1むちのだいけんじゃ3

2.末姫様、牛小屋へ行く
そのなな



 夕食の勝敗が決して、後片づけが済んだ頃、今度は寝る場所のコトで男の子達がもめていた。
「なぁに騒いでんのよ、あんた達」
「だってさー、この馬車ン中でみんなで寝るったって、せますぎじゃん?
 だれがビンボーくじ引いて地べたに寝るのか、びょーどーに決めないとさー」
 理路整然としてんだかしてないんだかわかんないぞ、次男坊。
 ――確かにここで夜露を避けて寝ようってなら、馬車の中か焚き火の近くの木の下、もしくは馬車の下くらいしかないけどさ。
 ただし最後のは、いくら馬から外してあるとは言え、何の固定具もない状態じゃあ勘弁して欲しい。
 ぐっすり寝てるトコ、勝手に動いた車輪に轢かれるなんてゾッとしないぞ。
 そうすっと、選択肢は中か外かしかない――わな。
「この中に何人入れるかな。
 おれたちみんななら――あと大人一人くらいがいいとこか」
「いっそ、全員地べたで寝りゃいんじゃないか?」
 ――性格の違いがよーわかるねぇ、あんた等。
「レイナねぇ、おうましゃんのしょばがいいなぁ」
『よせ』
 あたしと男の子共の声がハモる。
「えー? どーしてぇ?」
 うるあっ、誰かこのパターンを止めてくれぇ。
「レイナちゃん、馬は2時間くらいしか寝ないんだよ。
 それも立ったままだから、一緒には無理だなぁ」
 馬車の中に毛布を敷いていたテスが苦笑いしている。
 ほー、それは知らなんだ。
「しょーなの?」
 こら、レイナ。馬の方に訊いてどーすっかな、あんたは。
 例の芦毛の馬が、娘にすりすりする。
「しょーなんだぁ。しゅごいねぇ、レイナなんていっぱいねないとダメなんだよ」
 ――会話成立してるし。
「どーしたんだ?」
 のほほーんとした声で近付いてきたのはガウリイ。
 組んだかまどを外して焚き火モードにしていたらしく、枝の束を抱えている。
 子供達の主張を聞いて、ちょっと考えてるような素振り。
「――要は、レイナ以外はどこでもいいんじゃないか?」
 ――それ、どこも解決になってないっての。
「あと、とーちゃんとかーちゃんは一緒じゃないとな」
「はいー!?」
 ガルの唐突な意見に、目が点になる。
「しょーだね、おかーしゃんはおとーしゃんといっしょ」
「そうすると、二人とも地べた寝決まりだな」
「どーせアツアツだから、冷たかないだろーし」
 次々に子供達がたたみかけてくる。
「ちょ、ちょっとぉ、待てぃっちゅーの!
 何で、あたしとガウリイのセットが確定なわけ?」
「何でって言っても、なあ」
「今さらなぁにはずかしがってんだか」
「だれもじゃましないから、安心してなってば」
 こ、この子供等はぁぁぁっ!
「いやぁ、別に離れてもダメっていうワケじゃないんだが――」
 ガウリイが相変わらず戦力にもならない意見を呟く。
「だってー、おとーしゃんとおかーしゃん、おるしゅのときいがい、はなれてねたことないでしょ?
 おかーしゃん、レイナには『ひとりでねられるようにならなきゃだめ』ってゆーのに、おとーしゃんにはいわないもんね」
「それは次元が違うでしょうっっっ!」
「ふみゅ?」
 うう、必殺小首傾げ攻撃が憎いわ。
「やー、仲良くていいなぁ」
「テぇスぅ〜、あんたまで入らなくてよし!」
 慌てて馬車の中に身を引いたテスを、レイナが覗き込んで尋ねる。
「テスおじしゃんはどこでねるの?」
「俺は慣れてるからどこでも大丈夫だよ」
「しょーなんだ、すごいね〜」
 娘ぇ〜、会話がループしてるって。
「動物の襲撃とかもあるかもしれないから、外でオレは寝る方がいいと思うんだが――そうすると、リナもなし崩しに地べた行きだなぁ」
「ガウリイっ!
 あんたまで一緒に決定してどーするのよっ!」
 ガウリイは空いている手で、頭をかき。
「いやぁ、オレは別にかまわんし。
 おまえだって、野宿は慣れてるだろ?」
 こ、こぉのクラゲはぁっ!
 子供に冷やかされてんのがわからんのかっっ!
「でもさ、レイナがいるかぎり、動物がおそってくるコトはないと思うけど?」
「いいから、いいから。
 父さんと母さんが二人っきりで文句なんかあるわけないって」
「そーだな」
「ラーグにバークっ、話を勝手に納得の方向に持ってかないでくんない?」
「じゃあ、馬車の中はおれたちとテスおじちゃん、外はとーちゃんとかーちゃん、それでいいじゃん?」
「それでいいよな」
 ヒトの話を聞いてない一卵性父子が、そっくりの笑顔でうなずきあっている。
 おいおい〜〜。

 ガウリイが毛布を敷いて横になると、あたしを手招きした。
 あたしはわざと、焚き火の反対側に陣取る。
「おいリナ……」
「さっさと寝ないと、明日は大変なんだからねっ」
 馬車の中で、誰かが吹き出した。
 教育的殺気を向けてやると、そのまま静かになる。よしよし。
 諦めたのか、ガウリイは薪をくべると、毛布にくるまった。


 静かな満点の星空の下、馬車からは寝息がかすかに聞こえる。
 久々の野宿だけど、ちゃんと寝てるみたいね。
 うーん、こっちは久々だと冷えるなぁ。
 もともと野営の予定じゃなかったから、毛布は余分にないし。
 まあ、風邪なんかは引かないと思うけどさ――
 くしゅっ。
 あたしの小さなくしゃみに、ガウリイが身を起こした。
 寝たふりをしていても、視線を感じる。
 ――ちょっと、いつまで見てるつもり?
 沈黙の攻防しばし。
 いたたまれなさにちょっとだけ顔を上げると、やっぱり視線が合ってしまった。
 焚き火の向こうで、ガウリイが優しい笑顔になる。
 そのまま何も言わずに被っていた毛布をめくり――ちょっとだけ頷くようにして促してきた。
 その意味はわかってる。
 照れと意地を取るか、温もりと安眠を取るか、またしばらく葛藤。
 ガウリイは我慢強いのか気が長いのか、黙ってそのまま待っている。
 あたしは小さくため息をつくと、毛布をまきつけた恰好で立ち上がった。
 用意していた空間にあたしが収まると、毛布を被せながらガウリイが耳元で囁いた。
「やっぱりこうでなきゃな」
 ――ばか。


[つづく]




12へいんでっくすへ14へ