3.末姫様、王城へ行く
そのいち
翌朝は、ほぼ順調に仕度が進んでいた。
――本日の主役を抜きにすれば。
「なあ、レイナはどうすんだ? このまま寝かせておくのか?」
ガウリイが馬車の中を覗き込んで訊いてきた。
どんな状況でも睡眠とは大親友出来るらしい末姫様は、一向に現〈うつつ〉に戻ってくる様子もなく、すぴょすぴょと気持ちよさそうな寝息を立てている。
「――その方がよさそうね。
起こしたトコで、また馬車酔いするのがオチだろうし」
「空きっ腹のまま城に入るのか?」
「――あっちに着いたら食べられるように、お弁当作っとくわ」
「そうだな」
あたしとガウリイの方針が決まるのを待っていたかのように、男の子達が水汲みから戻って来た。
「あ、ラーグ。
今日も『眠り〈スリーピング〉』かける?」
ラーグはちょっと考えてから、苦笑を浮かべる。
「レイナはこのまま寝かせとくんだよね?
なら、だいじょうぶだと思うよ」
つまり――妹の酔いのとばっちりが、一番の問題ってコトかい?
「――難儀ねぇ、あんたも」
何気なく言った一言に、意外な反応が返ってきた。
「父さんと母さんほどじゃないと思うけど?」
「――はあ?」
ナゾの三男坊はグレーがかった緑の瞳で、あたしをじっと見上げている。
ガウリイの蒼に、あたしの茶を混ぜ込んだようなその色は、同じ造作の双子の兄とはいつもどこか印象が違って見えて。
レイナと同じ――もしかしたら、また別の世界を覗いているような深い彩。
「おれにもよくわかんない。
けどさ、何かあるのはわかるから」
それだけ言うと気がすんだのか晴れ晴れと笑うと、兄達の所へ行ってしまう。
あたしは何だか置いてきぼりをくらったような気分になり。
昔――もっと小さな頃から、時折あの子はあんなコトを言う。
まだとても状況を理解出来ないだろう幼さながらに、いったい何を感じているのやら――。
「ほんっと、難儀な子だわ」
どんなに可哀相でも、邪魔しなきゃならない時もある。
「ほら、レイナ。起きろ、起きろ。
もう着くってさ」
抱っこしていたガウリイが揺することしばし、ようやく眠り姫が目を覚ました。
「……ふみゅ〜?
まぁだ――しゅっぱつして――ないのにぃ?」
「なーに言ってんだかぁ。
じゃあ、この振動はなにかなぁ?」
バークの笑い声に、徐々にまともな感覚が戻ってきたらしい。
「――あー、しょーなんだぁ〜」
大きくあくびをして、父親の長い足の間にオプションのようにちょこんと収まる。
「もう街の中に入ってるんだぞ」
横にいたガルに、まだ少しほや〜としたまま、にっこり笑いかける。
「しょっかー、ゆうべとまったトコ、もうしゅごいちかかったんだね」
がくっ。
これには総員、笑うしかない。
道中が再開しよーと、馬車に揺られよーと、あんたは呪文なんかかける必要もないくらい、ぐっすり夢の中だったワケだね。
ほんに平和だこと。
「みゅ〜。おとーしゃん、おしょとみてもいーい?」
愛娘の要望に微笑むと、ガウリイはテスの横から顔を出させてやった。
「わー、なんかおっきいおうちがあるよー。あれがおしろ?」
「そうだ、あれがゼフィーリアの女王様がいる所さ」
テスの返事に、レイナが歓声をあげる。
これで男の子達が大人しくしてるワケもなく、競って顔を出して便乗。
子供達に場所を譲ったガウリイは、あたしの顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「どうかした?」
「んー? 何となく気にしてるみたいじゃないか?
