2.末姫様、牛小屋へ行く
そのなな
夕食の勝敗が決して、後片づけが済んだ頃、今度は寝る場所のコトで男の子達がもめていた。
「なぁに騒いでんのよ、あんた達」
「だってさー、この馬車ン中でみんなで寝るったって、せますぎじゃん?
だれがビンボーくじ引いて地べたに寝るのか、びょーどーに決めないとさー」
理路整然としてんだかしてないんだかわかんないぞ、次男坊。
――確かにここで夜露を避けて寝ようってなら、馬車の中か焚き火の近くの木の下、もしくは馬車の下くらいしかないけどさ。
ただし最後のは、いくら馬から外してあるとは言え、何の固定具もない状態じゃあ勘弁して欲しい。
ぐっすり寝てるトコ、勝手に動いた車輪に轢かれるなんてゾッとしないぞ。
そうすっと、選択肢は中か外かしかない――わな。
「この中に何人入れるかな。
おれたちみんななら――あと大人一人くらいがいいとこか」
「いっそ、全員地べたで寝りゃいんじゃないか?」
――性格の違いがよーわかるねぇ、あんた等。
「レイナねぇ、おうましゃんのしょばがいいなぁ」
『よせ』
あたしと男の子共の声がハモる。
「えー? どーしてぇ?」
うるあっ、誰かこのパターンを止めてくれぇ。
「レイナちゃん、馬は2時間くらいしか寝ないんだよ。
それも立ったままだから、一緒には無理だなぁ」
馬車の中に毛布を敷いていたテスが苦笑いしている。
ほー、それは知らなんだ。
「しょーなの?」
こら、レイナ。馬の方に訊いてどーすっかな、あんたは。
例の芦毛の馬が、娘にすりすりする。
「しょーなんだぁ。しゅごいねぇ、レイナなんていっぱいねないとダメなんだよ」
――会話成立してるし。
「どーしたんだ?」
のほほーんとした声で近付いてきたのはガウリイ。
組んだかまどを外して焚き火モードにしていたらしく、枝の束を抱えている。
子供達の主張を聞いて、ちょっと考えてるような素振り。
「――要は、レイナ以外はどこでもいいんじゃないか?」
――それ、どこも解決になってないっての。
「あと、とーちゃんとかーちゃんは一緒じゃないとな」
「はいー!?」
ガルの唐突な意見に、目が点になる。
「しょーだね、おかーしゃんはおとーしゃんといっしょ」
「そうすると、二人とも地べた寝決まりだな」
「どーせアツアツだから、冷たかないだろーし」
次々に子供達がたたみかけてくる。
「ちょ、ちょっとぉ、待てぃっちゅーの!
何で、あたしとガウリイのセットが確定なわけ?」
「何でって言っても、なあ」
「今さらなぁにはずかしがってんだか」
「だれもじゃましないから、安心してなってば」
こ、この子供等はぁぁぁっ!
「いやぁ、別に離れてもダメっていうワケじゃないんだが――」
ガウリイが相変わらず戦力にもならない意見を呟く。
「だってー、おとーしゃんとおかーしゃん、おるしゅのときいがい、はなれてねたことないでしょ?
おかーしゃん、レイナには『ひとりでねられるようにならなきゃだめ』ってゆーのに、おとーしゃんにはいわないもんね」
「それは次元が違うでしょうっっっ!」
「ふみゅ?」
うう、必殺小首傾げ攻撃が憎いわ。
「やー、仲良くていいなぁ」
「テぇスぅ〜、あんたまで入らなくてよし!」
慌てて馬車の中に身を引いたテスを、レイナが覗き込んで尋ねる。
「テスおじしゃんはどこでねるの?」
「俺は慣れてるからどこでも大丈夫だよ」
「しょーなんだ、すごいね〜」
娘ぇ〜、会話がループしてるって。
「動物の襲撃とかもあるかもしれないから、外でオレは寝る方がいいと思うんだが――そうすると、リナもなし崩しに地べた行きだなぁ」
「ガウリイっ!
あんたまで一緒に決定してどーするのよっ!」
ガウリイは空いている手で、頭をかき。
「いやぁ、オレは別にかまわんし。
おまえだって、野宿は慣れてるだろ?」
こ、こぉのクラゲはぁっ!
子供に冷やかされてんのがわからんのかっっ!
「でもさ、レイナがいるかぎり、動物がおそってくるコトはないと思うけど?」
「いいから、いいから。
父さんと母さんが二人っきりで文句なんかあるわけないって」
「そーだな」
「ラーグにバークっ、話を勝手に納得の方向に持ってかないでくんない?」
「じゃあ、馬車の中はおれたちとテスおじちゃん、外はとーちゃんとかーちゃん、それでいいじゃん?」
「それでいいよな」
ヒトの話を聞いてない一卵性父子が、そっくりの笑顔でうなずきあっている。
おいおい〜〜。
ガウリイが毛布を敷いて横になると、あたしを手招きした。
あたしはわざと、焚き火の反対側に陣取る。
「おいリナ……」
「さっさと寝ないと、明日は大変なんだからねっ」
馬車の中で、誰かが吹き出した。
教育的殺気を向けてやると、そのまま静かになる。よしよし。
諦めたのか、ガウリイは薪をくべると、毛布にくるまった。
静かな満点の星空の下、馬車からは寝息がかすかに聞こえる。
久々の野宿だけど、ちゃんと寝てるみたいね。
うーん、こっちは久々だと冷えるなぁ。
もともと野営の予定じゃなかったから、毛布は余分にないし。
まあ、風邪なんかは引かないと思うけどさ――
くしゅっ。
あたしの小さなくしゃみに、ガウリイが身を起こした。
寝たふりをしていても、視線を感じる。
――ちょっと、いつまで見てるつもり?
沈黙の攻防しばし。
いたたまれなさにちょっとだけ顔を上げると、やっぱり視線が合ってしまった。
焚き火の向こうで、ガウリイが優しい笑顔になる。
そのまま何も言わずに被っていた毛布をめくり――ちょっとだけ頷くようにして促してきた。
その意味はわかってる。
照れと意地を取るか、温もりと安眠を取るか、またしばらく葛藤。
ガウリイは我慢強いのか気が長いのか、黙ってそのまま待っている。
あたしは小さくため息をつくと、毛布をまきつけた恰好で立ち上がった。
用意していた空間にあたしが収まると、毛布を被せながらガウリイが耳元で囁いた。
「やっぱりこうでなきゃな」
――ばか。