1.末姫様、魔道士協会へ行く
そのご
「さ、レイナ。出掛けるわよ」
「えー、もーしゅこし、あとじゃだめなのぉ?」
居間で兄ちゃんズに、もみくちゃにされるように愛でられていたレイナは、珍しくゴネた。
ま、無理ないけど―――。
「さっさと行って、さっさと帰ってくりゃいいだろ?」
ガウリイのアバウトな意見に、子供達全員の視線が冷たい。
レイナは、丁度抱っこされていたラーグにしがみついている。
半泣きですりすりと擦り寄る小さな身体に、特に妹想いの三男坊はかなりほだされたようだ。
「―――じゃあ、おれが付いてってやればいいか?」
「ほんとっ? ラーグおにーしゃん、しゅきっ!」
いっぺんに笑顔に変わったレイナは、本当に可愛かった。
しがみつかれてとても嬉しそうなラーグを見て、バークも負けじと言う。
「ラーグが行くんなら、おれも行くぞっ」
「バークおにーしゃんも、しゅきっ!」
今度はすぐ隣のバークに抱き付く。
さすが双子、溶け方も一緒だね。
あーあ。みんな末姫様には弱いんだから。
あたしは思わず、ガルを見た。目が合う。
「おれはいいよ。別に用ないし。
みんな行っちまったら、父ちゃん一人で退屈しちまうだろ?」
「オレはかまわんぞ。行くんなら行ってこい」
あたしは名案を思い付く。
「いーわ。あんた等には、お使い頼む。
雑貨屋に行って、お爺ちゃんに『戻ってきたから、明日は店番する』 って、伝えて来て」
「そっか。父ちゃんだけじゃ、わすれちゃうもんな」
「あのなぁ」
「決まった。じゃあ、行くわよ」
『はーい』
子供達は全員元気に立ち上がった。
レイナは、ガルの所にとてとてと駆け寄って行くと、またすりすりと頬ずりして言った。
「ガルおにーしゃん、かえってきたら、またあしょんでねっ」
「ああ。もういいってくらい遊んでやるよ」
頭を撫でられて、嬉しそうに微笑むレイナ。
その妹の笑顔に、撫でた方〈ガルデイ〉はやっぱり溶けていた。
魔道士協会に到着したあたし達は、そのまま受付で待たされること、しばし。
「母さん、まだかよー?」
「まだ悪足掻きしてんのかしらね。ったく、どこまでもノンキなんだから」
「おれたち、その辺見て来ていいかい?」
「レイナもいっしょにいくぅ」
「―――いいわ。戻って来た時、もしあたしがここにいなかったら、ここの人にどこ行ったか訊いて、そこにいらっしゃい。いいわね?」
『はーい!』
三人は元気に駆け出して行った。
『ここの人』こと、若い魔道士の姉ちゃん――確か名前は、コーシェスだっけ?――は、くすっと笑いをもらした。
「さすがリナさんのお子さんですね、皆元気で可愛い」
何か少々引っ掛かるモノも感じるけど――、まあ、子供を褒められて嬉しかない母親はいない。あたしはにっこりと極上の笑みを返す。
「今度、見習いでここに入るんで、よろしくね」
「まあ、あの小さなお嬢ちゃんも?」
ちょっと広めの額のせいで目立つ大きな黄緑色の瞳を、余計に見開いて訊いてくる。
特別目を引く容姿ではないけれど、やたらとこぼれまくっとる明るさが、こういう部署向きなのかもね。
「あの娘のコトで、今日はわざわざ来たのよ。お許しもらえるかしらね?」
――この小人数の支部で、こんな噂好きそうな姉ちゃんの耳さえ、レイナの話が入ってないってコトは、――あのぢーさん、いよいよ内々で処理しようとしたなっ?
――ならば、逆にこっちからそう出来ないようにしてやろーじゃないの。
あたしはわざと、オーバーなリアクションとそそる話し方で、コーシェスに今までの経過に、色々尾ひれを付けて吹き込んだ。
「まあぁ、そんなに才能のあるお嬢さんでも、たった三つの子を本部へやろうなんて、ひどすぎますわっ」
案の定、暇な姉ちゃんは面白い題材に飛び付いて来る。
「そうでしょう?
あたしだって、やっと出来た可愛い女の子と、いくら修行のためでも引き離されるなんて、辛すぎてもう……」
しくしくと泣きまねするあたしに、彼女はいよいよノッてくる。
「いくら支部とはいえ、ここだってそれなりの規模じゃありませんか。お家からだって通えるし、お兄ちゃん達も一緒の方がいいに決まってますっ」
「ええ、それで今日は、どうかそうして欲しいとお願いに来たのよっ。
そうでなければ、あたし達ほら、セイルーン王家の方達に少しだけどツテがあるから、いっそ、そちらを頼っていこうか、なんて話してたりして……」
「そんなぁっ、それはゼフィーリア魔道士協会全体の損失じゃありませんかっ」
「でも、いくら修行のためでも、まだあんないたいけな娘を、手元から離して本部なんかにたった一人でやるなんて可哀相過ぎて…、うるうる」
「―――わかりましたわ、リナさんっ!」
長めの黒い巻毛をなびかせて、受付嬢は立ち上がった。
「こんな無体な話、放ってはおけませんっ!
