8.相棒の 知らぬ横顔 見たようで(その3)
……この調査、将軍やトリスティは知っているんだろうか?
最初に話した時、将軍は『内通者を探す』と言ってた。
これだけ国の大事に発展しかねないコト、少しでも耳に入れば見逃すはずがない。当然そちらの線も考えたろう。
なのにさわりも出てこなかったってコトは――。
単純にその時点じゃ信用されてなかっただけー、にしても、近衛と共同戦線を張ろうって今に至って、全て隠し通しなのってあまりに不合理だろう。
あれだけ長々とこだわっていた『光の剣』の件でさえ、ずっと一人で調べていたネイムだ。しっかりした裏付けや証拠を取れるまで、極秘で内偵していたのかもしれない。
そして、何かを掴んだ――から、口を封じられた……?
あああ、仮定ばっかり立ててもまだるっこしいだけっ!
すぐに情報の有無だけでも確認したいとこだけど――こんな深夜じゃ、トリスティは子供達と一緒だろうし、将軍も警備が付いていないはずがなく。どっちもこっそり内々にとは無理な相談。迂闊に騒ぎ立てるのは賢明じゃない。
気を取り直して、いったんそれを例の引き出しに収め、次をめくる。
おや、珍しいパターン。文章じゃなく、何かの図っぽい。
横長な紙の一番左に単語が一つ、すぐ下に小さくもう一つ。
右に向かって短く数本放射線状に線引きした先に、同じセットの括り。さらにそれぞれから同じパターンを繰り返し。
他にもランダムな線引きや単語の群れがいくつかあるものの、さしずめ大きな三角形。
一番最初の単語セットは――
『マーセット/将軍』。
線を辿った先は『/部隊長』の群れ。
なるほど、戦闘の配置図?
単語の一括りが、指揮官を示してるってワケね。
――ネイムが書き留めてたってコトは――。
やっぱり。三角から外れた大きな一群の一番先に『ネイム/遊撃部隊長』。
まだ傭兵扱いって――もしかして、彼が軍功を立てたって戦〈いくさ〉のヤツ?
これも何かの手掛かりになるかも。
その近く、将軍からダイレクトに長々と線を引いたのはなんだろ。
『トリスティ/参謀(非公式)』。
わはは、この時もしっかり隠れ軍師かい。
あれ、横に何やら謎のマーク。他にはないトコ見ると、非戦闘員ってイミかな?
これもストレートに関係者父娘に解説を求めた方が早いな。
立て続けに収穫があったのは良かったとして。肝心の『光の剣』関係はすんなり当たりクジとはいかず、数枚無駄にスルー。
次はっと……、図パターン再びか。―――って、何ですか今度は。
左から線を引いて展開してくのだけ一緒だけど、単純な末広がりじゃなくて。
どうも行き当たりばったりな書かれ方をしたらしく、線が途中で二股や三股に分かれたり、集束するは途切れるは、規則性があるかと思えば、いきなり脇から生えてきたり。
第一、所々に付いた数字以外、わかるような単語がない。
線一本に対して書かれてるのは、不明な記号オンリー。
暗号だけでも思いっ切り面倒だっつーに、記号まで上乗せしなきゃならないって何ゴトよ。
……そんなにシーク度が高いってコト?
魔道士的見地で単純に考えるなら、薬品の調合図とかになるんだろうが。
……純正剣士のネイムがこんな複雑な調合考えてたってのもなぁ。
それにこの記号――どっかで見たような気が………?
うーーーーーーーん。
えーーーーーーーとぉ。
……ガウリイの不治な物忘れ病が伝染したろうか。キケンだっっ。
手掛かりの香りプンプンなのに、まだるっこしいコトこの上ない。
眠気に負けてベッドに辿り着いても、その棘は取れず――
次の朝になると、ガウリイの顔色は格段に良くなっていた。
さすが御殿医の腕は優秀、と言ったところか。
動きの方も、いつものキレはないまでも、力が戻ってきている。
将軍もトリスティも親身になって喜んでくれ、重くなりがちな屋敷の空気が和みモードに向かう。
そっちは大歓迎なのだが――困った事態も発生する。
ガウリイが元気に動き回る分、トリスティ達とあのコトを話すチャンスが作れないのだ。
そうこうしているうちに、将軍は用事で出かけちゃうしぃ。
だがしかし、日頃の心がけがいいと、チャンスは勝手にやって来るもの。
ガウリイが約束を忘れてなかったのはマグレじゃなかったようで、昨日の言いつけを守ってトゥールを遊びに誘ったのである。
「いいの?」
にっこり笑うガウリイに、すっかりはしゃぎモードの5歳児、勇んで庭に出て行く。
すかさずトリスティをネイムの部屋に連れ込…もとい連れて行く。
道々、端で聞かれてもマズくない程度遠回しに、内偵の件から話を始めたのだが――。
「それは『ド』の付く方のことでしょう?」
あっさり看破。
「どうやらあの方は、公的な地位を手に入れることが自分の思い通りにコトを運べるのだと、履き違えられているように見えますもの。動かせる力が大きいほど、己に向かって動いてくる力も増すのだと気付かれていないのでしょうね」
うあ、やっぱり影の参謀はダテじゃない。ばっさり切り捨て。
「ネイムさんが何か言ってたことは?」
「一度だけ――『大掃除が必要だと思うか?』と訊いてきただけで、具体的には何も。
ですが、団長就任時のごたごたは将軍から聞いていたから、どちらのサブ達も不的確と示唆しているとわかりました」
先に立ってドアを開けながら、
「『徹底的に磨き上げるならね』と答えた覚えがあります。
その後、夫がどう動いていたのかまでは知りませんけれど、放置出来ないと思っていたのは間違いないでしょうね」
つまり、「副団長を両方ともクビにしたいと思うか?」「やるなら一派まで丸ごと一掃しないとね♪」ってコト?
