0むちのだいけんじゃ6

1.末姫様、魔道士協会へ行く
そのろく


「ここにまちがいないと思うよ」
 いったん双子達を待たせて、一番小さな『隔幻話〈ヴィジョン〉』室のドアをノックする。
『どうぞ』
 中から聞き覚えのない、低めの声がした。
 素直にドアを開けると、正面の床に書かれた魔法陣に、魔道士にしてはちょいゴツめの――短い銀髪の見慣れない男が座っていた。
 年の頃はあたしとそう変わらないだろうが、けっこう厳つい目付きで無愛想な顔は、決して親しみ易いとは言えそうもない。
「レイナっ!」
 あたしの脇から覗き込むようにして、ラーグが呼んだ。
「おにーしゃんっ!」
 その魔道士の陰から声が上がり、ひょいと我が娘が姿を現した。
 ごつい男の横にいるせいで、いっそうちっちゃくちっちゃく見えること。
「母さんか?」
 振り返って訊く彼に、こくこくとレイナはうなずいてみせる。
 おや、この娘の最高の表情を向けられて、顔が変わらんとは珍しい奴。
「レイナ! こんなトコで何してんだよ!?」
 あたしと戸の隙間から、バークが中に入り込む。
 ラーグも続く。
 何から何までそっくりな双子を見ても、やはり反応無し。
 ―――大物なのか、不感症なのか、これいかに。
「だってー、おにーしゃんたち、ねちゃうんだもん。
 レイナね、ひとりで、もしゅこしみたくてあるいてたの。
 そーしたらね、ボレオおじしゃんがおはなししてくれたんだよ」
 バツ悪そうに苦笑する双子達を見てから、あたしはもう一度、無表情な魔道士に視線を戻す。
「…ボレオ? ――失礼ながら、初めてお目にかかるような気がするんだけど?」
「ああ。三日前、他の支部から転任してきた。あんたとは、初めてだ」
 何から何までホントに愛想もクソもない。
「そう。あたしは、リナ=インバース=ガブリエフ。
 娘を見ててくれた、お礼を言うわ」
「礼には及ばん。俺はボレオ=フィスカーク」
 そっか。
 3日前からなら、わりと有名人のあたしのコトを知らなくても無理はないや。
 目立ちたがりのせいか、妹を保護してくれたせいか、好意的な表情でバークがしゃしゃり出てくる。
「おれはバーク。バクシイ=ガブリエフ。レイナの兄貴さ」
「おれはラーグ、バークとは双子なんだ。はじめまして」
 双子の挨拶にも、軽くうなずいただけで、やはり変わらない。
「あのねぇ、ボレオおじしゃんがアルおにーちゃまとおはなししゃしぇてくれたの」
 レイナがにこにこ笑いながら、ボレオに擦り寄った。
「――そっか。あなた、『隔幻話』の端末役が出来るのね?」
「ああ、それが仕事だ」
「――にしても、いきなり、よくこんな小さな子の言うこと――それも、『アル』が誰かわかってて、つないでくれたの?」
「とりあえず、身元を探す手掛かりになればと考えてな。
 まさか、セイルーンの王子だとは思わなかったが」

 あたしはあの老魔道士のよーに、ゆーちょうに話をする趣味はないので。
 ここで、経過を要約して、ちょいはしょろう。
 ―――1人でとてとてと廊下を歩いていたレイナに、ちょうど通り掛かったボレオが声をかけた。
 で、あたし達を探しても、とーぜんいるはずはなくて―――。
 ――まあ普通なら、その辺の会員に訊きゃーいいと思うのだが、この態度と無口さで幼子付きでは、『ただのアヤしい奴』扱いされそうだと思ったのか、それとも単に、思い付かなかったのかは定かじゃあないが。
 とりあえず、レイナに知ってるヒトを訊き出して、『隔幻話』で身元を調べようと思ったらしい。
 ま、確かに、この街に住んでない相手でも、『どこどこの子』ってのがわかれば、家の場所くらいなんとかなるしね。
 ――でも、レイナが言ったのは、あたし達家族でも爺ちゃん達でも、ルナ伯母ちゃんでもなくて――、『アル』だったわけか。うーん、よかったんだか、どーなんだか。
 なぜかというと、『隔幻話』を行う場合、建前的には事前にレグルス盤などで連絡してから、ということになっている。
 端末役がいつもいるとは限らないからだ。
 ただ、大きい協会の場合は、常設で端末役がスタンバイしているので、いきなりなのも可能だ。
 もちろんセイルーン王宮なら、その範疇である。
 一般庶民相手なら、伝令や迎えがわざわざ呼び出しに走るトコだから、そういう意味の迅速さなら、一番なのだ。
 けれど、王のフィルさんや姫のアメリアと面識のあるあたしとかならいざ知らず、さすがにいきなり3歳のレイナが、王子のアルディスにつないでくれと言っても、どう考えても無理な訳で―――。
 いったん切って、殿下に確認した後、向こうからかけなおしたのだろう。
 ――まあ、アルのことだから、大至急返事をくれたんだろうけど。
 え? 大人で魔道士協会会員のボレオが、直接交渉すればよかったろうって?
 それは無理。
 『隔幻話』の端末役ってのは、つないでる最中はトランス状態になってしまうのだよ。
 これには、それなりの才がいるので、あたしには出来ない。
 あまり会話中のはっきりした記憶は残らないとは言え、一応守秘義務もあるから、こういう無口タイプは二重に向いているのかもしれない。