私、早速この協会中…いいえ、国中の協会に連絡しますわ。全協会の魔道士達の賛同が得られれば、いくら上層部が何と言おうと、怖いモノはありませんっ!」
そう言うや否や、彼女は『隔幻話〈ヴィジョン〉』室の方へとダッシ ュしていった。
ほほほほ。
魔道士協会で職員なんてやってんのは、所詮変化や話題に乏しいから、こんな話にはみんな一も二もなく興味を示すはず。
賛同を得られるかどうかは二の次にしても、これで何もかも内々にとは、どうやってもいかなくなるわな。ざまーミソ。
―――ちょっと後。
あたしはようやく、役員室に呼ばれた。
もう正直言って、この老魔道士の顔なんぞ見たかぁないのだが、愛娘のためだ。
母は耐えてみせるぞっ。
「よく来てくれた、リナくん。―――あのお嬢ちゃんは…?」
その目の色からすると、こいつ、レイナを怖がってんのか? 情けねー奴っ。
「待ちくたびれて、その辺で遊んでます。ご用なら、すぐ呼びますけど?」
「いっ、いや。それには及ばん」
「それでは、さっそく本題へ入って下さい。あの子は目を離すと危ないですから」
本当は意味が違うのだが、勝手に自分の都合で解釈したぢーさんの顔色が、みるみる冷めて行く。
「そっ、そうか…。でっ、では…」
副評議長の話は、予想通り要領を得ない、自己保身と大義名分に彩られたモノだった。
あたしはテキトーにツッコミと相槌をうって、時間稼ぎに付き合ってやる。
え? 何でかって?
そりゃー、待っていたからである。
「おっ、お話中、失礼いたしますっ! 協会本部から大至急の伝令です!」
――こんな風に使者が乱入してきて、ぢーさんに伝えるのを。
使者の伝言自体は、耳打ちだったので一切聞こえなかったが、さらに蒼白になったことから考えても、内容は大方こちらの予想通りだろう。
「どうなさいました? 顔色がお悪いですけどぉ?」
使者が去った後、ぢーさんは引きつりながら、汗を拭き拭き答えた。
「…いっ、今、協会本部から大至急の伝令で―――」
――おい、ぢーさん、あんた、まぢで人をバカにしとるんか?
「……レ、レイナ=ガブリエフ嬢宛てに、リナ殿共々、ゼフィーリア王宮へのお召しがあったと―――」
「…はあ?」
―――どこをどうしたのか、事態はあたしの予想をはるかに越えるスピードとレベルに達してしまったようである…。あの後、放心してしまった副評議長を置いて、あたしは子供達を探しに出た。
『王宮からのお達し』まで事態が進行しちゃったのなら、もーぢーさんの戯れゴトなど、どーでもいい。
一刻も早く、王都へ向かうのみである。
まず受付に戻って見たが、誰もいない。
受付嬢はまだどっかで、噂の波状攻撃をしまくっとるんだろーか。
――まあ、効果は十分すぎるほどあったけどね。
「バーク! ラーグっ! レイナぁー!」
呼んでみても、やっぱり答えは無し。
うーん、今度ここへ通うようになったら、探索の魔法の使える『宝石の護符〈ジュエルズ・アミュレット〉』でも、迷子札がわりに付けとこうかなっ。
――いくら支部といえど、それなりに協会の中は広い。
やや半周もして、やっと渡り廊下に据えられているベンチで、日向ぼっこよろしく寝こけている双子を見付けた。
「こらっ! あんた達、レイナはどこへ行ったのよっ?」
いっぺんに目が覚めた兄コンビは、顔を見合わせて慌てる。
レイナの行方不明はそれほど珍しくはないけれど、笑っているわけにはいかない。
何回かは、まぢで犯罪レベルまで行ったコトもあるんだからっ。
「手分けして探すわよっ」
あたしの指示に、バークはすぐ立ち上がったが、ラーグの方は、ゆっくりと周囲を見回してから―――、ある方向を指差した。
「母さん、あっちって何がある?」
あっち? ――えーと、正面入り口がそっちだから…。
「確か、『隔幻話』室なんかがある方よ」
「じゃあ、そこにいるんだ」
「はあ?」
呆気にとられるあたしよりも、バークの方が反応が早かった。
「そっちだな?」
双子は勝手に走り始め、あたしは有無を言うヒマさえなく、追うハメになる。
「何でわかるのよ、ラーグっ?」
「あんまりレイナがしょっちゅういなくなるから、ヤバいなーと思っておぼえた」
謎の3男坊は、つらっとして答えた。
「『覚えた』って、何を?」
「レイナの『気』」
―――おひ。何者だ、おまひは。
我が息子ながら、ホントにわからん奴だっ。
7分の1とはいえ、『赤眼の魔王』を倒したこのあたしが、自分の子供達だ けには勝てん気がするのは、思い過ごしだろーか―――