1むちのだいけんじゃ6

3.末姫様、王城へ行く
そのさん



「まあ、お仲がとってもよろしいのですね」
 感心したような声を、アーリエが漏らす。
 戻った部屋では、らぶらぶ父娘がしっかりくっついた抱っこ体勢のまま、うたた寝こいていた。
 ガウリイはいつもとして、レイナの方もあれだけ寝てて、よくまだ眠気が起きるもんだねぇ。
 これじゃ緊張感もへったくれもあったもんじゃないわ。
「ちょっと、ガウリイ。起きて」
「――うーん、なんだぁ、リナ――」
 ぐいっ。
 ばきっ!
「ご、ご夫婦も仲がおよろしいようで――」
 おねーちゃんの声がひきつってる。
 寝ぼけてるとは言え、真っ昼間からの不埒な行為には、愛の拳説得が効くんです。
「ふみゅ〜、おねーしゃん、――だぁれ?」
 ガウリイの腕からずり落ちたレイナは、珍しく反応が良かった。
「はじめまして、お嬢ちゃん。
 このお城で働いている、アーリエと申します」
 レイナはいつものように小首を傾げ。
「はじめましてぇ、アーリエしゃん。
 レイナ=ガブリエフでしゅ」
 にっこり満面の笑みの交歓。
「とっても可愛らしくて、ご聡明なお嬢様ですわね」
「はあ、ありがとうございます」
 またレイナファンが増えたか。

「おかーしゃん、おしっこー」
 レイナが椅子から降りて、あたしの膝をつついてきた。
「あー、はいはい。
 今連れてってあげるからね」
 抱き上げようとしたあたしに、アーリエが言った。
「上のお子様達、戻っていらっしゃいませんね。
 もうお支度なさった方がよろしいと思うのですが――」
「遊びに夢中になってるのかもな、探してくるか?」
 立ち上がるガウリイに、レイナが笑顔であらぬ方向を指さして見せる。
「おとーしゃん、おにーしゃんたち、あっちにいるよ」
「そっか。で――あっちってどこなんだ?」
 ――そんなに驚かんでください、おねーさん。ウチはこれがフツーなんです。
「アーリエさん、あっちの方向って何がありますか?」
 あたしの声に我に返ったのか、ようやく答えが戻ってくる。
「あ、あちらは――、女王様のコレクションの展示室があります。
 珍しいものがありますから、お子様達にも面白いかも――」
 ラーグがレイナを感じられるってんだから、その逆はもっと簡単な話だろう。
 この二人のコトだ、遊び感覚で日々鍛えてるに違いない。
「じゃあ、行ってくる」
「待って、ガウリイ。
 あんた一人でここに戻ってこれる?」
 ――しばし沈黙。
「――坊主達の誰かが覚えてるんじゃないか?
 ほら、アルもいることだし」
 笑顔が苦しいぞ、ガウリイ。
 ――だめだな、これは。
「じゃあ――レイナちゃんはわたくしが連れて行きましょうか?」
 アーリエの申し出に、人懐っこいレイナが嫌がるはずもなく。

「いってきまーしゅ♪」
 廊下で手を繋いで歩いていく二人を見送ってから、その逆――レイナの示した方向に、あたしとガウリイは向かった。

 男の子達は、いともあっさり見つかった。
「こぉら、迷子共! 戻るぞっ!」
 さんざんあちこち走り回った後、アーリエの指摘したように、展示室で遊んでいたらしい。
「迷惑かけたり、破壊活動に走んなかったでしょーね?」
「ヒトのいるトコでは走ってないから、だいじょーぶっ」
 そのVサインは何だ、次男坊。
「だけど、ヘンなモンばっかりあるよな、ここ」
「ゼフィーリアの女王さまのめずらしモノ好きは、ゆうめいだからね」
 ラーグとアルが分析的納得。
「あれ? 父ちゃんと母ちゃんがここにいるってことは、レイナは?」
 ガルが不思議そうに訊いてくる。
 ま、赤ん坊の時から一人になりたがらない妹を見てきてるから、当然か。
 説明してやると、バークがチャチャを入れてきた。
「今度はまたレイナが迷子になってないといいけど」
 ――また?
 あたしは思わず悪い想像。
「あのおねーちゃんが一緒なんだ、大丈夫だろ?」
 ガウリイののほほーんとした声。
 何回そういうパターンでレイナが騒動起こしたか忘れてんのね、この溺愛親父は。

