3.末姫様、王城へ行く
そのなな
レイナが言った意味が正確に理解できたのは――、ここにいる人間のうち、いったいどれだけだろうか。
魔道に造詣のないヒトはもちろん無理。
わかったはずの魔道士協会の面々も、逆に知識がありすぎて受け入れられないに違いなく――。
かく言うあたしも。
これが実の娘でなかったら、とてもじゃないが信じゃーしなかっただろう。
言わずもがなの御仁は、いつものごとく問いかけてくる。
「――なあ、リナ。
今、レイナの奴、すごいコト言わなかったか?」
今日に限っては、すごいってわかっただけ褒めてつかわそう。
「――言ったわよ」
「どーいうことさ?」
ガウリイの横にいたガルが、覗き込んでくる。
あたしの右側にいたバークは、さらに右隣の弟を見ていた。
まあ、レイナの観点に一番近いのがこのラーグだってのは、疑いようもないわな。
「――ねぇ、ラーグ。
あんたもわかってんの?」
ラーグはえらく渋い顔をして、ぽそっと呟いた。
「おれは『火』ができる流れを感じるだけ。
レイナほどはっきりとはわかんないよ」
「――つまりは、ホントなワケね」
理由はさておき、こんなに機嫌の悪い三男坊から解説を引き出すのは、無敵末姫の『ほやほや和み光線』攻撃以外は無理だろう。
多分――この子にとっては嬉しいコトじゃないってか。
「母さん?」
誰よりもよく弟の気性を知っているバークは、あたしに矛先を変えてきた。
しゃーないなぁ、ったく。
「――つまり、ねぇ――。
『火』がどんなモノかは、みんな知ってるわよね。
どんな風に燃えるとか、熱いとか」
父子共々、こくこくと頷く。
「あたし達魔道士は、『火』を作る呪文を知ってる。
どんな作用を起こせば、『火』になるかもね」
「あ、そりゃわかるわかる。
しょっちゅう『火炎球〈ファイアーボール〉』くらってるし」
そーいう学習の仕方かい、バーク。
「――でも、レイナは『火』そのものがどんな風に出来てるか――、何で燃えるとか、何で熱いとか――起こる現象そのものの成り立ちを知ってるってコトよ。
もちろん、具体的に口で説明出来るようなモンじゃないだろうけど――感覚的にはわかってるんでしょうね」
上の子二人はまだ付いてきてない。
ガウリイはしばらく考え込んで――。
「――誰にも教わらなくてもか?」
「――あんたは教えてもらったらわかるわけ?」
「………………」
そんなのを教えてくれる奴がいたら、あたしだって教わるわい。
「『水』をわかせば『お湯』になり、『湯気』になり、空に上がって『雲』になり、『雨』になり、『地面』にしみこんで、『地下水』として流れ、井戸にたまり、おれたちがくむ。
そうやって回ってるのもわかってるよ」
ラーグが淡々と呟く。
父子は感嘆のため息。
「へー、レイナやおまえがいっつも言ってるのって、そーいうコトなんだ。
何だかよくわかんないけど、すごいじゃん?
そんなのわかってたら、えらいベンリだよなぁ」
「ちょっとちょっと、ガル?」
「だってさー、父ちゃんだって剣で戦ってる時、後ろにも目があるみたいだもん。
あれと同じようなモンなんだろ?」
「あー、そっか。
母さんも魔族の正体見やぶったりするもんな。いっしょかぁ」
バークも明るく笑って、兄に便乗。
「………あんた等ぁ?」
「じゃあ、おれたちもわかるようになるかな?」
「そのうちなるんじゃないか?」
「おーし♪」
ガッツして盛り上がってる上二人。
――ウチじゃあ、これもフツーの範疇なんかい?
