3.末姫様、王城へ行く
そのさん
「まあ、お仲がとってもよろしいのですね」
感心したような声を、アーリエが漏らす。
戻った部屋では、らぶらぶ父娘がしっかりくっついた抱っこ体勢のまま、うたた寝こいていた。
ガウリイはいつもとして、レイナの方もあれだけ寝てて、よくまだ眠気が起きるもんだねぇ。
これじゃ緊張感もへったくれもあったもんじゃないわ。
「ちょっと、ガウリイ。起きて」
「――うーん、なんだぁ、リナ――」
ぐいっ。
ばきっ!
「ご、ご夫婦も仲がおよろしいようで――」
おねーちゃんの声がひきつってる。
寝ぼけてるとは言え、真っ昼間からの不埒な行為には、愛の拳説得が効くんです。
「ふみゅ〜、おねーしゃん、――だぁれ?」
ガウリイの腕からずり落ちたレイナは、珍しく反応が良かった。
「はじめまして、お嬢ちゃん。
このお城で働いている、アーリエと申します」
レイナはいつものように小首を傾げ。
「はじめましてぇ、アーリエしゃん。
レイナ=ガブリエフでしゅ」
にっこり満面の笑みの交歓。
「とっても可愛らしくて、ご聡明なお嬢様ですわね」
「はあ、ありがとうございます」
またレイナファンが増えたか。
「おかーしゃん、おしっこー」
レイナが椅子から降りて、あたしの膝をつついてきた。
「あー、はいはい。
今連れてってあげるからね」
抱き上げようとしたあたしに、アーリエが言った。
「上のお子様達、戻っていらっしゃいませんね。
もうお支度なさった方がよろしいと思うのですが――」
「遊びに夢中になってるのかもな、探してくるか?」
立ち上がるガウリイに、レイナが笑顔であらぬ方向を指さして見せる。
「おとーしゃん、おにーしゃんたち、あっちにいるよ」
「そっか。で――あっちってどこなんだ?」
――そんなに驚かんでください、おねーさん。ウチはこれがフツーなんです。
「アーリエさん、あっちの方向って何がありますか?」
あたしの声に我に返ったのか、ようやく答えが戻ってくる。
「あ、あちらは――、女王様のコレクションの展示室があります。
珍しいものがありますから、お子様達にも面白いかも――」
ラーグがレイナを感じられるってんだから、その逆はもっと簡単な話だろう。
この二人のコトだ、遊び感覚で日々鍛えてるに違いない。
「じゃあ、行ってくる」
「待って、ガウリイ。
あんた一人でここに戻ってこれる?」
――しばし沈黙。
「――坊主達の誰かが覚えてるんじゃないか?
ほら、アルもいることだし」
笑顔が苦しいぞ、ガウリイ。
――だめだな、これは。
「じゃあ――レイナちゃんはわたくしが連れて行きましょうか?」
アーリエの申し出に、人懐っこいレイナが嫌がるはずもなく。
「いってきまーしゅ♪」
廊下で手を繋いで歩いていく二人を見送ってから、その逆――レイナの示した方向に、あたしとガウリイは向かった。
男の子達は、いともあっさり見つかった。
「こぉら、迷子共! 戻るぞっ!」
さんざんあちこち走り回った後、アーリエの指摘したように、展示室で遊んでいたらしい。
「迷惑かけたり、破壊活動に走んなかったでしょーね?」
「ヒトのいるトコでは走ってないから、だいじょーぶっ」
そのVサインは何だ、次男坊。
「だけど、ヘンなモンばっかりあるよな、ここ」
「ゼフィーリアの女王さまのめずらしモノ好きは、ゆうめいだからね」
ラーグとアルが分析的納得。
「あれ? 父ちゃんと母ちゃんがここにいるってことは、レイナは?」
ガルが不思議そうに訊いてくる。
ま、赤ん坊の時から一人になりたがらない妹を見てきてるから、当然か。
説明してやると、バークがチャチャを入れてきた。
「今度はまたレイナが迷子になってないといいけど」
――また?
