1むちのだいけんじゃ0

2.末姫様、牛小屋へ行く
そのよん



「おーい、リナー」
「…へ?」
 揺れも何のその、いつの間にかうとうとしていたらしい。
 あたしはテスの声に、目を覚ました。
「悪い、起こしたか?」
「あ、いいのよ、何?」
「いや、このまま登城すんのかと思ってさ」
「え?」
 慌てて、外の景色を見る。
 空はかなり茜の色。
「―――今、どのへん?」
「王都の中心まであと少し、ってとこだな」
「今日中に登城となると、――夜更けになっちゃう…か」
「思ったより時間くったからな」
 あたしはちょっと考え込んで、ウチの連中に視線を巡らせる。
 強制睡眠中のレイナを筆頭に、男の子達はエネルギー切れで活動停止中。
 元より何処でも眠れる質(タチ)の亭主は、言わずもがなだった。
 緊急の事態でもないのに、夜更けに王城に乗り込んでも――、良くてヒンシュク、悪ければ問答無用で追い返されるだろう。
 まして、今回は一応セイルーン王の口利きである。
 ヘタなことをすれば、国際問題にも発展しかねない。
 いかにあたしが『騒動の種』と嬉しくない縁続きだとは言え、コトは娘の将来にも直結するかもしれないのだ。自粛するに越したこたーあるまい。
 それに、どうせレイナ以外は、野宿くらいでヘタばる奴等でもなし。
「わかったわ。今晩はこの辺で野営して、明日の朝早くお城に入りましょう。
 どこかいい場所で止めて」
「おい、野宿すんのか!?
 どっかで宿でも見付けた方がいいんじゃないのか?」
「いいのよ。
 大体、こんな子供付きの大人数で、泊めてくれる宿を探すのは面倒だもの。
 馬も入れられるトコとなれば、なお大変でしょ?」
 馬車を使う旅人が少ないせいで、馬を置ける宿となると本当に少ないのだ。
「―――そうだな」
 そのことをよく知っているらしいテスは、あっさり納得すると、街道から少しだけ入った林の開けた所に馬車を止めた。

「おらおらーっ! 起きんかーいっ!!」
 あたしの良く効く愛情たっぷりの起床の合図で、一同はしっかり目を覚ました。
「―――何だよー、リナ。
 こんなトコでどーしたんだぁ?」
 まだぐっすり眠っている愛娘を抱っこしたまま、ガウリイが渋い表情をしている。
 きょろきょろと辺りを見回している息子達共々に、てきぱきと指示を出す。
「今日は、ここで野宿するわよ。
 兄ちゃん達は薪を集めて来て。
 ガウリイはかまどを組んで、お湯わかして」
「俺も何か手伝おうか?」
 テスの申し出に、あたしは笑顔を返す。
「あんたは、馬達の手入れをしてやって。
 明日もしっかり歩いてもらわないとならないんだからっ」
 純朴なおっさんも笑顔を返して、馬達から馬具を外し始める。
「リナ、おまえはどうすんだ?」
「食料の調達に行ってくるわ。レイナをちょうだい」
「レイナも連れて行くのか?」
 眠ったままのレイナを渡してくれながら、ガウリイが訊く。
「そ。一番この子向きの役なの」


「…ふにゅ……?」
 あたしはまだ寝ぼけたままのレイナをおんぶして、『翔封界〈レイウィング〉』で近くの農家に向かっていた。
 覚醒の呪文を使ったとゆーに、この子はホントに寝起きがメチャ悪いこと。
「…おかーしゃん…?
 …ここ、どこ…? …おとーしゃんたちは……?」
「今ねぇ、夕ご飯の材料を仕入れに行くとこなの。
 お父さん達が仕度して待っていてくれるから、いっぱい持って帰ろうね」
「……すぴ…」
 ―――――――――こりゃ、娘っ。


