2むちのだいけんじゃ2

3.末姫様、王城へ行く
そのきゅう



 世の中に――奇態な光景は多々あれど。
 これは絶対、後々まで語りぐさになるのは確定だろう。
 将来どーなるかわからないウチの末娘とて、こう言われるに違いない。
 『ゼフィーリア城でゴーレム達とダンスパーティをした見習い魔道士』と。

 今、あたしの眼前、ギャラリーのすっかり引いた空間では――。
 歌う『動く鎧〈りびんぐ・めいる〉』ナタリーの歌に合わせて、ウチの家族にゴーレム加わって、輪になって踊っている。
 これだけでも充分眩暈がしそうだとゆーに、平素から珍しモノ好きの女王が、
「ほほほ、これは愉快愉快。
 楽〈がく〉の音もあった方が、いっそう楽しかろう」
 なんて、楽団まで集合させちゃうし。
 さらに気付けば、ガーデンパーティよろしく昼食の準備まで始まってるしぃ。
 『永遠の女王』なんて崇拝されてるこのヒトの、こんなトコだけには付いていけんわぁ。

 世間一般的なら、こんな時制止役になっていいはずの父親・ガウリイと言えば、
「おとーしゃん、おどろーよ♪」
 の末姫の誘いに、あっさり乗って輪の中にいる。
 あたしも当然誘われたが――、すまん娘、母さんの神経はそこまで太くない。
 (――何か異議のあるヒトは、後で申告するように。)
 同じく男の子達に引きずり込まれたアルは、こんな時の反応が父親のゼルによく似てる。
 一見けっこー常識派という風ながら、いったん入っちゃうと案外ノリは良かったりするのだ。
 ましてあの子はレイナの側にいたいのが第一優先事項、何のかんの言いながらもしっかり隣をキープしてやんの。
 元々豪快気さくが心情なフィルさんと言えば、ハナからすっかり楽しんでるし。

「リナ?」
 隣に鎮座している女王が、声を掛けてきた。
「妾は魔道には詳しくないが――それほど大きくないとは言え、土ゴーレムと銅像。
 これだけ集団で踊っていれば、地響きなどしないものかの?」
「――そう言われてみれば……」
 何せ元の材質が材質である。
 それほど加減して踊っている――っつーよりは、元気一杯ダンシングしてるようにしか見えない――状態じゃあ、地面は踏み固まり、地響きがしたって全然不思議じゃない。
 ……さては、また密かにナチュラル・アレンジかましたなっ?
「――娘御の仕業かの?」
「――おそらく」
「本当に面白い幼子だこと」
 女王は楽しそうに笑った。
「面白いで済んでるならいいんですけどねぇ」
「済んでくれないと困るであろう?」
 レイナの方に顔を向けたまま、女王が静かな視線をあたしに寄越していた。
 この不意打ちには少々びっくりしたが――どっこい、こちらもタダの母親ではない。
「どんな風聞が飛び交ってました?」
 あたしの受け答えがお気に召したか、女王の目が再び笑いモードに戻る。
「それはもう――賛美から口さがないのまで、注進も良し悪しだとあらためて思うたくらいに色々とな。
 中には『赤眼の魔王〈ルビーアイ〉』を内包しているのではないか、などとまで言う者もおったわ」
 さすがにこれは――、冗談でしょうと単純に笑い飛ばすのは――難しかった。
 かって――あたしとガウリイが結婚した頃に――黄金竜族から示唆された、あり得るかも知れない予測だったのだ。