……それでしっかり意志疎通出来ちゃう夫婦って。
ネイムったら、このツーカーのスキルも少しくらいガウリイの奴に叩き込んでくれてれば、あたしはずっとずっと楽だったのにー。
…それはともかく。こりゃ、相当調査してたと思って正解だな。
まず、長ったらしい書き付けの方に目を通してもらうと、案の定同じ推理に辿り着いた。
「……動機としてはかなり強固ね」
「ネイムさんの強さは、並みの暗殺者じゃかなわないってわかってる。
だから集団、周到な手段で来た」
「何の関係もない方々にまで、被害を及ぼすのも厭わずに――」
トリスティが愁いに満ちた瞳をする。
「――もしこれが真相だとしたら、リナ達にはますます申し訳ないことになってしまうわね」
あたし達を国の内紛に巻き込んで戦わせるのを、まだ気にしてるな?
机に腰掛けて、ちっちっちと指を振ってみせ。
「ンなトコだけ間違わないで、トリスティ。
贖罪しなきゃいけないのは、そっちの当事者と暗殺団でしょうに?
あなただってまごう方なき被害者の一人、責任感じる必要なんてこれっぽっちもありゃしないわ」
あたしの極めて正当な意見に、人妻参謀は苦笑いした。
「暗殺団を討伐した直後が、関係者洗い出しの狙い目でしょうね」
うんうん、そうでなきゃ。
「暗殺団なんて報酬次第で誰の味方にでもなる奴等だもの、後々自分達のアキレス腱になりかねない。
むしろ口を封じられたと喜んで、多少なりとも浮き足立ってくれると思うわ」
戦闘配置図を示し、
「これって、ネイムさんが傭兵部隊のまま参加してるけど?」
「――彼が初めて将軍の采配に入った時のね。この後、しばらく部隊ごと契約していました。
――なるほど、酒場でお会いした方の情報の当事者と先程の関係者、絡んで――あるいは重なっているかも」
人妻軍師との討議って、階段を一足飛びに駆けてるみたいで一種爽快ですらあるのだが。
この件に関しては、詰めれば詰めるほど内容はどんどんディープになる一方だなぁ。
このまんまだと、一連の関係者を一通り要チェックってコトになりそうな風向きだ。
気の遠くなりそうな話だと内心ため息を吐く。それさえ見透かされたのか。
「本当ならわたくし達自ら、全て追及したいところだけど――。
他国まで絡んでいるとなると、基本的な内通者の洗い出しは、組織サイドにいる将軍に任せた方がいいわね。
内情はどうあれ、対外的には部外者のわたくし達が迂闊に動けば――」
「即座に隠蔽に走って、チャンスを潰しかねない」
「リナは特に目立ちますから」
「隠密行動の目くらましに協力してるの」
「暗殺団の方には最大の牽制ね。
それで依頼遂行を諦めることはないでしょうけれど、いっそう力を入れてきそう」
「ご心配なく。このあたしにかかれば、どんな相手でもすぺぺのぺーよ♪」
トリスティがくすくすと笑い。
「でも、辺りの破壊はほどほどにしてね。
情報通り来襲があるだけでも、十分証拠になりますから」
「解決の強力な糸口だわね」
具体的な対応は、将軍が帰ってきてからまた打ち合わせしようということになり。
「あ、そーだ。トリスティのトコにあるマークって何かわかる?」
「………さあ? わたくしも見るのは初めてです」
「他には――」
言いかけたトコで――唐突なヒトの気配。
緊急以外は人払いしてあるはずだが――?
トリスティをドアへ促し、そそくさと書類をしまい込むあたし。
急かすようなノック。
ノブに手をかけ、確認を求めてきた彼女に頷いて見せる。
息せき切って入口に立っていたのは――意外にもトゥールだった。