 訪ねた農家で迎えてくれたのは、ちょーっと頑固そうな、腰の曲がったじーさまだった。
「何の用かな?」
 苦虫潰したような顔を隠しもしない。
 しかぁし! こんな御仁にこそ、ウチの娘の本領発揮である。
「すみませーん、旅の者なんですけど、少し食料を分けていただけませんか?」
 しーん。
 ますます渋さ増強。
「ほら、レイナ。おじーちゃんに挨拶なさい」
 あたしは、後ろに隠していたレイナを前に出す。
「こんばんは、おじーしゃんっ(はぁと)」
 出た出た、必殺満面の笑顔!
 しーん。
 おや?
「―――こんな小さな子を連れて旅暮らしとは、とんでもない親だの」
 うわぁーっ! 逆効果だった!
「あ、あの、代価はお払いしますから」
「金の問題じゃなかろうっ!」
 恐怖の説教モードに入ってしまったじーさまを、レイナはきょとんとして見ている。
 こんこんと説教が続く。
 こ、これは何とかせねばっ。
 その時、家の脇から大きな声が上がった。
「何じゃ?」
「おじーしゃん、ウシしゃんがいるんだね。
 レイナ、ウシしゃんもだーいしゅきなの。ごあいしゃつしてきてもいーい?」
 レイナはにこにこと笑いながら、ぱたぱたと駆け出して行く。
 慌てて追い掛ける、あたしとじーさま。
「ウシしゃーんっ(はぁと)。こんばんはー!」
 止める間もあらばこそ、小さな木の扉の下を潜り抜けて、中に入って行ってしまった。
「レイナっ! 牛に踏まれたらどーすんのっ!?」
「とんでもない子だの。親の躾がわかるわい」
 じーさまの皮肉も今は無視。
 狭くて暗い牛小屋に、いきなり乱入したら、興奮した牛がどうなるかは想像に難くない。
 あの脆い子が、牛の巨体にぶつかられでもしたら…!
「レイナっ!」
 あたしは『明り〈ライティング〉』を唱えて、牛小屋に入った。

「………はぁ…?」
 そこにあったのは、牛達に囲まれて――楽しそうに笑っているレイナの姿だった。
 大きな雌牛達は、まるで甘えるように擦り寄っている。
 ぼーぜんとしている大人達をヨソに、娘は嬉しそうな声で言ってのけた。
「おかーしゃんっ、ウシしゃんたちがね、こんばんわって(はぁと)」
 し―――ん。
「………とんでもない、子供じゃの……」
 ぼーぜんと呟くじーさまの後ろから、人の駆け寄って来る気配がした。
「おじいさんっ!? 何の騒ぎですかっ!?」
 どうやら、このじーさまの奥さんと息子のようである。
 あたしは小屋から出ると、ざっと状況の説明をした。
 じーさまに任せておくと、何を言われるかわかったもんじゃないからだ。
「すみません、親父はあの通り、偏屈なもんで…」
 面差しはそっくりだが、雰囲気の全然違う息子は、恐縮したように頭を下げ。
「そんな小さい子を連れて、大変でしょう。
 今すぐ何か見繕いますね」
 小柄なばーさまは、そそくさと家に舞い戻っていった。
 それから息子は、レイナの様子を見て――、感嘆したような台詞を吐く。
「すごいなつき方だなぁ…」
「え? あ、ま、まあ…。あはは…、ああいう子ですから…」
「ウチの牛って、親父の影響か、妙に気難しいんだよね。
 俺よりなつかせてるかもしれないな、あの嬢ちゃん…」
 は? あ、ああ、牛の方がって話ね。
 あたしはまた、レイナがなつっこいとゆー話かと。
 かのお嬢は、牛達と何やら意味不明の会話の真っ最中。
「レイナー! そろそろ出てらっしゃーい!」
 ぼーぜんとしたままのじーさまの脇からあたしが呼ぶと、いたって素直な返事。
「はぁーい。じゃーね、ウシしゃんたち」
 ところが。
 あたしの方に来ようとするレイナを、牛達が遮る。
 ―――こらこら、引き止めとるんかい?
「えー?
 だけどぉ、おにーしゃんやおとーしゃんたちが、おなかしゅかしぇてまってるのぉ。
 ごめんねぇ」
 レイナの困ったような笑顔に、牛達はまた何か訴えるように鳴く。
「おい、搾ってやれ」
「? 何だって?」
「牛が乳をやりたがっとる。搾って渡してやれ」
 じーさまは息子に苦々しげに言い捨てると、そそくさと家の中に消えて行った。
 しばらくあたし達はあっけにとられていたが、やがて息子が苦笑した。
「―――ったく、頑固親父なんだから」
 レイナの側に行くと、頭を撫でて。
「嬢ちゃん、牛がミルク持って行ってくれってさ。
 今、搾ってやっからな」
「ありがとう、おじしゃんっ(はぁと)」
 レイナはすりすりと息子に擦り寄る。
 彼の反応は、ごく普通――つまりは大溶けまくり。


