1むちのだいけんじゃ9

3.末姫様、王城へ行く
そのろく



「――おい、レイナの奴、もがいてないか?」
 ガウリイに言われて初めて、レイナが手足を動かしているのがわかった。
「――ちょっと…あれ……」
「――状況わかってないな、多分」
 もしかして――転んだコトをようやく認識出来て、どうしたらいいか困ってる???
 フツー、転んだら起き上がればいいって、アタマで考えるまでもないと思うんだけど……、いったいどーしたいんだね、娘ぇ?
「み〜〜」
 床にうつ伏したままもがくレイナが小さく声を出すに至って、さすがに皆異様だと悟ったに違いない。
 ガウリイを始め、ようやくスイッチが入って動き始めた人々の中、一番上座という位置的優位から真っ先に辿り着けた人物は――。
「だいじょうぶかい、レイナ? どこも痛くない?」
 これまたいつも通りに抱き起こされて、レイナがにっこりと笑った。
「うん、アルおにーちゃま♪」
「ほら、ぼくにしがみついて」
「えー? レイナ、へいきだよ?」
「またころんだら困るだろ?」
「…はーい」
 素直に従うレイナをそのまま抱っこすると、大人達を後目に女王の前まで連れて行く。
「女王さま、ごぜんにて失礼しました」
 恭しく一礼してから、レイナを下ろすアル。
「大儀でした、アルディス殿下」
「じょおーしゃま、ころんじゃってごめんなしゃい」
 ちょこんと頭を下げたレイナに、優しく微笑む女王。
「気にすることはありませんよ。
 それよりケガは?」
「はーい、だいじょうぶでしゅ」
 全開笑顔なレイナの少し赤くなった額を撫でながら、女王がアルに問う。
「――この娘御は、殿下の?」
「はい、大事な子です」
 にっこりきっぱり言うアル。
「そうですか。
 レイナ、良い兄者がいてよかったですね」
「はーい♪」
 ――さすがに気さくな女王とは言え、アルがレイナを本気で伴侶にしたがってるとまでは思わなかったようだ。
 それでも場をわきまえているアルは、抗議などせず――その代わり。
「女王さま、このままレイナのそばにいるのをお許しいただけますか?」
「よいでしょう。
 レイナもその方が安心出来るでしょうからね」
 うーん、こんなに堂々とさっきのリベンジかい、アル?
「ありがとうございます」
「ありがとうごじゃいましゅ」
 はたして意味がわかってるのかどうか――、レイナの礼に女王は軽く笑った。

「さて、レイナ。
 尋ねたいことがあります」
「はい?」
 レイナはいつものように小首を傾げる。
「そなたは魔道士になりたいとか?」
「はーい、おかーしゃんのようになりたいでしゅ」
 その答えに、魔道士協会の面々からざわめきが湧き上がった。
 ふんっ、どーせ何考えてっかは見当付くけどさ。
「そう。それで?
 リナのようになって、何をしたいのです?」
「えーとね、レイナはほんとは、おかーしゃんみたいなしぇんしになりたいの。
 しぇんしになって、みんなをまもるの」
 この愛くるしい娘の口から『戦士』の単語を聞いて、さすがの女王も驚いたようだ。
 それでもすぐにまた優しい表情になって問う。
「でも、それなら魔法を覚えなくても出来るのではありませんか?」
「えーと――、えーと――」
 さらにツッコまれて、説明ベタなレイナは困ってしまったようだ。
「――レイナがいつも思ってることでいいんだよ」
 アルの助け船で、レイナはようやく話し始める。
「おとーしゃんがね、まえにおはなししてくれたの。
 おかーしゃんはまほーがつかえたから、おとーしゃんをまもってくれたんだって。
 しょうでなかったら、おとーしゃんはここにいなくて、レイナやおにーしゃんたちはうまれてこられなかったんだよって。
 いまでもおかーしゃんはまほーで、レイナたちもまもってくれてるの」
 女王は根気強く聞いていてくれている。
 あたしは意識しないまま、隣のガウリイを見ていた。
 ガウリイも考えているコトは同じだったようで――、あたしを見ている。
「――あんた、あの『話』――レイナにしたの?」
 小声で問うあたしに、ガウリイはいつものように頬をかく。
「――少しはしたような気もするが――」
「ちょっと、ちょっとぉ…!」
「けどよ、今よりずっと小さい頃だぜ?」
「あの娘の記憶力を侮るんじゃありません」
 ――ちみっちゃい頃の父親の話で、そんなコトを考えてたワケか。
「でね、レイナはおかーしゃんもおとーしゃんもおにーちゃんたちも、ほかのひとたちもだいしゅきだから。
 まほーいっぱいおぼえて、おかーしゃんみたいにみんなをまもりたいの」
 にっこりと満面の笑みを浮かべた幼子を撫でながら、女王は話を続ける。
「それは良いことですね。
 けれど、魔法を覚えるのは大変なこと。
 レイナがリナのようになれるかは、わからないのですよ?」
 女王としては、念を押して確認するつもりだったのだろう。
 けれど、レイナが小首を傾げて話した言葉は、その場にいたほぼ全員をフリーズさせるに充分足るモノだった。

「しょーだね。
 レイナ、どんなふうに『ひ』ができてるのかわかるけど、どのことばやじゅもんをつかえば、しょうなるのかはわかんないから」


[つづく]




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