2.末姫様、牛小屋へ行く
そのご
髪を乾かし、料理にとりかかった頃、子供達とガウリイが水浴びから戻ってきた。
そのまま長男坊が側に来る。
「かーちゃん、魚の下処理しよっか?」
ガルが言っているのは、下ごしらえずみ野菜の隣に置かれている生魚。
あたしとレイナが食料調達に行っている間に、ガウリイと男の子達が側の川で確保して来たらしい。
ずいぶん沢山あるけど――双子のどっちかがこっそり『入れ食いの呪文』でも使ったんじゃないでしょね?
「頼むわ。
けど、まずちゃんと髪を乾かしなさいよ」
あたし譲りな栗色の髪は、まだ生乾きのままだ。
「いーよ、そのうちかわくって」
気楽に笑いながら、ポケットから愛用のナイフを出すと、魚をさばきにかかる。
「あ、どーせ塩ふって焚き火で焼くんだから、そのままその辺の小枝で串刺しにするだけでいいわよ」
「わかってるって。
だけど、レイナの分だけはちゃんとしてやんないと。また泣いちまうじゃん」
「――うーん、こればっかりは慣れるしかないんだろうけどねぇ」
こんな新鮮な魚、我が家ではまるごと食すのが方針。
これが出会った頃のガウリイのように単に生理的な問題なら、文句なんか一切言わせないんだけど、末姫様の場合は――ちーと面倒くさい事情が。
つまり――あんまり生に近いと、魚が捕られた時の感覚が残ってるとかで――感じちゃうコトがあるらしいのよ。
「ま、もーちょっと待ってやんなよ。
大きくなってきたら、コントロールできるようになるかもしんないしさ」
「――もう、甘々なんだから」
「かーちゃんやとーちゃんほどじゃないって」
明るく笑いながら、甘やかし魔の長兄が棚上げした。
他の連中はと言えば、それぞれ焚き火の周りに陣取って、濡れ髪の乾燥作業に勤しんでいた。
焚き火の上には、太い木の枝と岩でガウリイが器用に組んでくれたかまど。かけた鍋には煮込んでいる最中の塩漬け肉と野菜のスープ。
甘やかし大将軍・ガウリイは上半身裸のまま、レイナの髪を拭いてやっている。
「おとーしゃんはかわかしゃないの?」
「レイナのが終わったらな」
そう言うガウリイの長い髪からは、タオルでくるんでいても滴が絶え間なくぽたぽたと。
バークが横にいる弟に、少しいたずらっぽい顔を向ける。
「なー。これってどうにかなるんじゃないか?」
ラーグは少し違った表情ながら、これまた楽しそうに肩をすくめ。
「火のたんとうと、風のたんとう、どっちがいい?」
………なーにを企んでっかなぁ、あんた等。
隣のガルは鼻歌交じりに、てきぱきと作業に励んでいる。
確かによく手伝ってくれる子だけど、あらためて見ると――
「ずいぶん、上手くなったじゃない?」
「そっか? 刃物のあつかいってかんたんだからさ」
またもやガウリイまんまかい。
長男に目を向けている間に、スープ鍋を挟むようにして、レイナの向かいにバーク、ガウリイの向かいにはラーグという配置になっていた。
「父さん、レイナの髪を広げるようにして」
「こうか?」
バークの指示に、素直に従うガウリイ。
何が始まるかわかっているのかいないのか、レイナは兄達を楽しそうに見ている。
「ドジるなよ。いつでもかわってやるからな」
「ぬかせ。おまえがやったら、レイナの髪がこげちまうだろ」
弟の憎まれ口を軽くかわして、バークがゆっくり呪文を唱え始める。「あいつら、何するつもりなんだ?」
あたしの脇から覗き込むようにして、面白そうにガルが訊く。
「――ははん、なるほどね」
「かーちゃん?」
「焚き火にただあぶってるだけじゃ、ほんの表面しか乾かないじゃない?
でも、ああしてごく弱い風の魔法で熱気を送ってやれば――」
「へー、やるじゃん」
まだ使える呪文は少ないくせに、応用力の高さはあたしに似たか。
全面的に双子達を信用しているガウリイとレイナは、説明されなくても意図がわかったらしい。
「くふふ、あったかーい」
はしゃぐレイナを制しながら、ガウリイは暖かい風がまんべんなく行き渡るように、長い巻毛を動かしていく。
便乗しようと思ったのか、タオルをはずして自分の長い髪も垂らし。
ラーグは薪の量や向きをいじって、上手く風が通るようにしている。
バークは焚き火にあたっているように少し両手を伸ばして、ゆっくりと呪文を唱え続けていた。
このコンビネーションなら、心配するコトないか――。
「――なぁ、かーちゃん。――なべ、こげてないか?」
不意に、ガルが鼻をくんくん言わせる。
あたしも匂いを嗅いでみるが―――――
「そう? 別に――」
言いかけた時、ラーグが声を上げた。
「父さん! 髪こげてる!」
確かに地面に着いた毛先が、チリチリと変色している。
これにはガウリイも驚いて跳ね上がった。
「ガウリイ!」
「おとーしゃ……もが」
「とーちゃん! 早く消してっ!」
「浄結水〈アクア・クリエイト〉!」
同時にいくつもの声が重なり――
ぱしゃっ!
拍子抜けするような軽い音を立てて、水がガウリイの焦げた毛先にだけかかった。
その瞬間、全員フリーズ。
呪文を唱えかけていたあたし。
髪を切り落とそうと、ナイフを投げようとしていたガル。
レイナの口を押さえて、後ろから抱きかかえているラーグ。
そして、呪文を使ったバーク。
「おーい! どうしたんだ!?」
タイミングをはずしまくったテスの声。
馬と馬車の手入れで、この様子が見えていなかったらしい。
それでも場の空気を緩ませるには、十分で。
ようやくガウリイが毛先を持ち上げ、焦げた所を指で触ると――パラパラと落ちた。
「大丈夫なの?」
あたしの問いに、ガウリイが照れくさそうにうなずく。
「ちょっと焦げただけだ」
ガルはナイフを持ち直し、バークも力を緩める。
腕の中でもがくレイナを、ラーグが離した。
「ラーグおにーしゃん、どーしてぇ?」
納得できない顔の妹に、苦笑しながら。
「今、何の呪文かけようとしてた?」
「? おとーしゃんのかみがかじなんだから、『エクストボール』だよ」
あっさりした答えに、双子とあたしがさらに脱力。
「やっぱ止めてせーかいだったか」
「何でだ?」
まだわかってない長兄に、次兄が説明する。
「『消化弾〈エクストボール〉』って、家の火事とかに使うんだぜ。
そんなの使ったら、またびっしゃびしゃになっちゃうじゃんか」
「料理もだいなしになっちゃうしな」
末兄の補足に、レイナやガウリイも納得したようである。
ほほぅ、判断力もいいじゃん、双子s。
あたしは苦笑しながら、テスに気にしなくていいと伝えた。