いらん心配してもしょーがないさ。なるようになるって」
――普段は疎いくせに、どうしてこうヒトがはっきり考えてないようなコトばかり見透かすかね、あんたって。
「周りがどーこう言うのなんて、どーでもいいのよ。
気になってるとしたら、あの子達が何をやらかすかってコトだけ」
鷹揚親父なガウリイは楽しそうにくすっと笑って、肩を軽くすくめて見せただけだった。
さすがに王城に向かう街の大通り、他国の要人などがよく行き来するせいか、この立派な馬車もウチの近所ほど注目は集めていないようで――
「おーい、おまえら! はしゃぎすぎて落ちんなよー」
「わかってるって、父ちゃん!」
「んなドジすっかよ〜!」
「心配しなくていいから」
「おとーしゃんもいっしょにみよーよ♪」
「おう♪」
――って、はしゃぎまくってる奴達が集めてるって。
「ここより城の敷地です。
何用でありましょうか?」
「女王陛下のお召しで、ガブリエフ家の方々をお連れしました」
高く閉ざされた王城の門の前に馬車を止め、テスがかしこまった声で衛士に告げた。
『こんにちはー!!』
その横から、子供達が一斉に笑いかけて手を振る。
一瞬面食らったものの、衛士は気を取り直して答えてきた。
「は、はい、聞き及んでおります。
ようこそおいでくださいました」
門から王城までの道は見事な庭に挟まれている。
初めての子供達はさらにハイテンション化。
「おー、広いなー!」
「おはなしゃん、きれぇ〜!」
「すげー、城ってゴーカなモンなんだなぁ」
「ずいぶんいっぱい人がいるぞっ」
「でかいもんだなー」
ばこっ!
「あんたは来たことあるでしょーが、ガウリイっ!」
も、勝手にしなさい、あんた達。
上げられたままの跳ね橋まで来た時、急にレイナが声を上げた。
「レイナ? どうした?」
「アルおにーちゃまがいるよ!」
「えー!? どこにだぁ?」
あたしとガウリイも子供達の上から覗き込んで見たけれど――、末娘の指さす堀の向こう側には、跳ね橋の両サイドで操作を始めた兵士達がいるだけ。
「いないわよ、レイナ?」
「しょこのかわのむこうにいるんだってばー!」
そこって言われてもー、橋で隠れて何にも見えませんがね。
ガルがひょいっと馬車から飛び降りると、横から覗き込むようにして呼んだ。
「おーい、アルーっ!」
「――ガル兄ー!?」
跳ね橋の降りる音に紛れて、確かに聞き慣れた男の子の声。
『アルだ!』
双子達も次々に飛び降りる。
「アルおにーちゃま!」
「おい、レイナっ!」
落ちそうになった――あくまで本人は降りようとしたんだろうけど――レイナを、ガウリイが抱きとめた。
「おとーしゃん、アルおにーちゃまがいるのぉ!」
「わかってるって」
じたばたする娘を片手抱きにしたまま降り立つガウリイ。
あたしも続く。
徐々に降りていく跳ね橋の向こうから、見えてくる黒髪。
「みんなー!!」
『アルー!!』
アルは橋が降りきるのももどかしく駆け上がると、正装してるのもかまわず飛び降りてきた。
男の子達、勢いよく抱擁の図。
「遅かったじゃないか! ずっとまってたんだぞ!」
「おまえこそ、どーやってこんなにはやくきたんだ?」
「おじいさまが飛竜〈ワイバーン〉を使わせてくれたんだ、で――」
「アルおにーちゃまー!」
「レイナっ!!」
父親に抱えられたまま呼んでいる末姫様を、専任騎士志願の王子様が放置するワケはない。
あっさり説明をうっちゃって、駆け寄って来る。
「リナお母さん、ガウリイお父さん、おつかれさま」
「あんたこそね」
「おう、久しぶりだな、アルディス」
ちゃんと挨拶しながらも、アルの視線はレイナから離れていない。
末娘も4番目の兄に向かって、両手を差し出している。
ガウリイから抱きとめるように受け取らせてもらうと、そのまましっかとすりすりはっぐ状態。
「よく来たね、レイナ。つかれてないかい?」
「だいじょーぶだよ、ねんねしてるあいだについちゃったもん。
おにーちゃまこそ、つかれてない?」
「レイナに会えるんだから、つかれてなんかいられないよ」
おーおー、大人が赤面するようなセリフを平気で吐くコト。
らぶらぶ予備軍ってとこかね?
「なぁに、独り占めしてんだよ!」
あっと言う間に、兄達寄ってたかってタコ殴り。
それでも末姫様を離さない王子様、ご立派なこんぢょーとゆーか、両親譲りの頑丈さとゆーか。
ガウリイは照れる様子もなく、微笑ましげに子供達を見つめている。
「――テス、もうここでいいわ。
子供達がああじゃ、歩いて行った方が早そう」
「――ああ、わかった。荷物は運んでくれるよう言っとこう。
――けど、あの男の子、どっかで見たような――?」
そっか、おエラいさんの送迎とかしてる御者だもん、見かけたコトあるのかも。
「気にしないで。
ウチの子供も同然な子だから」
「あんたん家っていったい―――」
テスがツッコもうとした時、誰かが城の正面扉が勢いよく開いて――『誰か』が飛び出して来た。
またまた聡いレイナが叫んだ。
「おじーちゃま!!」
ぐはぁっっ!?