「うーん、オレとリナの子なんだから、いつかそーなるかもなぁ」
あんたまで納得してどーするんだ、親父っ。
結果オーライなガブリエフ家のポジティブ構成員には、これ以上の説明はいらないようだが――他の人間達はそれで済むはずがなく。
さらにざわめきは大きくなっていた。
ある者はガウリイ達のような感嘆の、ある者は驚愕の、畏怖の、疑惑の――様々な目をして。
魔道士はどのカオスワーズがどういう現象を起こすかを学び、それを魔法として組み上げていく。
けれどレイナやラーグはその逆。
どこまでの範囲かはともかくとして――物質の組成や循環の成り立ちを、習うまでもなく厳然たる世界の『事実』として認識出来ているとすれば。
すでに答えとして確定している『事象』の発動に、『魔法』という式を当てはめていくだけなら、――最大魔力やキャパシティを無視すれば――基本的にあらゆる術が発動できるというコトになる。
――これはとんでもない以外の何物でもなく。
この子達は、その現象を起こすのがどのカオスワーズで、どの組み合わせをすれば魔法として発動させられるかの知識がまだないだけなのだ。
まして、バークはともかく、レイナの魔力はあたしを軽く凌駕している。
魔道士としては――鳥肌が立ちそうな存在に違いない。
あたしがずっと漫然と感じていた不安は――これだったんだろうか?
「――つったく、この感じがイヤなんだって」
ラーグが吐き捨てるように呟いた。
おそらく、魔族なら糧にしそうな負の感情を、直に感じ取ってしまっているのだろう。
この幼さでそんなのを受け止めるのは、相当しんどいに違いなく。
まして無敵のレイナと違って、プラスの気で相殺するなんて器用なワザを持ち合わせていないこの子は、何度もそんな思いをしてきたんだろうか。
そりゃあ不機嫌にもなるわな。
あたしに頭を撫でられて、ラーグは珍しく戸惑った表情を見せた。
「あんたやレイナが、魔法書を見た――感じた?だけで魔法を発動させられたってのは、そういうワケだったのね」
魔法が使えると言っても、まともなカオスワーズ一つ理解していないはずの娘が――、実は誰も知り得ないようなあらゆるコトを、すでに感覚として『知っている』とすれば。
あたしが発動した術が起こす現象を再現してみせるなんてのは――、そりゃあ簡単だろう。
「――レイナはうまく説明できないし、おれはあんまり言いたくなかったし…」
「――嬉しくないモノまで――感じるから?」
「――うん」
いつも難しい顔の向こうで、そんなコトを考えてたわけ――。
よくガウリイがしているように、ぽんぽんと軽く叩いてやると、ようやくラーグに苦笑いが浮かぶ。
こんな顔をすると年相応に見える――って言うより、普段がそうでないだけか。
レイナが――ラーグがこんな不可思議な能力を持っている理由は――あたしとガウリイは、だいたい――想像が付く。
けれど――そんなコトはここで言う訳にはいかない。
もっとも、言ったところで――親まで狂言癖でもあるのかと思われるだけだろうけど。
いつかわかる年になったらちゃんと話してあげるから――それまで頑張んなさいね、三男坊。
って言っても――この子の場合は、その日はかなり近そう。
当の爆弾発言娘の側にいたアルが、一番落ち着いていたかもしれない。
「……アルおにーちゃまぁ、レイナ、おかしなこといっちゃった?」
困惑気味のレイナを撫でて、きゅっと抱きしめる。
「だいじょうぶだよ、みんなよくわかってないだけだから。
前にぼくに、いっしょうけんめい説明してくれたことがあったよね?」
「うん。でも、おにーちゃまはかんじないんだよって――」
「みんなもね、ぼくみたいなんだよ。
そして、大人はじかに見えないモノはみとめてくれないから――」
「――そう言うからには、殿下は信じているのですね」
そう簡単に取り乱さないのが、統治者たる身分の人々。
女王も至って冷静に状況を観察していたようだ。
威厳という名のプレッシャーを、幼いながら正面から受け止めて、アルが答える。
「――信じてるんじゃありません、陛下。
私はずっとレイナや兄達といっしょにくらしていました。
だから、真実〈ほんとう〉だとわかっているんです」
しばし沈黙があり――女王は真偽を確かめているようだった。
「――わかりました。
単なる幼子の言うことと、安易に片づけてしまうのは愚かなこと。
妾も自分の目で確かめてから、信じるに足るか決めるとしましょう」
さすがにそんな会話までは守備範囲でない末娘は、きょとんとしている。
女王はにっこりと優しく微笑みかけ。
「レイナ、この女王に、何か魔法を見せてくれますね?」
「はーい、じょおうしゃまぁ♪」
まるで一緒に遊んであげると言われたように、レイナは満面の笑みを浮かべた。