 ―――そなた達の成す子が、『赤眼の魔王』を宿す者に成りえるかもしれぬ。

 今子供達の中で一番可能性があるとすれば、末姫以外にあり得ないだろう。
 だけど――
「――あの娘がそうだと思われます?」
「思わぬな」
 あまりにあっさりした即答に女王を見ると、――何というか――威厳に満ちた表情をしていた。
「今接しただけでも、あの幼さながら十分に慈愛や他人と心を通わす尊〈たっと〉さを知っていると見た。
 少なくともそなたとガウリイ、あの小さな兄達が今のまま慈しみ、このまま長じて行くならば、そんな懸念は不用であろう。
 もっとも――家臣達の懸念もわからぬではない。
 あの才は過分すぎる程希有なもの。
 ――それこそ、魔神の魂を抱いていても不思議ではない位にな。
 それでも――、一つの才なのには変わらぬ。
 どんな子供でも、才能という珠の原石を抱いて生まれてくるもの。
 それをどう磨いていくか――珠玉となるかただの石くれになるかは、無論重ねる年月や本人の意思も大きいが――、幼き頃は周囲からの働きかけも重い。
 あの小さな娘御の持つ大きな宝玉が、いかな存在となるかの責は、そなた達にもかかっておる。
 その重さを負うのを是と出来ぬというなら――妾が然るべき所に委ねてもよいが?」
 あたしは女王の眼力に苦笑いしながら、肩をすくめて見せる。
「あのとんでもない娘を、あたし達以外に御せるヒトがいたら、お目にかかりたいですね」
 女王もくすくすと笑い返してきた。
「確かに――、見た目ほど一筋縄ではいかない子のようだの」
「父親と同じで、全然自覚ないようですけどね」
 自然に目が楽しそうに踊る大きな親父とちっちゃな娘に向かう。
「あの様子では、ガウリイも兄者達も可愛すぎて手放したがらぬだろうな」
「あたしもです」
「――これはしたり。愚問だったの」
 あたしと女王は視線を交わして笑った。
「――では、魔道士・リナ=インバース=ガブリエフ。
 そなたにレイナ=ガブリエフの全般を任せましたよ。
 この国――世界にとっての宝となるか、あるいは脅威たる者になるか、とくと見せてもらいましょう」
「かしこまりました、ゼフィーリア女王陛下」
 こちらの重たい話をヨソに、その主人公と家族達はすっかり宴に興じている。

 その落差が――内容はともかくとして――今はそれでいいような気がした。
 あり得るかもしれない可能性――昔ガウリイと遭遇した光景は、いつかどこかでまた繰り返されるのかもしれない。
 もしかしたら――またあたし達のすぐ側で。
 でも、そればかり考えて憂いてたって何になるだろう?
 何の確証もない、単なる風聞レベルごときだってのに。
 あいにくそんな刹那的なシュミは持ち合わせていない。
 今はただ――――

 不意に。
 ゆっくりと――不思議な感覚が浮かび上がってくる気がした。
 ――安堵感と言うのか――どっか懐かしいと言うのか――。
 『大丈夫』だと、『心配するな』と。
 何だか――ガウリイが背中を押してくれる時みたいな……。

