3.末姫様、王城へ行く
そのはち
ほとんど総員がぞろぞろと、お披露目会場になる東の庭に移動開始。
またアルに抱かれて、いったんあたし達の所に戻ってきた当の末姫といえば、相変わらず緊張のカケラもなく。
兄達にも伝染したのか、お祭りよろしく、すっかりはしゃいでいる。
「なあ、レイナ。何の呪文見せるんだ?
うんとハデのしてやれよっ♪」
煽るようにバークが言うと、ラーグが。
「インパクトあるには、こしたことないかもな」
「しょーなの?
ガルおにーしゃんは、どんなのいーい?」
「うーん、おれは呪文はよくわかんないからなぁ。
おもしろけりゃいいよ」
「アルおにーちゃまは?」
アルはレイナを下ろすと、ちょっと考え込んで――苦笑した。
「レイナがぐあい悪くならないのなら、何でもいいよ」
――まあ、それで以前エラい目にあってるからねぇ。そう思っちゃうのもしかたないか。
「うにゅ~。おとーしゃんは?」
「オレか?
――そうだなぁ、どうせなら、楽しい方がいいんじゃないか?」
抱っこをせがむポーズの愛娘を慣れた動作で抱き上げ、ガウリイがいつものようにお気楽に笑う。
「おかーしゃんはぁ?」
父親の肩越しに、あたしに向かって小首傾げ。
「……お城を壊さなきゃ、何でもいいわよ」
「珍しいな、おまえが破壊活動止めるなんて」
べしっ!
スリッパで一撃。
わざわざ娘の立場を悪くするようなコトを煽るんじゃないっ!
「――そうだ、レイナ。
さっき転んだ時、どっか痛くした?」
「ううん、だいじょーぶだよ」
「じゃあ、なんですぐ起きなかったわけ? びっくりしたの?」
あたしの素朴な問いに、娘は大きな瞳をますます大きくした。
「んーとね。
レイナ、みんながいるときころんだら、じぶんでおきたことないの」
「……はいー?」
「レイナ、ちゃんとひとりでおきれるんだよ。
でもしょれより、おとーしゃんたちがおこしてくれるのが、じゅっとはやいんだもん」
兄ちゃんsを見ると、総員顔を見合わして乾いた笑いを浮かべている。
「だからね、しゃっきは、おにーしゃんたちがいるから、じぶんでおきるのわすれてたの」
「そーいや、そーだなぁ」
「ガぁウリイぃ~~、そんなにみんなして甘やかしてどーすんのよっ!」
のほほん親父を睨んでやると、珍しく切り替えされた。
「じゃあおまえは、あんな風にレイナが長々転がってるのに、手を出さないでいられんのか?」
「う゛っ」
た、確かに……歩行訓練とかならともかく、自分の娘が地面とキスして泣きもせず、なかなか動き出さなかったら――反射的に助け起こして様子見しちゃうのは――当然の反応かっっ。
それでなくても骨折魔の末姫のコト、放置して黙って見てる方が、よっぽどストレス溜まるわなぁ。
「だいじょーぶだよ、おかーしゃん。
レイナ、ひとりのときは、ちゃんとじぶんでおきてるから♪」
――あんたが慰めてどーするかなぁ。
廊下に出ると、瑠璃色の小鳥が人波を飛び越えて来た。
「わーい、鳥しゃん(はぁと)。
ねぇ、鳥しゃんはどんなじゅもんがしゅき?」
――これに関しては、もうツッコむのはよそう。
「レイナちゃん、お疲れさまーっ(はぁと)」
少し遅れて、巨体で人波を掻き分けて近付いてくるソプラノ鎧。
「ナタリー(はぁと)」
喜ぶレイナを、ガウリイがナタリーの肩に移動してやる。
「ねぇねぇ、今のこっそり陰に隠れて見てたンだけどぉ……」
――どうやったらこの図体で、隠れられるんだ?
「レイナちゃんったら、こんなにちっちゃいのに、もうあんな素敵な王子様がいるのねっ♪」
「ふみゅ? アルおにーちゃまのこと?」
「そうそう」
「うん、アルおにーちゃまはおうじさまなんだよ」
「いいなぁ~、リナにもハンサムな旦那様がいるし。あたしも欲しいぃ~」
――もしもし。話かみ合ってないんですけど?
「ナタリーにはいないの?」
「だってぇ、あたし動く鎧〈りびんぐ・めいる〉だし、こんな大きいでしょ?