 で、めちゃめちゃ話はまだるっこしいくせに、やたらと記憶だけはしっかりしている我が娘の説明した、アルとの会話内容を現実的に要約すると―――。

「レイナっ! どうしたんだい? 何かあったの? 君一人なのかい?」
 よーく考えて見れば、今までこの娘が一人で『隔幻話』なぞしたこたーない。
 あのレイナに関してだけはやたら心配症のアルディス王子様が、不安がるのもごもっとも。
「うん。レイナひとりなの。
 おかーしゃんはおはなしで、バークおにーしゃんたちは、ねちゃってる」
「ね、寝ちゃってるって…??
 ――そ、それはおいといて。何か困ったコトでも起きたのかい?」
「うーんとね。レイナ、まほーのべんきょーしゅることになったの」
「そうなんだ…! …じゃあ、そこの魔道士協会に通うんだね?」
「ううん。とぉーくにいって、べんきょーしなしゃいって。
 でもね、レイナ、おとーしゃんたちとはなれるのやなの。ないちゃった」
「…遠くって? …レイナ一人でかい?」
「しょうなの。えらーいひとが、しょーいったんだって。…よくわかんない。
 しょのかわりね、おかーしゃんがおしえてくれるって」
「――そこの協会には入れてもらえないの?」
「しょうみたい。おにーしゃんたちは、かよえるのにね…」
 アルは少々考え込む。
「………レイナ、リナお母さんのお話がすんだら、もう一度、連絡くれるかい?」
「おかーしゃんとおはなししゅるの?」
「うん。レイナのことでね」
 レイナはうなずいてから、小首を傾げた。
「ねー、アルおにーちゃま。こんどはいつ、きてくれるの?」
 その問いに、アルの顔が溶ける。
「………ほくは、すぐにでも行きたいんだけど…、なかなか許してもらえないんだよ…」
「…しょーなの…。レイナね、おにーちゃまにあいたいなぁ…。いっしょにあしょびたいのー」
 淋しそうに言うレイナに、アルが勝てるはずがない。
「ほくも会いたいんだよ。レイナの側に、ずーっといたい。
 ―――必ず何とかするから、もう少しだけ待っててくれるかい?」
「うんっ。レイナね、アルおにーちゃま、だーいしゅき(はぁと)」
 アルの反応は、言うまでもなし。
 まあ、だいたい話はそんなモンだったよーだ。

 ―――あれ? ちょっと待て。
 もしかして、『ゼフィーリア王宮からのお召し』って……?
「ボレオ。
 悪いけど、もう一度セイルーン王宮のアルディス殿下につないでくれる?」
「わかった」
 うーん、ほんとに無駄口きかない御仁だこと。
 おい、ここのぢーちゃんも少し見習えばっ?

