、トリスティは言いかけたコトを話してくれなかったのだ。
『それはこの件と関係ないと思います。
 ガウリイと深い関わりがあったハースが言わなかったのですもの。
 その場にいたのでもない第三者から、軽々しく言えることではありません』
『もちろん、それではとても納得は出来ないでしょうけれど。
 わたくしなどが話していいことではないのだと思ってください。
 そうせざるを得なかった――とても、とても重いことですから。
 リナになら、いつか時が来れば、ガウリイの口から話してくれるでしょう』
 それまで待て――と、固辞するばかりで。
 あの様子からして――、単なるいぢわるやいたずらで話してくれなかったんじゃないと思う。
 状況を的確に読み判断を下せる彼女の能力は、これまででよーくわかってる。
 だからこそ――どうしても強硬手段には出られなかった。

 あの二人の間に何年もの空白を作るほど、重過ぎる原因。
 ――それほどのコトなら、いくらガウリイでも完全に忘れ去ってるとは思えないけど。
 あたしには話したくないってことなんだろう――今のトコは。
 ネイムの出自みたいに、迂闊に話せないほど大変なコト――なんだろうか。

「リナ? どうかしたか?」
「…いーえ、ちょっと頭の中でシミュレーションしてみてただけ。
 じゃあ、馬車関係は大丈夫ってコトで。
 帰りは乗ってくれば、さらに楽よねっ♪」
「おう」

 ネイムが生きていたら――教えてくれたのかな。
 まあ――自分の出自は封印してたクセに、そっちはしっかり女房に話してたってのは――それほど深刻じゃないかも。
 ―――あるいは。
 話しても――もう何も状況は変わらない――って言うこと?
 ――――、話したくないコトを無理矢理聞き出す悪趣味はない。待つのは容認してもいいとして。
 この脳溶解生物ガウリイのことだ、話してもいいかってなった頃にゃ、すっかり肝心の記憶無くしてたりせんだろうな?
 くそー。かえすがえすも情報源が封じられたコトが痛いぞぉ。ムカムカ倍増っ。
 
「で、当日までオレは何してればいいんだ?」
「病人がやるコトったら、養生に決まってるでしょーが!」
 ったく、ちょっと元気になると、すぐ現状忘れまくるんだからっ。
「けどよ、あのえらい先生の治療のおかげで、ずいぶん楽になったんだぜ。
 鍛錬までは出来なくても、寝てばっかりで鈍っちまうと困るんだがなぁ」
 勝手なコトばっか言いよってからにぃ。ヒトがどれだけ気を揉んでたか、気にもしてないのか、こひつわ。
「………だったら、うってつけのリハビリがあるわ」
「なんだ?」
「トゥールの遊び相手♪」
 枕に背中からどさっと倒れ込む半病人。
「ちょーどいーじゃない。
 子供って遊ぶ時は全力、エネルギー切れするのも早い短期集中型だし。
 子供の相手は得意じゃなかったの?」
 この脳天気剣士に遊び倒してもらえば、トゥールも気が晴れるだろう。
 父親を急に亡くしたばかりなのに、こんなコトで祖父や母親は忙しいときては――ね。
「――ま、そうだな」
 枕の上で仰向いたまま、ガウリイがぼそっと呟く。
「――剣技を見せるって――約束――したし――」
「うそっ!? 覚えてるのっ!?」
 ぐー。
「起きたばっかりで寝るなあっっっ!!」

 こんな方面だけ病み上がり全開だが、今は大目に見てやるコトにして。
 ワゴンを片づけがてら見終わった書類を戻しに廊下に出ると、屋敷内は静まりかえっていた。
 もうメイドさん達も自室に引き上げ、庭の芝生に所々灯りが映っているだけ。
 ネイムの部屋の位置は暗い。トリスティも子供達の所に戻ったな。
 
 『明かり〈ライティング〉』を片手に部屋に入ると、さっき机の上に出した分はすでに整理されていた。
 しかし、チェックにひっかかった書類を入れてる引き出しには、成果があった様子はなく。
 書類棚の手つかず分は――かなり残り少ない。
 思わずブルーに傾斜角度増大。
 ………よく『探し物は一番最後に出てくる』とかゆーじゃない?
 一番下から数枚を引き抜いてみる。
 『ドリュパと魔道士教会の関係は、警戒が必要だ』
 げっ!?
 いきなり何か違う方向にビンゴって言う?
 うおぉ、何でこーいう面倒な内容に限って、紙いっぱいにずらずらと書いてあるんかな。
『ドリュパの近親筋に魔道士教会の有力者がいるのは周知の事実だが。どうやら人物的にも同族なようだ』
 ――察するまでもなく、あのオバハン副協会長なんだろうな。
 斜め方向にざっと読んでみるだけでも、何かアブナっぽいコトが羅列してるじゃないか、おい。
 要約すると――彼が親衛隊長になるバックアップをする代わり、協会長になるのをプッシュするだの、イロイロ持ちつ持たれつするコトになってるとか何とか。
 他国の貴族まで関与してるって――こりゃ見事な癒着ってヤツかい。
 こんなのがここの領主――いやいや、ごく内々にでも将軍に流され、国王の耳にでも入ったら。総勢エラいこっただろう。
 地位剥奪くらいですめばマシ、悪くすれば処刑。ヘタしたら、国の何割かがひっくりかえりかねない。
 ――そっか、わざわざ暗号で書くってのには、こういう方面の書類の可能性もあったんだな。
 あたし程度の接触でも気付く(ガウリイは除く)あの危なさだ。
 優秀な指揮官のネイムなら、この辺の動きまで詳しく察知していても不思議じゃない。
 傭兵あがりと言えど――いや、だからこそ国を越えた情報網もあったはず。
 普通のネットワークじゃ出てこない部分が掘り出されても―――

 ――ちょっと待って。
 もし、こんな情報をネイムが持ってるって、あっちの関係者が知ったとしたら?
 
 ――思いっ切り痛い腹をさぐられるのを、黙って手をこまねていてはいまい。
 髭男が言ってた『戦の逆恨みをしていた有力者』が、この構図の中に入っていたとしたら?
 腐ってても副団長、そんな情報も手に入れられるだろう。
 魔道士教会と密約を交わすような野望ありあり中年男なら――ネイムを排斥するために、手を組もうとする可能性はある。
 そいつ等の誰かが―――暗殺団に繋がりを持っていたら?
 ネイムが狙われた理由は―――付くん……じゃない?


[つづく]




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