あたしは思わず悪い想像。
「あのおねーちゃんが一緒なんだ、大丈夫だろ?」
ガウリイののほほーんとした声。
何回そういうパターンでレイナが騒動起こしたか忘れてんのね、この溺愛親父は。
彼女なりに血相を変えて走ってきたらしいアーリエは、控え室に戻ってきたあたし達を見付けて、泣き崩れんばかりの勢いで言った。
「申し訳ありませんっっ!
レイナちゃんが、いなくなってしまいました……!」
うわぉ、やっぱりビンゴ!?
「いなくなる前、何かでレイナから目を離しました?」
一見お子ちゃま、中身理路整然なラーグの問いにちょっとびっくりしたのが、かえって落ち着きを呼んだようだ。
「――は、はい。
用を足した後、別の女官に呼び止められまして――。
ちょっとだけそこで待っていてもうことにして、すぐに戻ったのですけど――その時はもう」
『あっちゃー』
男の子達のぼやきが見事に唱和した。
「もしかして、そこに何か生き物いなかった? 」
今度はガルが問う。
「え、ええ。中庭が見える場所で、鳥がいました。
レイナちゃんがとっても喜んで――。
ですから、それを見て待っててねって――」
『それだな』
今度はガウリイまでうなずいてるし。
「あ、あの……?」
「ちょっと理解不能かもしれないけど――、あの娘、鳥もなつかせちゃうのよ。
遊ぼうって誘われたら、行っちゃう可能性大ね」
目が点になっているアーリエ。
まあ、これを素直に信じろって方が無茶だけどさ。
「――で、でも、今頃はきっと心細くて泣いてるでしょうに……」
『ないない』
今度はあたしも参加。
迷子常習犯のレイナだけど、今だかって、泣きながら帰ってきたコトはない。
たしかに比類ない淋しがり屋で、独りぼっちにされるのは大嫌い、すぐに泣き出しちゃう子だけど。
これがウチの中以外の場所とくれば、話は別。
えらく旺盛な好奇心と種別を問わない強力な求心力で、すぐに何か連れを見付け出すのだ。
それは人間だろーが、動物だろーが、果ては虫だろーが、よりどりみどり。
今回はたぶん、その鳥だろうなぁ。
理解不能に陥っているアーリエに、あたしは言った。
「とりあえず、レイナの居場所はラーグがわかるから。
迎えに行きがてら、謁見室に向かいましょ」
しかし、どうやら探す必要はなかったようだ。
謁見室へ続く廊下の所まで辿り着いた時、さっきの歌がまたかすかに聞こえていた。
急にガウリイが声を上げる。
「おい、あれ、レイナじゃないか?」
総員、ガウリイの見ている左側を向く。
長く続く廊下の奥は少し暗くて、まだ姿は見えない。
「父さん、あれがそうか?」
「何かでっかい――なんだ、あれ?」
ガウリイのいい目を受け継いでいる男の子達には、多少なりとも見えているようだ。
付いていけないあたしやアルは、もどかしい。
「――鎧だな。
それもすごくごっつい全身鎧〈フル・プレート〉の騎士だぞ。
レイナを肩に乗っけてる。――鳥もいるな」
――ってコトは、鳥とたわむれてたレイナを、その鎧騎士が見付けて連れてきてくれたワケね。
「鎧姿の騎士――ですか?」
唯一人、アーリエだけが、訝しそうに呟く。
「そんな騎士はこの城にいないはずですけど――」
「へ?」
それって???
あたしが彼女の方を振り返った時、ようやく末娘もあたし達を見付けたようだ。
「おとーしゃん! おかーしゃんっ! おにーしゃんっ!!」
『レイナー!!』
男の子達が駆け寄って行く。
視線を戻すと、レイナと鎧騎士は何か話しているようだった。
騎士の鎧は真っ黒なんで、余計に見えにくかったらしい。
はっきり見えてきてわかったんだけど、どうやら鉄仮面を閉じたままのよう。
レイナ相手だから平気なんだろうが、フツーの子供なら泣くぞ?
やたら大柄な鎧騎士は、兄達の前にレイナを降ろすと、あたしの方をじっと見つめているようだった。
「ああ――あれは――」
今度は納得したような、アーリエの呟き。
彼女がその名を呼ぶ前に、向こうが大きな声を上げた。
『リナ! リナじゃないっ!?』
それは、そのいかつい姿からはとても想像できない――明らかにどこかで聞き覚えのある――ソプラノだった。