2.末姫様、牛小屋へ行く
そのろく
その後。
今度こそ順調にガウリイの髪も乾かし終わった頃、料理も出来上がった。
「ラーグ、これレイナとテスに頼むわね」
塩焼きにした魚とよそったスープを渡していると、レイナが寄って来た。
「レイナもはこぶ〜」
「だーめ。ヤケドしたらどーするの」
「だってー、おかーしゃん、いっつも、じぶんのことはじぶんでしなしゃいってぇ〜」
うっ。
だがここで負けないのが、四児の母。
「『臨機応変』って言葉もあるのよ」
「なーに、しょれ?」
来たな、『どーして』攻撃。
「今はみんなおなかすいてる。
おまえはまだ早くはこべない。
ご飯を前にしたまま、みんなにおあずけさせたくないだろ?」
対末姫・防衛最大有効兵器、三男ラグリイがあっさり迎撃。
「レイナ、テスおじしゃんのとなりでたべていーい?」
すっかり得心がいったレイナ、焚き火の側に座っていたテスの隣に、ちょこんと座る。
これにはテスも意外そうな表情。
「――お父さん達の所はそっちだろう? 側に座らないのかい?」
料理は少し離れている所に運ばれているので、てっきりそこで食べると思っていたのだろう。
「うん、いいの。
いっつもこうなんだよ」
テスの顔がミョーな具合に歪む。
たぶん――あたし達がレイナだけのけ者にしてるなんて、勝手に想像ふくらましてるんだろうけど。
まあ、自分達の前にも十分な量の料理が置いてあるとはいえ、年端も行かない末娘一人だけが離されているのに合点はいかないだろう。
でもこればっかりは仕方ないのさっ。
「バーク、これテスにね」
カップに注がれたワインの香りを、しみじみと嗅ぐ次男坊。
「いいなー、おれには?」
「成長期をしっかり終わらせてから」
ぶーたれながらテスの元に運び。
「味見していい?」
「バークっ!」
ったく、冗談なのか本気なんだか、このお調子者はっ。「では」
『いっただきまーすっ!!』
テス以外の声がハモり、戦闘開始〈バトル・オープン〉。
ばくばくもぐもぐはぐはぐもしゃもしゃずるずるがつがつがつ……………
かち合うフォーク、飛び交うナイフ、宙に舞う料理。
あっと言う間に、多量の料理がみんなのお腹の中に収まっていく。
もちろん、この場には亭主も子供もない。
食いっぱぐれるのは、本人がトロいから。かまっちゃいらんない。
一気に戦場と化した食事風景に、ワインのカップを持ったまま、テスがぼーぜんとしている。
気にしちゃいけない、これはいつもの我が家のパターンなんだから。
しかし、何事にも例外あり。
喧噪の外、テスの隣では。
ぱく。
もきゃ・もきゅ・もきゅ…………ごっくん。
ぱくん。
はむ・はむ・はむ・はむ…………ごっきゅん。
一口一口を実にゆっくりと噛みしめてから、飲み込んでいるレイナ。
「レイナぁー! ちゃんと食べてるー!?」
「うん、おいしーよー、おかーしゃん♪」
おし。これなら、魚は大丈夫だな。
満面の笑みで答える娘に、テスはようやく状況を理解出来てきたようである。
「レ、レイナちゃん……。
――もしかして……俺とレイナちゃんだけ――ここに据えられたってことは――?」
「ふみゅ?
ほかのひとはたべるのがおしょくて、おとーしゃんたちといっしょにしゅると、ごはんがあたらなくなっちゃうんだって。
レイナもまだみんなみたいに、はやくたべられないの。
だから、いっつも、べつなおしゃらにとりわけてもらうんだよ。
レイナもはやく、みんなといっしょにあんなふうにたべたいな〜」
テスは引きつった笑顔のまま、ぶんぶんと顔を振っている。
おそらく違うって言いたいんだろうけど、子供達にはちゃんとフツーのマナーも教えてるから心配しなくていいっての。
普段は礼儀より食欲最優先、それだけ。
ただ、レイナぁ。
確かに食べる量は三歳児でその体格にしては多いけど、いかんせんその調子だから、野望達成は無理な気がするんだけどな、おかーさんは。