「リナお母さん、ごぶさたしてます」
 格式張った挨拶が第一声。
 でもその後は、もう破天荒極まりない。
「よー! アルーっ!!」
「元気かーっ!?」
「おーっ! バーク、ラーグっ!
 おまえら、レイナほっぽっていねむりしてたってー?」
『うっ』
 返す言葉のない2人に、アルが笑う。
「おかげでこうしてしゃべれたから、許してやるよっ」
『またウチに来いよっ!』
 双子の声は、よくもまーここまでと思う程、見事にハモリまくっている。
「すぐに会えると思うぞ」
『なに?』
「――やっぱり、あんたが仕掛けたのね、アル」
「さすが、リナお母さん。わかったんだ」
「――たく、あんたって子はレイナのためなら、何でもすんのねぇ」
「はい。ほくの未来のお嫁さんだもの」
「…およめしゃんって、なーに?」
 レイナのツッコミに、幼いなりにきりっとしていたアルの顔が、真っ赤になってトロトロ溶けた。あーあ。
「母さん、アルが何かしたのか?」
「レイナのことなのかい?」
「アル、説明してやんなさい」
『アルっ?』
 この2人のシンクロ度は生まれつきだけど――、何だか二重写しみたいに見えるぞ。
「あ、うん。えーと、レイナのことを、フィルおじいさまに頼んだんだ。
[レイナがせっかく魔道の修行をしたがってるのに、ゼフィーリアの魔道士協会はいい返事をしてくれないみたいだから、何とかして]って。
 そうしたら、すぐにゼフィーリアの王様を通して、連絡を取って下さったんだ。
 何だかよくわかんないけど、魔道士協会の本部の方でも、レイナのことでさわぎが起こってたらしくて。
 このさいだから、そちらの女王様とおじいさまが間に入って、コトを治めようって話になってね。
 それで、お爺様がゼフィーリア王城に行く時、ほくも一緒に行くことにしてもらったんだ。
 ね? これでみんなとは、お城で会えるだろ?」
 やっぱり同時に、勢いよく双子の腕が上がった。
『おっしゃーっ! そのまま、ウチ来いよっ!!』
「アルおにーちゃま、いっしょにおうちにかえろうね」
「うん。必ずお爺様を説き伏せて行くからね」
 あたしは一見、無邪気そうな子供の会話を聞きながら、別なコトを考えていた。
「―――アル。
 あんたまさか、フィルさんに『間に入って立ち会って』とも、頼んだんじゃないでしょうね?」
 アルは一瞬びっくりした顔をしたが、すぐににっこり笑った。
「すごいなー、リナお母さんは何でもお見通しだぁ」
 ――まだたった7つにしかならないはずのアルのこの裁量は、怖いくらいのレベルだ。
 おそらく、魔道士協会本部の騒ぎというのは、あたしの仕掛けたモノだとしても、それを手駒として十二分に活用したのはこの子だ。
 そこに存在する要因を読み、大人達の思惑を読み、反応を推察して、最も効果的かつ有利な状況を作り上げる。
 多分、自分が子供だというコトすら、無意識に利用しているに違いない。
 魔道と同じように、執政や戦略にも才能が必要だとすれば――、アルは間違いなく天賦の資質を持っていると思う。
 セイルーン王家の直系という血筋の成せる技か、あるいはゼルに連なるあのレゾの系列のせいかどうかはわからないけど。
 ――きっとそれは、あの虫すら殺せないレイナが飛び抜けた魔法の才を持っているように、繊細で真っ直ぐなアルにとっては、あまり幸福なことではないだろう。
「――何にせよ、レイナのことでありがと。
 フィルさんにも、お礼言っといてね」
「はい。レイナのことならいつでも」
「アルおにーちゃま、なんだかよくわかんないけど、ありがと(はぁと)」
『まーたとけてるし』
 双子はもうどこまでもハモりっぱなしだ。
「さ、もう限界だから、切るわよ」
『えーっ!?』
 今度は子供達全員の声がハモる。
「端末役のヒトがダウンしちゃったら、困るでしょ?
 じゃあアル、ゼフィーリア王城でね」
「あ、はい。――レイナっ! 気を付けて来るんだよっ!」
「うんっ。アルおにーちゃまもね!」
 名残惜しそうな子供達を制して、あたしは『隔幻話』を終わらせた。

「まだ大丈夫だったぞ」
 開口一番のボレオの声。
 うーみゅ、こいつもタダ者ではないなっ。
 当然ながら、『隔幻話』も魔法の一つなので、術者の力量に思い切り左右される。
 力が不安定なら画像や音声は乱れ、不足していれば不鮮明になったりするし、集中力がなければ、持続時間が短くなるなどの弊害が出てしまう。
 さっきの安定状態を見ても、彼が実力が並以上だというのがわかる。
 彼がこの道に進んだのは、大正解なのだな、きっと。
「ボレオおじしゃん、ほんとにありがと(はぁと)。
 アルおにーちゃまといーっぱいおしゃべりできて、レイナ、とってもうれしかったよ」
 すりすりと擦り寄る娘の蜜色の頭を、彼が撫でる。
「よかったな」
「レイナ、ボレオおじしゃんだーいしゅき。
 とーっても、あったかくて、やしゃしくてー」
 今まで動かなかったボレオの顔の筋肉が、一瞬表情が引きつったように歪んだように見えた。
「ね、もしここにかよえなくても、ずーっとなかよくしてね(はぁと)」
「仲良く…」
 そう言われた途端、今までの鉄面皮ががらがらと崩れ去った。
 所在なさげに視線が泳ぎ、耳まで朱に染め上げて、汗だくになっている。
 ――そっか、こひつは……。
「どーしたの?」
 不思議そうに小首を傾げるレイナと目が合って、ますます症状が悪化していく。
「レイナ、よかったなぁ。ボレオはレイナのこと好きだってさ」
 ラーグが通訳して、末妹を喜ばせる。
「す、好きって……」
 バークがボレオに注釈付けると、ごつい肩をぺしぺしと叩く。
「いいんだよ、レイナにこう言われて、溶けないヒトなんていないんだから」
 ―――こら、おまひら。目上の人は一応敬えって、教えなかったっけか?
 けどまあ、要は『無口で無愛想』の正体は、『不器用で他人が苦手』だったわけだね。
「ボレオ。これからもお世話になると思うけど、子供達共々よろしくね」
 彼はもう何も言えずに、真っ赤になったまま、がくんがくんとうなずいた。


 ―――あたしはこの時、大した深く考えずにこう言ったけど、実際、このボレオ=フィスカークとの付き合いは、この先えらく長いモノになるのである―――。



[つづく]




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