2.末姫様、牛小屋へ行く
そのさん
「…うーんとね……」
どうも説明しずらいらしく、迷っている妹に、ラーグが助け船を出す。
「ダルいんだよ。胸苦しいのもあるみたい」
「で? 頭痛がして、めまいもすると?」
「そうそう」
「典型的な馬車酔いってヤツね。
――ねえ、ラーグ。ちょっと訊いときたいんだけど?」
「なんだい?」
「…あんたとレイナが……その、感じるってのは、具体的にはどういうモンなわけ?」
「『ぐたいてき』って?」
「……そうね、例えば今の場合なら、レイナが頭痛してるってのが『わかる』わけ?
それともあんたも一緒に『痛い』わけ?」
「それじゃ、おれがケガした時、ラーグに伝わるみたいじゃん」
バークの乱入は横に置いて、ラーグの返事を待つ。
「―――そーだなぁ。おれが『痛い』のはバークの時だけで、レイナからは『伝わって来る』かな? 他の奴のは何となく『わかる』だけどね。
けどレイナは、他人のでもあんまり強いのだと『痛い』みたいだよ。
もし、酔ってたのがおれなら、きっと痛がってたと思う」
この年にしては、やたらと理路整然と説明する三男坊に少々めまいを感じながら、あたしは肩をすくめて見せた。
「まだよくわかんないけど、とりあえず、レイナが具合悪いのはわかった。
で、『治癒〈リカバリィ〉』で間に合うと思う?」
「思う。
―――けどさ、きっとまたすぐに酔うよ。
そのたんびにかけてたら、レイナの体力もたないんじゃない?」
「う゛っ」
「だからってみんなで歩いてたら、城まで何日かかるぅ?」
またバークの乱入。
「でもよ、歩かせたって、きっとすぐダウンするぞ?」
ガルが鋭い指摘。
「オレがおぶってけば、いいんじゃないか?」
―――ガウリイ。
息子共があたしを唸らせるほど、こんなに穿った意見を言っとるのに、あんただけどーしてそんなにお気楽なのかなっ?
「母さん。父さんの首しめてる場合じゃないと思うけど?」
ラーグの冷たい台詞で我に返るあたし。
あははははっ。「うーん―――。
レイナ、お水飲む?」
「うにゅ」
仰向けになっているせいで、うなずこうとした声が妙になってる。
「ガウリイ、そっと少しだけ起こしてやって」
「オレが飲ませてやるよ」
ガウリイはそう言いながら、ひょいっと娘の小さな身体を、寝た格好のまま胡座に引き上げて、片手で首を支えた。
あたしは任せることにして、水筒を渡す。
んくんくっ。
喉を鳴らして、レイナはカップに半分位の水を飲み干した。
あらら、もしかして結構、喉が乾いてた?
「父さん、おれにもちょーだい」
ラーグがガウリイから水筒を受け取る。
―――って、ちょっと待て?
「ラーグ、あんたももしかして、酔ってるわけ?」
「―――って言うのか、レイナが気になってたから、ひっぱられたかな?」
やれやれ、難儀なやっちゃ。
「ねえレイナ。しばらく、おネムしてる?
御飯になったら、ちゃんと起こしてあげるから」
出来る限り優しく、微笑んで言うあたし。
そーでないとこのカンの良い娘は、皆の不安を感じ取りかねないのだ。
レイナは、あたしやガウリイ、兄ちゃん達――テスやはては馬達まで…って、こらこらあんたねぇ…――にぐるりと視線を巡らせると、淋しそうな瞳をして訊いてきた。
「レイナだけかえるんじゃないよね? おるしゅばんじゃないよね?」
あちゃちゃ。まだ、んな心配しとったんかい、あんたはっ。
――そっか。だから、苦しくてもじっと我慢してたわけ?
ほんっと、この娘〈こ〉はっ。
ガウリイが胸に抱き上げて、ひとしきり頬擦りする。
「大丈夫だって。父さんがこうやって、ずーっと抱っこしててやるから」
「…うん」
うーみゅ。
美形のとーちゃんに、愛くるしさ大爆発な娘の、らぶらぶ父娘の抱擁シーンは、みょーに絵になるねぇ。
これで、双方もちっとフツーだったら、の話だけど。
「母さん、おもしろくなさそー」
「ヤイてんだろ?」
「どっちにだ?」
「そらりょーほー」
「勝ち目ないのにムナしいねぇ」
ぷち。
「…あぁ…んったらねぇ……、ヒトの…背後で……、…ぬうぁあにを…ゆーとるんじゃあああっ!!」
ちゅっどぉうぉうーんっ!!
