『Sea−sons』

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「これが終わったら、レイナはオレが見てるから、おまえも泳いでこいよ」
 リナに髪を編み直してもらいながら、ガウリイが子供達を目で追ったまま言った。
 何のかんの言いながら、リナがまだちゃんと泳いでないのをしっかり見ていたらしい。
「そりゃいいけど――。
 レイナにまだ泳ぎは無理よ」
 少し仰ぐようにして、視線をリナに向け。
「わかってるって。
 オレが乗っけて泳いでやれば大丈夫だろ?
 少し深いトコも見せてやるさ」
 リナは小さくため息。
「――溺れされないでよ」
「おう、まかせとけ」

 どんっ!
「てててっ! 何だよ、ラーグ!」
 いきなり近寄ってきた弟に勢いのままド突かれ、バクシイは抗議の声を上げる。
「何だよ、じゃない。
 痛いのはおまえだけじゃないんだから、気を付けろって言ってるだろ?」
「だから、何がだっ!」
 ラグリイは無言で、兄の左手を水から引き上げた。
 岩か貝ででも擦ったのだろう、少し血が滲むくらいのキズが出来ている。
「ありゃ?」
「おまえは楽しくて気付かなくったって、おれは十分痛いんだからな」
 一卵性双生児の不可思議な繋がりか、バクシイとラグリイは痛みや強い感情の衝撃を共有しているらしい。
 まあ、それ自体はたまに聞く話ではあるものの。
 ガブリエフ家の双子の場合は、ラグリイの方が感覚が鋭いせいか、ヘタするとバクシイ自身が感じているより強く受ける時もあるようで――。
 なのに兄の方は無鉄砲で無茶したがる性格、となれば、抗議もしたくなるのだろう。
「そんなのおれのせいじゃねぇだろ!
 だいいち、おまえがケガしたら、おれだって痛いのは同じだっての!」
「おれはケガしないように気を付けてる。
 ひんどはおまえの方がはるかに多い」
 弟のやたら大人くさい理路整然としたいつもの物言いが面白くないバクシイ、不機嫌度さらに急上昇。
「るっせぃ!
 そんなのイチイチ気にしてられっかよ!
 かってに痛がってるのはおまえだろうが!!」
「なぁにぉぉ?」
 ――普段は決して仲が悪いというワケではないのだが――、いくら冷静傾向の強いラグリイとは言え、そこはまだ子供。
 まして、リナの血をしっかり継いでいる以上、ケンカを売られて受けて立たないワケもなく――。

「おとーしゃん、おーかーしゃんっ!
 バークおにーしゃんとラーグおにーしゃん、ケンカしてるよぉ〜」
 水の中から立ち上がって、レイナが泣き出しそうな顔で訴える。
「ったく、またかぁ?」
 どこか引っ張られているのか、編み終わった髪をしきりにいじりながら、渋い顔で立ち上がるガウリイ。
「どーして、毎度毎度、ああなのかしらね〜。
 いいかげん、同じコトでモメるのはやめなさいって言ってるのにっ」
 後ろで膨れあがって来た『気』に、反射的にガウリイは横に身をかわした。

「『水竜破〈シーブラスト〉っ!!』」

 どっばーーーーーーーん!!

「あーあ」
 双子の弟が水柱と共に吹っ飛んだのを見て、少し離れた所にいた長男のガルデイがノンキな声を出す。

「おにーしゃんたち、ふんすいといっしょにとんじゃった〜」
 これまたノンキに呟くのはレイナ。

「ふんっ、これで懲りたでしょ」
「いや〜、こりないと思うな、オレは」
 思わず言ってしまったガウリイ、さらなる殺気に硬直する。
「おーい、レイナぁ。
 一緒に泳がせてやるぞ〜」
 俊足をさらに加速させて、末姫様という無敵の盾をゲット。
「ガぁウリイぃ〜」
「おかーしゃん、またふんすいする?」
 …………がくっ。
 どうしてこの娘の物言いは、こんなに脱力させられるんだろう?
 もちろん、ノンキで緊張感の欠片もないというのもあるにしても、それ以上に、上がったテンションを問答無用で沈静させる効果がある。
 この不思議の塊のような小さな娘は、いったいどういう風に育つやら――。
 楽しみだと言うか、末恐ろしいと言うか……。