 彼女なりに血相を変えて走ってきたらしいアーリエは、控え室に戻ってきたあたし達を見付けて、泣き崩れんばかりの勢いで言った。
「申し訳ありませんっっ!
 レイナちゃんが、いなくなってしまいました……!」
 うわぉ、やっぱりビンゴ!?
「いなくなる前、何かでレイナから目を離しました?」
 一見お子ちゃま、中身理路整然なラーグの問いにちょっとびっくりしたのが、かえって落ち着きを呼んだようだ。
「――は、はい。
 用を足した後、別の女官に呼び止められまして――。
 ちょっとだけそこで待っていてもうことにして、すぐに戻ったのですけど――その時はもう」
『あっちゃー』
 男の子達のぼやきが見事に唱和した。
「もしかして、そこに何か生き物いなかった? 」
 今度はガルが問う。
「え、ええ。中庭が見える場所で、鳥がいました。
 レイナちゃんがとっても喜んで――。
 ですから、それを見て待っててねって――」
『それだな』
 今度はガウリイまでうなずいてるし。
「あ、あの……?」
「ちょっと理解不能かもしれないけど――、あの娘、鳥もなつかせちゃうのよ。
 遊ぼうって誘われたら、行っちゃう可能性大ね」
 目が点になっているアーリエ。
 まあ、これを素直に信じろって方が無茶だけどさ。
「――で、でも、今頃はきっと心細くて泣いてるでしょうに……」
『ないない』
 今度はあたしも参加。
 迷子常習犯のレイナだけど、今だかって、泣きながら帰ってきたコトはない。
 たしかに比類ない淋しがり屋で、独りぼっちにされるのは大嫌い、すぐに泣き出しちゃう子だけど。
 これがウチの中以外の場所とくれば、話は別。
 えらく旺盛な好奇心と種別を問わない強力な求心力で、すぐに何か連れを見付け出すのだ。
 それは人間だろーが、動物だろーが、果ては虫だろーが、よりどりみどり。
 今回はたぶん、その鳥だろうなぁ。
 理解不能に陥っているアーリエに、あたしは言った。
「とりあえず、レイナの居場所はラーグがわかるから。
 迎えに行きがてら、謁見室に向かいましょ」

 しかし、どうやら探す必要はなかったようだ。
 謁見室へ続く廊下の所まで辿り着いた時、さっきの歌がまたかすかに聞こえていた。
 急にガウリイが声を上げる。
「おい、あれ、レイナじゃないか?」
 総員、ガウリイの見ている左側を向く。
 長く続く廊下の奥は少し暗くて、まだ姿は見えない。
「父さん、あれがそうか?」
「何かでっかい――なんだ、あれ?」
 ガウリイのいい目を受け継いでいる男の子達には、多少なりとも見えているようだ。
 付いていけないあたしやアルは、もどかしい。
「――鎧だな。
 それもすごくごっつい全身鎧〈フル・プレート〉の騎士だぞ。
 レイナを肩に乗っけてる。――鳥もいるな」
 ――ってコトは、鳥とたわむれてたレイナを、その鎧騎士が見付けて連れてきてくれたワケね。
「鎧姿の騎士――ですか?」
 唯一人、アーリエだけが、訝しそうに呟く。
「そんな騎士はこの城にいないはずですけど――」
「へ?」
 それって???
 あたしが彼女の方を振り返った時、ようやく末娘もあたし達を見付けたようだ。
「おとーしゃん! おかーしゃんっ! おにーしゃんっ!!」
『レイナー!!』
 男の子達が駆け寄って行く。
 視線を戻すと、レイナと鎧騎士は何か話しているようだった。
 騎士の鎧は真っ黒なんで、余計に見えにくかったらしい。
 はっきり見えてきてわかったんだけど、どうやら鉄仮面を閉じたままのよう。
 レイナ相手だから平気なんだろうが、フツーの子供なら泣くぞ?
 やたら大柄な鎧騎士は、兄達の前にレイナを降ろすと、あたしの方をじっと見つめているようだった。
「ああ――あれは――」
 今度は納得したような、アーリエの呟き。
 彼女がその名を呼ぶ前に、向こうが大きな声を上げた。
『リナ! リナじゃないっ!?』
 それは、そのいかつい姿からはとても想像できない――明らかにどこかで聞き覚えのある――ソプラノだった。


[つづく]




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