3.末姫様、王城へ行く
そのごぉ
女王と謁見するのは何度目だったかなぁ。
やー、自分の時より緊張するわ。
それでもウチの家族と来たら、緊張なんて言葉はまともに知らんよーで。
「しーずかにしなさいって」
「おかーしゃん、どーしてこえがうわじゅってるの?」
――なんでそんな単語を知ってんのかなぁ、この当事者娘は。
謁見の間の大きな扉が開くと――。
広い豪華な室内の正面に玉座、向かって右側にフィルさんを始めとするエラいさん達、左側に見覚えのある面々――ゼフィーリア魔道士協会の上層部関係者達。
後は衛兵が所々に配置されてる。
まあ、非公式とは言え他国の王まで来てるんだから、この警備も無理ないけど――よーく考えれば、たかが3歳児の謁見にずいぶん物々しいもんだわ。
「坊や達、閉めますよ」
ガウリイに抱かれているレイナや、こういう場慣れしているアル以外の男の子達は、初めて見る光景に目を奪われて立ち止まっていたらしい。
慌ててあたしやガウリイのお尻にくっついてくる。
扉が閉められると、脇に控えていた執務官とおぼしきご老体が声をかけてきた。
「――失礼いたします。
アルディス様は、フィリオネル陛下のお隣へお着きください」
「いや、ここでいい」
いつものシャイな繊細モードから、すっかり支配階級モードに変わったアルが、やたら冷静に言い放つ。
おーおー、しっかりしてるっちゅーか、こんなトコではちゃんと自分の身分を自覚してんのね。
それとも――父親のゼルガディスに似て、単に外面が悪いだけだったりして?
「そ、そう申されましても……」
何せお子ちゃまとは言え、セイルーンの第3王位継承者だからなぁ、それ以上じーちゃんは強く出られないようだ。
しょーもないが、この頑固さは両親共通だ。
ここはあたしが――
言うまでもなく。困っているじーちゃんとアルの顔を交互に見ていたある人物が、すぱっと状況を切って捨てた。
「いいから行けってば。
こんなトコでダダこねて、メンドーおこしてもしょうがないじゃん?」
「バーク?」
どーもこういう人間同士のやりとりに一番長けているのは、この次男坊らしい。
「形にこだわるって、大人の世界じゃお約束だしな」
状況をこんな風に分析する双子の弟と違って、バークはヒトの間の空気を読めるようだ。
「イヤなことなら、さっさとやって、さっさと終わらしゃいいだろ?」
あくまでも長男坊は、どっかの金髪親父まんまのポジティブな行動派の意見だわね。
「…ガル兄までっ」
アルにとってガルは、一応(あくまでも一応)兄貴としての影響力があるのだろう。
かなりぐらぐらしているようだ。
それでもまだ悪あがきのように、一番離れがたい相手の顔を見上げる。
それに気付いたガウリイが、レイナを床に下ろした。
「アルおにーちゃま、フィルおじーちゃまひとりじゃしゃびしいから、いってあげて」
うーん、見事なハズしっぶり、相変わらず気持ちはちっとも通じてないねぇ。
とは言え、末姫のいたって素直な『お願い』にアルが逆らえるワケもなく。
「――じゃあ、気を付けるんだよ、レイナ」
「うん♪ またあとでね♪」
しきりにあたし達に向かって礼をしながら、じーちゃんがアルを連れて行く。
来賓が落ち着くのを待っていたように、この場の主が姿を現した。
場の空気が凛と引き締まり、皆最敬礼する。
いつもながら――真に王としての資質を持つ者だけが持てる存在感と威厳を、この女性は持っていると思う。
麗しい美女と言うには正直苦しいが、確かにヒトを引きつけるカリスマ性は充分だろう。
フィルさんと共通する気さくさも相まって、人心を集める統治者足りている。
――もっとも、一種変わったシュミは何とかして欲しい気もするけど。
女王は玉座に着くと、フィルさん達の紹介をした後――あたし達の方に視線を向けた。
「久しいですね、リナ、ガウリイ。
突然の召喚でしたが、よく来てくれました」
一礼するあたしとガウリイ。
「ガウリイの横にいる小さな娘御が――噂の主ですか?」
「はい――レ…」
「レイナ=ガブリエフでしゅ。
じょおーしゃま、はじめまして」
ひゃあ、あたしの紹介より先に、挨拶しちゃうんじゃないっっ。
っつてもなぁ、生まれた頃から他国とは言え王様のフィルさんに、暴走的に愛でられまくってる娘だ。
王族が偉いなんてよくわかってないんだろうなぁ、このいつも通りに人懐っこい笑顔は。
「ほほほ、ちゃんと挨拶が出来て偉いですね。
はじめまして、レイナ。
ここに着くまで大変ではなかった?」
「ううん、おうましゃんたちとテスおじしゃんがいっしょだったから、とってもたのしかったでしゅ。
ありがとう、じょおーしゃま」
女王は楽しそうな笑顔で頷き。
「フィル陛下のお話通り、可愛らしい娘御だこと。
こんなに遠くては話し辛い、さ、もっと近うおいでなさい」
「ふみゅ?」
レイナは横にいるガウリイを見上げた。
「側に来いってさ」
「はーい」
父親に背中をぽんと叩かれ、人見知りなんて反応を全く知らない娘は、喜んでとことこと歩き出す。
「ちょっと、レイナ…!」
小声で止めようとしたあたしを、ガウリイが止める。
「どうした? 近くに行くだけだろ?」
「それはわかってるってば、そうじゃなくて…!」
びたん!
あーあ、やっぱり。
あたしの危惧通り、レイナは女王の前まで敷かれた長い絨毯のシワにつまずいて、見事に顔面からすっ転んだ。
反射神経の極端に鈍いあの子が、しょっちゅーつまづいてるの忘れてるんだから、この脳クラゲ親父はっ。
しーーーーーーん。
さすがに女王の御前である。
いきなり駆け寄る無礼は、どこからも出なかった。
――っていうか、あまりの見事な転びっぷりに、皆真っ白になってるというか。
これが泣き出しでもすれば、公然と起こしに行けるのだろうが――、困ったコトにこの末娘、転んで泣いたコトもない。
激しく鈍いのもあるけど――あたしと違って、痛みにやたら耐性があるらしくて。
骨折ったって全く平気な顔をしているんで、いつもあたし達の方が悲鳴を上げるコトになるのだ。
しかし――動かない。
ちょっと――まさか脳震盪とか起こしてないでしょうね?