あたしの『炸弾陣〈ディルブランド〉』で見事に吹っ飛んだ男の子達を、テスと馬達がぼーぜんと見ている。
しつけは速攻が肝心なの、オーライ?
結局、馬車がようやく出発した時には―――、
『治癒』に続いてかけた『眠り〈スリーピング〉』で、強制的に昼寝状態のレイナに、希望して同じく昼寝に突入したラーグ、やたら元気で、御者〈テス〉の隣に陣取ったバークとガルとゆー、子供達はまるっきり正反対の状態に収まっていた。
ちなみに、ガウリイはレイナを抱っこしたまんまで船漕いでるし、あたしはヒマなので、前の景色を眺めて――って、こら。
親まで子供達まんまやんかっ。
まあ、それでも、道中はずーかずか進んで行き―――。
昼食に起こした時は、レイナもラーグもすっかり元気になっていた。
食事が済んで、今度はテスが昼寝している間、子供達は馬とたわむれ、その辺をにぎやかしく駆け回っている。
ガウリイはひとしきり子供達と遊んだ後、馬車に腰掛けてるあたしの所に戻って来た。
「おまえは遊ばんのか?」
「―――それが後片付け全部、ヒトに押し付けた奴の言うセリフ?」
「…あ、あはははは。―――すっかり忘れてた」
べしっ。
――ったく、この男は外見と一緒で中身も変わらんわっ。
「だがよ。家族全員で旅するって、楽しいもんだよな」
あたしの隣に座って、しみじみと呟く。
「――そーね。
レイナが生まれてからは、セイルーンに行ったのが、最後だっけ?」
「……だっけか?」
はいはい。訊いたあたしが悪かったよ。
「やっぱ、レイナはどこにもやれないよな」
少し目を細めて、愛娘の姿を追う顔は、紛れもなく父親のそれだ。
「当たり前でしょ。
大人になって自分から離れて行くまでは、あたし達のもんよ」
「そうだな」
あまりに優しい微笑みのままで、こちらを向くガウリイに、ちょっと心臓がダンスする。
これが今さらながらのときめきなのか、男の子達の言うヤキモチなのかは――知らんぞ。
「だがよ、このまま上手く育ったら、えらい可愛い娘になると思うぞ?
そうしたら、レイナが離れるって言う前に、誰かが奪いに来るかもな」
「その時は――、逆上して切ったりしないでよね」
「何でだ?
レイナがそいつでいいって言うなら、オレはかまわんぞ」
へ?
「溺愛親父のくせに、そんなこと言うわけ?」
「だってよ。
所詮子供なんて、親がどんなに止めても、勝手にどっかに飛んでっちまうもんだぜ?
オレやおまえだって、そうだったろう?
それがわかってっから、今側にいるうちは、嫌って言うほど可愛がってやっとこうとしてんじゃないか」
はーあ。
意外、意外、意外っ!
このクラゲさんが、そんな深いコト考えていたとわっ。
奥さんは、ちーっと見直してしまいましたぜっ。
「ま、一番最初にいなくなるのは、レイナかもしれんぞ?」
「――アルのこと言いたいの?」
「だってあいつ、あのトシでもうマジに、レイナを嫁に貰う決心固めてるみたいだろ?」
「まだ早いわよ――って、アルだったら、やりかねないわね」
「な?」
「どうするの?」
「は?」
「アルが正式にレイナをくださいって来たら?」
「――レイナがOKならいいと思うぞ。大事にはしてくれるだろう?」
「あのレイナに、未来のセイルーン王妃が務まると思う?」
「…おー、そっか。そうなるのか。――まあ、何とかなるんじゃないのか?」
こいつにかかると、人生いつもピーカン、心配事なんか何にもなし、だわ。
「おとーしゃんっ! おかーしゃんっ! いっしょにあしょぼうっ!!」
いつの間にかとてとてとやって来たレイナが、あたし達二人の手を、小さな手でしっかり掴んで引っ張る。
「行くか?」
「そうね」
らしくない取り越し苦労は止めて、あたしもガウリイの子育て論にノることにした。
今は、このやたらにぎやかで明るい、――でもとんでもなく可愛い子供達との家族団欒を、目一杯満喫することだけを考えよう。
きっと、飽きない時間が待ってるに違いないから――――。