 顔を上げると、遠くで立ち止まったまま、じっとレイナが見つめていた。
 静かな――周りの喧騒がどこかに飛んでしまっているような、まっすぐな瞳で。
 あたしはとっさにどうリアクションしていいかわからず――、とりあえず少し苦しい笑いを作って見せる。
 小さな娘はいつものようににっこり笑って、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「おかーしゃん、おのどかわいたぁ〜」
 まるでゴールするように、あたしにしがみついてくる。
 同時に広がるほんのりとした暖かさ。
 ――この不思議娘のコトだ、またあたしの考えごとの重たさでも感じてたんだろうか?
 安堵感を伝染させるなんてのも、得意中の得意だし――。
「はいはい、何がいーい?」
 あたしは小さく息を吐いて、頬を上気させ息を切らしている小さな身体を抱き上げ。
 急ごしらえのテーブルの上に用意された飲み物の所まで連れてってやった。
「えーと、えーとねぇ……」
 いっぺんに沢山の種類を見せられて、レイナの視線が彷徨う。
 給仕役の若いメイドさんが近付いてきて、にっこり笑いかけた。
「お嬢ちゃん、ぶどうジュースはいかが?
 白と紫のがありますよ」
 言って、両方のピッチャーを示す。
「うん、しょれがいい〜。
 おねーしゃん、りょうほうくだしゃいなっ♪」
「こーら、欲張んないで、まずどっちかにしなさい」
「いいのー、おかーしゃんとのみたいの〜。
 レイナひとりだけのむのつまんないもん」
 ………そのきらきら目でおねだりされると弱いの知ってるな?
「はい、どうぞ♪」
「ありがとー、おねーしゃん」
 末姫はメイドさんから両方のカップを受け取り、あたしに片方差し出した。
「はい、おかーしゃん♪」
 受け取るのにまずレイナを降ろそうとすると、ぷるぷると首を振る。
「このままのんで♪」
 ………やれやれ。この甘えん坊が、ホントに宝玉になるのかしらね。
 ぎこちなく傾けられたカップからあたしがジュースをすすると、小首を傾げる。
「おいしい?」
「うん、紫のもちょーだい♪」
「こっちはレイナがしゃきなの〜」
「はやくくれないと、白いのぜんぶのんじゃうぞ〜」
「だめぇ〜」
 笑いながらじゃれ合っていうちに、さっきまでの重さの残滓はどっかに吹っ飛んでしまっていた。
 この自然に満ちてくる幸せが、何よりも最強の力になるのかもしれない。
 女王は微笑んで、あたし達を見つめている。
 レイナが気になってしかたないのか、アルがこちらに向かって歩いて来た。
 ちょうど曲の切れ目になり、あたし達に混ざりたいのか単に空腹にかられたのか、ガウリイと男の子達もわらわらと駆け寄ってきて、なし崩しに小休止突入となった。

 もちろんゴーレムやナタリーにンなのは必要ないので、それぞれにゆったり余興のダンスを続けている。
 女王はワインをたしなみながら、あたしに抱っこされたままのレイナと他愛なく、その実とんでもない会話を展開中。
「じょおーしゃまぁ、おしごとしてるひとたちは、いっしょにダンしゅしちゃだめなの?」
「皆と遊びたいのですか?」
「だってー、ごはんはみんなでたべたほうがおいしいでしょ?
 ダンしゅもみんなでしたほうがたのしいとおもうのー」
 毎度の小首傾げで満面の笑みを浮かべる末姫に、女王も笑い返すと、
「それはそうですね。では――」
 さっそく回廊の使用人ギャラリーに向かって。
「そなた達、今日は無礼講とします。
 手の空いている者から、お楽しみなさい」
 元々女王の気まぐれには慣れているのか――周囲でギャラリーしていた使用人達がどっと沸き、庭は招待客と入り乱れてごったがえすこととなった。
 面白そうに見ていた人達はうずうずしていたのか、一緒に踊り始める者も続々と出て来て、一気にお祭り状態。

 あたしに抱っこされたままの発起人レイナは、フルーツと生クリーム入りのクレープを頬張りながら、楽しそうに見つめている。
 一応国王同士、フィルさんと女王もすっかり和気あいあい。
 ガウリイや男の子達はそれぞれあちこちに徘徊して、昼食をしっかり確保している。
「なあ、レイナー。
 おんなじダンスばっかじゃつまんないじゃん?
 なんかほかのもおどろうぜっ♪」
 サンドイッチ片手にレシスのジュースのお代わりをもらいながら、ハデなの大好きバークが言い出した。
「うん、レイナあんまりダンしゅしらないから、だれかおしえてあげてくれる?」
 ………………なに?
「ちょ、ちょ、ちょっと、レイナ?
 教えたら覚えるっての? あのゴーレム達が???」
 あたしのすぐ側にあるちっちゃな顔が、にこーっと肯定の表情を作る。
「うんっ、おとーしゃんくらいになら、おぼえてくれるとおもうよ♪」
「呼んだかー?」
 何の料理を調達に行ってんだか、えらい遠くの人垣から呼ばれてもいないのに返事してきたのは、末姫特製ゴーレムと同じ頭脳レベルと称されたガウリイ。
「おとーしゃんのおはなししてたんだよー♪」
「おー、そっかー♪」
「そなた達、本当に仲のいい父娘なのですね」
「うむ。まことに」
 ………キミタチ、何か違うと思うの。



[つづく]




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