 牛が自分から提供してくれたミルクを搾り終わる頃、ばーさまが大量の食料を抱えて戻って来た。
 あたしは代価を払うと、またレイナをおんぶしようとして―――。
「こら、レイナっ! どこ行くのっ!!」
 突如走り出した我が娘は、牛小屋を覗き込むようにして叫ぶ。
「ウシしゃーん、どうもありがとー!」
 牛達の一斉の鳴き声。
 それで気がすんだのかと思えば、次は家の中へ向って。
「おじーしゃーんっ! ありがとー!」
 ――うーん、律義なお嬢だ。誰に似たんだか。
 当然、親切なばーさまと息子にも、挨拶。
「気がすんだ?」
「うんっ(はぁと)」
 満足そうな笑みを浮かべるレイナを今度こそ背負い、あたしも礼を言って、一気に飛び上がった。


 ―――ん…?
 高速で飛行しながら、あたしはちょっと気になったことを口に出す。
「ねえ、レイナ」
「なーに? おかーしゃん」
「あんた―――、牛臭いわよ」
「…ふみゅ?」
 実際、種族を問わずやたらモテまくるこの娘は、ほんのよちよち歩きの頃から、犬だの鳥だのに懐かれては、全身毛や羽だらけにしてきたモンだが――。
 さすがに、王城に行こーとゆー時に、獣クサいのはまずかろう。
 さっきのじーさんみたいに、親はどーいう扱いをしとるんだなんて、あらぬ疑いをかけられても腹立つばっかだし。
「おかーしゃん、ウシしゃんきらい?」
「嫌いとか好きの問題じゃないの。
 あんた、明日は女王様に会うって忘れてない?」
「じょおーしゃま、ウシしゃんきらいなの?」
 だぁかぁらぁ、そーいう問題じゃなくってっ!
 ――――なんて、この娘にゆーても無駄か……。
「…わーかった。お湯作ってあげるから、後で浴びなさい」
「おとーしゃんやおにーしゃんたちも?」
 はっっ。
 考えてみれば、きゃっつらも埃まみれ。
「――兄ちゃん達は、水浴び。それでじゅーぶんっ」
「? レイナもしょれでいいよ」
「だーめ。あんたはすぐ風邪引くんだから」
 実際、この子に風邪をひかすなんて、ガウリイに物を覚えさせるより簡単なのだ。
 あたし達の子供が、破格の体力やら魔力やらを受け継いでるのは、まあ納得できるとしても。
 どうして、レイナだけがこんなに魔力にばっかり偏っちゃってるんだろうか?
 おかーさんはね、しょうーじき、あんたが魔法をさくさく覚えるよりも、その分の生命力を体力に回して欲しいと思ってるんだぞ。
 実際、今『翔封界』で飛んでるはずのあたしが、こんなに話していても平気なのは、どういう作用かわからないけど、間違いなくこの子のせいなのだ。
 子供に才能が溢れているというのは、親としては嬉しいのだが―――、それも程度問題と言うモノである。
「おかーしゃん?」
「ん? 何?」
「もっとじょーぶになったら、しぇんしになれるかな?」
「……はいー? …今、何て言った?」
「レイナね、おかーしゃんみたいな、『しぇんし』になりたいの」
 こけけけけけけけけけけけけっ。


「おー、リナ! おかえり……って、………何だ、その格好は?」
「―――訊かないで、お願い」
 あたしは辛うじて護りきった荷物を、ガウリイに渡した。
「母ちゃん、泥だらけじゃん」
「さては、途中でコケたな?」
 上の兄ちゃん2人の問いに、レイナが答える。
「しょーなの。でも、レイナのしぇいなの」
「なんでレイナのせいなんだ?」
 不思議そうなラーグ。
「あたし、先に水浴びしてくるから、野菜剥いといてね」
 言って、林とは街道挟んで反対側にある小川に向かう。
 この先の展開はもう読めていた。
「んーっとね。レイナが『しぇんしになりたい』っていったら、おかーしゃんがコケちゃったの。
 でもね、おかーしゃん、レイナとごはんおとしゃなかったんだよ。しゅごいねっ。
 やっぱり、レイナ、おかーしゃんみたいな『しぇんしになりたーい』(はぁと)」
 嬉しそうに訴える末姫様の声に、あたし同様、派手にコケまくる男衆の姿が視界の端に入ってきた。
 あーあ、やっぱし。
 ほんに無敵なお姫様だわ。



[つづく]


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