3.末姫様、王城へ行く
そのにぃ
跳ね橋を揺るがすような勢いで駆け寄ってきたのは――。
「おまえ達! よく来たなっっ!!」
『フィルじーちゃんっ!!』
齢にそぐわないごっつい腕で子供達を丸ごと抱き寄せたのは、アルの実祖父ことフィリオネル=エル=ディ=セイルーン陛下。
ようやくあのキョーフの呼称からは解放されたものの、やっぱりその風貌は王様というにはだーいぶ違和感がある。
その髭面で子供達全員に頬ずり攻撃。
「おじーちゃまっ♪」
「おお、レイナっ!」
「ストップ、おじいさま」
特にお気に入りのレイナをはっぐしようとしたのを、アルが横入り。
「何だ? アルディス」
「レイナには力加減しなきゃいけないって言ったでしょう?
おじいさまが一番レイナの骨折り回数が多いんだからね」
愛ゆえの大暴走とはいえ、否定の出来ない事実に、フィルさんの顔が思わず歪む。
ちなみに、次点は溺愛親父のガウリイだったりするのだがね。
「だいじょーぶだよ、おじーちゃま。
レイナ、おじーちゃまにだっこしてもらうの、だいしゅき♪」
「うおお、そーかそーかっ!」
――なんか効果音が聞こえてきそうな頬ずりが展開。
けどさー、レイナ。
あんたが抱っこしてもらうの嫌って言ったの、おかーさんは知らないんだけどぉ?
喧騒と言う名の挨拶が済んで、あたし達は城の一室に通された。
さすが王城らしい立派な部屋で、ウチの居間よりも広い。
部屋の中央にある大きなテーブルには、お茶やお菓子の用意がされていた。
女王様に謁見するまで、まずは一休みしろとのお達し。
「レイナはまず朝ご飯食べちゃいなさいね」
「はぁーい」
様相はすでに、和気あいあいのお茶会。
「そー言えば、アル。
さっき、飛竜〈ワイバーン〉がどうとか言ってなかったっけ?」
ラーグが向かいに座っているアルに訊いた。
そーいや、そんなコト言ってたような。
ガウリイの遺伝子持ちとは思えないような、記憶力だねぇ。
「うん」
アルは頷きながら、レイナを挟んで横にいるフィルさんを見た。
「うむ、最近我が国では、飛竜を交通手段として登用する方法が確率してのぉ。
まだ数は少ないのだが、今回のように山越えのある急ぎ旅には重宝しておる」
あたしの横にいたガウリイが、いつものように訊いてくる。
「飛竜って何だっけ?」
「竜族の端くれよ。
あんまりアタマがいいとは言えないけど、飛ぶ能力は高いわ。
でも、尾の先に毒があるはずだから――よく慣らしたものね?」
最後はフィルさんの方を見て言うと、満足そうな笑みが浮かんだ。
「そうなのだが、グレイシアがそういう面では長けておってな」
ずげげげげげっっっっっ!?!?!?
思わず身を引きすぎて、椅子から転げ落ちそうになってしまった。
「ナーガおばちゃま、しゅごいんだねー♪
ねえ、フィルおじーちゃま、レイナもワイバーンしゃんに会いたいなぁ」
もー、この動物好き娘はぁ、忘れようとしてる名前でわざわざ呼ぶんじゃなあいっ。
もっとも、何でもなつかせる特技が共通なせいか、あの第一王女(うげげ)もこのレイナには一目置いてるようであるが――。
出来ればご縁は薄いに越したこたぁない。
「あ、おれもおれもー」
「乗ってもいい?」
「レイナになつかせたら、ウチでも使えるんじゃないか?」
「あ、それいい、いい♪」
――マテ、男の子共。
しばらくの後、フィルさんが一足先に女王様に呼ばれた。
もちろん、思い切り名残惜しそうだったが、
「おじーちゃま、またあとでね♪」
レイナの可愛い見送りに、しぶしぶ腰をあげた。
それに便乗するように、男の子達が立ち上がる。
「母ちゃん、おれたちちょっとあそんできていい?」
どの子も初めてのお城を探検したくてたまらないのか、うずうずしてるようだ。
これは――止めても勝手に暴走しそうだなぁ。
「――少しだけならね」
歓声と共に、フィルさんにまとわりつくようにして、出ていこうとする。
「待って、レイナはダメよ」
その総勢でブーイングはやめてってば。
「どーしてぇ、おかーしゃんっ」
もう涙目のレイナ。
「あんた、まだご飯食べ終わってないでしょ?