なかなかこれはっ!ってヒトがいないのよねぇ~」
「――しょっかー、しゃびしいんだぁ」
「そうなの~」
「――じゃあ、レイナがしゃびしくないようにしてあげればいーい?」
「まあっ、レイナちゃんったら、優しいっっ」
――だから、後がつかえるから往来で抱擁しないのっ。
東の庭、と一口に言っても、えらい広い。
城と二本の回廊にコの字型に挟まれ、一方だけに開けている構造だ。
いくつかの彫像と、形良く刈り込まれた樹木、そして噴水がバランス良く配置されている。
そして、窓からこっそり見ている使用人達がたっぷり。
ナタリーが知ってたくらいだ。来賓や関係者でなくても、気になるんだろう。
「あ、おじしゃんだ♪
おじしゃーん!」
でっかいナタリーの上は親父抱っこより視界がいいのか、庭に出てすぐ、レイナが手を振った。
回廊の小窓から覗いていた使用人とおぼしき日焼けした中年の御仁が、軽く手を上げて応えてきた。
「あれ…誰?」
「うーんとね、しゃっき鳥しゃんとあしょんでたら、おはなししてくれたおじしゃんなの。
ここのおにわの『にわし』してるんだってー」
ずっと蜜色の頭に留まっていた鳥が、ひょいと肩に降りてきた。
「――え? うん、いいよ?」
レイナが答えると、そのまま庭師のおぢさんに向かって飛んでいった。
「……どうしたの?」
「おなかしゅいたから、おじしゃんにごはんもらってくるってー♪」
「レイナちゃんったら、鳥ともお話出来るんだもんね。スゴいわぁ(はぁと)」
褒めないでいーから、ナタリー。
「――あのね、レイナ。
さっき、あの鳥、何の呪文がいいって言ってた?」
参考までに訊いてみると、あっさり答えが返ってきた。
「えーとね、鳥しゃんは『ひがきらい』なんだって」
………えーーーーーーーーーーとぉ。
「こちらでどうぞ」
待機していた従者に、城の建物に背を向けるような位置に導れ。
レイナの側には、あたし達家族と、アルが残り。
ナタリーは両脇にずらりと並んだ来賓達の中に混ざっていった。
女王が再び現れ、あたし達のすぐ脇の――少し離れた所に陣取る。
「ねぇねぇ、ラーグおにーしゃん」
「何だ?」
「あのね?」
妹の耳打ちに、ちょっときょとんとしたものの、すぐに耳打ち返す三男坊。
「うん、わかったー♪」
「レイナ、準備はよろしいですか?」
「はーい♪」
女王の呼びかけににっこり笑うと、少し前に出る。
気になるのか、アルがラーグを小突いた。
「何ていったんだ?」
「すぐわかるって」
引き上手だね、ラーグ。
レイナはちょこんと地面に膝を付き――やや舌ったらずに唱えた呪文は。
「『う゛=う゛らいまっ!!』」
どどどどどどどどっ!!
レイナの前方に向かって、すごい勢いで地面がギャラリーと平行するようにせり上がり、次々人型を取っていく。
身の丈はナタリーより少し大きい程度だが、その数5体。
ギャラリーがどよめき、さらに方々からも悲鳴のような声が上がる。
そちらの方を見ると、庭にあった彫像まで動き出していた。
きれいに並んでいた人垣が避難して、散り散りになっていく。
「こんにちはー、ゴーレムしゃんたち♪」
石人形達はあたし達の周りにずらりと集合し、レイナの挨拶に応えた――ように見えた。
さすがの女王も展開に付いて行けてないのか、まだ何のリアクションもない。
「――リナお母さん…、『霊呪法〈ヴ=ヴライマ〉』って――単体魔法じゃなかった?」
さすがはセイルーンの王子なアルだ、知っていたらしい。
「――そうだったと思う……んだけど。
どこであんなの覚えてたんだか――」
「なーに言ってんだよ、母さんだろー?
父さんがるすの時、こっそりゴーレム作って力仕事させてたじゃんか」
バークが飄々と言う。
しまった、あれを見られてたのかっっ。
「ラーグ、さっきレイナが訊いてたのってそれなのか?」
ガルが訊いてくる。
「うん『いっぺんにいっぱいつくっちゃってもいいんだよね?』って言ってた」
あちゃーーー、お得意のアレンジ技かい。
確かにインパクトはあるし、ハデだけど――これからどーするんだい?
親の心子知らず、末姫は楽しそうににこにこと笑っている。
「ねー、ナタリー! おうたうたってくれる?」
「う、うんっ」
ゴーレム越しのレイナの呼び声に、引いた人垣から取り残されて、独り突っ立っていたナタリーが近付いてきた。
「ゴーレムしゃんたち、レイナやナタリーといっしょに、ダンスしてあしょんでね♪」
………………………なんですとぉ!?