「いいかー、レイナ。
 オレが合図したら、思いっきり息を吸って止めるんだぞ」
 少し深みまで連れてきて、立ち泳ぎしながら笑ってみせるガウリイ。
 こくんとうなずいたレイナが言われた通り息を吸うと、抱っこのまま一緒に身を沈めた。
 ごぼごぼごぼ……
 泡の吹き出す音と水の冷たさにびっくりしたのか、末娘は思わず目を開き――もがき出す。
 すぐに引き上げてやると、思い切り咳き込む。
「おい、大丈夫か?」
「おとー……しゃん、めが……いたぁい」
 ガウリイは苦笑しながらもしっかり抱いて、半泣きの顔をぬぐい、むせている小さな背中を軽く叩いてやる。
「塩水だからなぁ、最初は染みるんだ。
 すぐ慣れるさ」
「ふみゅ〜」
「慌てなくていい、オレが側にいるからな」
「おとーしゃんといっしょ?」
「ああ」
 何と言っても、誰よりも大好きな父の言うことである。
 レイナはやっと安心したのか、すりすりとすり寄った。


「ん?」
 不意に足をくすぐるられるような感触に、ガウリイは水の中に目をやった。
「………なんだこりゃあ!?!?!?」
 父の素っ頓狂な大声に、家族一同注目する。
「おとーしゃん、どーしたの………わあ……!」
 抱かれたまま父の視線を追ったレイナは、嬉しそうな声を上げた。
 いつの間にか父娘の周りを囲むように、魚達が集まってきていたのだ。
「ちょっと、どうしたのよ!?」
 何事かと集まってきたリナ達に驚いたのか、魚達はさっと身を翻してしまう。
「あーん、にげなくていいよー」
 レイナが手を伸ばしても、戻っては来てくれない。
「なんだ、レイナ。
 こんどは魚なつかしちまったのか?」
 一番最初に二人の元に来たガルデイが、楽しそうに笑う。
「おい、ガルデイ、なんだそりゃ?」
「なんだ……って、レイナがいっつもやってるじゃん?
 犬だって鳥だってなついて来るんだから、魚が来たってぜーんぜんっふしぎないだろ?」
「……そんなもんなのか?」
 今ひとつ信じられないでいる父親にそっくりの笑顔と口調で、長男坊が答える。
「そんなもんだって」
「ガルおにーしゃん、もうおしゃかなしゃんたち、きてくれないの?」
「おれたちにびっくりしただけじゃないのか?
 またすぐくるさ」
「レイナ、おしゃかなしゃんとあそびたいなぁ」
 末姫様の素朴and難題な希望に、そこにいた全員、顔を見合わせ――。


 妥協案。
 レイナを足を浸せるくらいの高さの岩場に座らせておいて、様子を見ること。
「いいか、レイナ。
 ここから動いちゃだめだぞ。
 戻りたくなったら、オレを呼べよ」
 海の中から心配そうに言う父に、娘はにっこり笑う。
「はーい。
 おかーしゃんとあそんでてね♪」

 娘の可愛いバイバイに送られたガウリイは、少し離れた所で見つめているリナの側に向かった。
「もー、レイナにも困ったもんね〜」
「おまえと遊んでろってさ」
「はあ!?」
「そーいや、おまえと一緒に海で遊ぶのって、しばらくしてなかったよな。
 お言葉に甘えるか」
 ガウリイの軽口に、末娘がやはり心配なリナは思わず呪文を唱えそうになる。
「『水竜……』」
 呪文は未完に終わった。
 ガウリイのキスで。
 リナがもがいても、はるかに体格と力で勝る旦那のホールドから逃げられるはずもなく。
 まして、最大の武器である呪文は、最も有効で効果的な方法で封じられてしまっている。
 それでもリナがあまりにもがくので、二人は密着したまま水の中に沈んでしまった。

「まーたやってるし」
「ほっとけ、ほっとけ。
 あれで本人たちは楽しいんだから」
「それより、しずかにしないと魚がいつまでも来ないって」
 これまたすでに慣れっこの男の子達は、何をやっても結局らぶらぶの方向に収まってしまう両親より、何をしでかすかまったく予想の付かない妹の方が心配なようである。

 その末姫様はとっても楽しそうに、にこにこと辺りを見つめている。
 どれだけの魚が近づいてきているのか、カモメも増えて来ていた。



 <<つづく>>




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