それが済むまでダメ」
「だってぇ」
「ぼくも残るならいいかい?」
レイナの体調を気にしてるのか、アルが促す。
一応王子様のアルにとっては王城なんて珍しくもないだろうし、何よりレイナの方が大事なのだろう。
「なーに言ってんだ、レイナのメシにつきあってたら時間なくなっちゃうぜ?」
バークの強引な引っ張りに、やっぱり遊びたい盛りのアルは迷ってるようだ。
母親のアメリアだって窮屈な王宮から時々逃げ出してくるのだ。その子供なアルだって充分血は争えないだろうなぁ。
思わずガウリイを見てしまうと。
「じゃあレイナ、ちゃんとメシ食うなら、オレがずっと抱っこしててやろう。
それならいいか?」
珍しい父の提案で、全ては丸く収まった。
「おとーしゃん、だっこだっこー♪」
らぶらぶ父娘の前には、まだまだアルの優位は遠いようだねぇ。
頑張ってくれたまへ。
ガウリイは長椅子の真ん中に陣取って、まるで子供用の背もたれのような感じでレイナをホールドした。
レイナはもちろんご機嫌で、スローな食事再開。
「おとーしゃんもいっしょにたべよーよ♪」
「おうっ、リナの料理は美味いからな♪」
「うんっ、とってもおいしいよねっ。
あのねー、おとーしゃんがおうちにいるときはねぇ、おかーしゃんのごはん、いないときよりじゅっとおいしいんだよ♪」
「そうなのか?」
「しょーなの。おとーしゃんがそばにいると、おかーしゃんしあわせだから(はぁと)」
……あ、あの〜、……き、聞いてられないんですけど〜〜〜。
「あれ? おかーしゃんもあそびにいくの?」
「――ち、ちょっと用足ししてくるだけよ」
「ちゃんと戻ってくるんだぞー」
――あたしは方向オンチか?
ったく、テレ知らずの娘と堂々とノロケる旦那の会話ほど、聞いてて疲れるモンはないと思うぞっ。
何が好きとかって話題はいつものコトだけど、何でよりによって今、あたしの話になんのよぉぉぉ。
――勘弁してください。
この王城に来るのは何度目かなので、だいたいの位置関係はわかっている。
回廊を歩いていると、どこからか楽の音とかすかに歌声が聞こえてきた。
あたし達一家を出迎えるためではないと思うけど、なかなか上手じゃない?
さすがは王城、華美じゃないけど手の込んだ造りと相まって、いい雰囲気だなぁ。
途中で、楚々としたおねーちゃんに呼び止められた。
「女官のアーリエと申します。
わたくしが謁見の間までのご案内役を賜りました。
お部屋の方に控えさせていただいても、よろしゅうございますか?」
どうやら、これからの段取りなど伝えに来たらしい。
さすがに、もうレイナの食事も終わったろう。
男の子達も、フィルさんと一緒に行ったんだから、迷子にはなってないだろうし。
あたし達は部屋に向かうことにした。
「謁見の間で女王様に皆様で拝謁の後、東の庭でお嬢様の魔法をご披露という順序になります。
その後は、昼食会ということに――」
「待って下さい、東の庭って?
魔法なんか使っても大丈夫なんですか?」
亜麻色の巻き毛を軽く束ねたアーリエは、穏やかに微笑んだ。
「ええ、元々園遊会用の広い場所なのです。
それに、何でも魔道士協会の方々が防御魔法をかけるから、大丈夫とのことです」
「それでもどうだか――」
「はい?」
「あ、いえ、何でも――」
まぁだ、あの娘を甘く見てるな?
『暴爆呪〈ブラスト・ボム〉』なんて使われたら、どーする気なんだか。
とは言え、王城がクレーターと化すのを黙って見てるワケにはいかない。
ヘタにすれば、『危険因子』なんて判定をされかねないし。
何か違う魔法を唱えさせないと――。
でもあんまり簡単なのだと、女王様を納得させるのは難しいだろうなぁ――。
どーしたもんやら。