大きくて立派な屋敷で、たっぷりのごちそうにありつき――。
ゆったりなお風呂をいただいたあたしは、あてがわれた部屋に戻った。
そこはいつもここにお泊まりすると使ってるので、もう見慣れている。が。
「相変わらず、でっかい部屋だこと」
アパートはもちろん、実家の自室より広い。
タオルなどを干して、みんなのいる居間へ戻ろうとして、ふと足を止める。
閉められていたカーテンを開いて、ライトを消すと――。
窓の外にはあたしの期待した通りの世界が広がっていた。
外は晴れ渡って、ひどく静かで。
何だか今までの喧騒がウソみたい。
あたしは窓際に座ると、ゆっくりと堪能するコトにした。
こんこん。
ノックの音が、現実を引き戻した。
こんこんこん。
「はいはいはい、今開けるわよ」
不機嫌モードでドアを開けると、目の前はセーターだった。
「寝てたのか?」
「んなワケないでしょ」
「だって、部屋真っ暗だぜ?」
相変わらずデリカシーとは無縁な大男だ。
「――ったく。雪あかりで庭見てたのよ」
「雪あかり?」
――ああ、そっか。
「根雪があるとね、夜でもほんのり景色が浮かんで見えるのよ」
窓の方へ、ガウリイを先導するように戻る。
「おー」
あたしの上から覗き込むようにして、ガウリイが感嘆の声を漏らした。
「キレイでしょ?」
「ああ。こんなにくっきり見えるもんなんだなぁ」
「昼間の光とはまた違って、蒼っぽいモノトーンの絵みたいな感じなのよね。
暗くはあるんだけど、細かな枝まではっきりわかる位のビミョーな明るさで。
月や街灯がなくても、歩くのには全然支障ないし、行き倒れてる誰かさんも見付けられるし」
「おかげで助かった」
ガウリイが景色を見つめたまま、飄々と言う。
「部屋に引っ込んだのって、これが見たかったからなのか?」
「――それだけじゃないけど…。
ウチのアパートだと、すぐ隣が建物だからあんまり見られないじゃない。
でも、ここって庭が広くて堪能出来るから」
「そっか」
何か安堵したような声音。
「――なによ、心配でもしてたっての?」
「――まあ、な。厄介事に巻き込んじまったし。
それに――」
振り仰ぐと、ガウリイは覆い被さるようにして、あたしを見ていた。
「……それに?」
「――おまえさんと一緒にいたかった」
頬が染まったのが自覚できた。
ちょ、ちょ、ちょっ!?
「あ、あ、アメリア――アメリアとゼルはっ?」
「居間にいる。
あっちも二人っきりにした方がよさそうだったんでな」
「そっ、そっ、そう」
そんなトコばっかり気を利かすかぁ!?
い、いかんっ、パニくってる間に、ガウリイが勝手に距離を縮めてきてるっっ!
「――リナ……」
ひゃあ〜! ドアップっっ!!
な、なんか、気を逸らすコト、なんかっっ……!
―――――――――はっ。
「やばいっ!!」
あたしの唐突な叫びに、寸前でガウリイが硬直した。
「やばいっ、まぢヤバイってぇっ!!」
あたしはガウリイを押しのけるようにして、部屋を飛び出す。
「お、おいっ!? リナっ!?」
追ってくるガウリイは放っておいて、居間に駆け込む。
こっちはこっちで何かになりかかっていたのかもしれない。
二人で硬直してる。
しかし、今はンなコトは知ったこっちゃない。
血相変えたあたしに、さすがに何か異変が起きたとは気付いたらしく。
「な、何なんだ、リナっ!?」
「ガウリイさんが何かしたんですかっ!?」
「―――水道、落としてくるの――忘れた」
一息遅れて辿り着いたガウリイは、居間で騒ぐ北国の民・約3名を見るコトとなった。
そのすぐ後。
急いで支度をしたあたしは一人で玄関を出て、再び運転手さんに出してもらった車に向かう。
まだ付いてこようとするガウリイに向かって、叫ぶ。
「一人で大丈夫だからっ! たかだか、水道落としに戻るくらいっ!」
だいたい、狙われてるかもしれないから避難してるってのに、その当人がわざわざ戻ってどーするってんだ!?
ガウリイはすっかり困惑した顔で、ぼそっと言った。
「――だからぁ、いったい何のことなんだ?」
――すいません、パニくって説明忘れてました。
結局、時間がもったいないと言うことで、車の中で事情を話すことにする。
「水は凍ると膨張する。これはわかるわよね?」
「ああ」
「水道管の中には水が通っている。これもおっけー?」
「おい」
「水道の本管から、各家庭には水道管が引き込まれてるわよね?」
うなずくガウリイ。
「根雪には保温の効果もあるから、土の中にある分の水道管は平気だけど、地面から蛇口まで来ているトコは、外気にさらされたりしてるでしょ?」
「だから?」
「そこが凍ったらどうなる?」
「…………」
「水道管が破裂するんですよ」
あたし達の会話がまだるっこしいと思ったのか、運転手のクロフェルさんが口を挟んだ。
「――で?」
ガウリイのわかってないセリフに、思わず首を絞めたくなる。
「だぁかぁらぁっ!
水道管が破れちゃったら、そっから水吹き出しまくりじゃないのっ!
あたしのアパートだったら、下の部屋まで水浸し、他の部屋は断水よっ!!
修繕工事頼まなきゃ直んないし、その費用は当然全部こっち持ちなの!
どんなにオオゴトかわかったっ!?」
「――わ、わかった」
どっちかっつーと、あたしの剣幕で理解したよーな気もするが、わかったんなら良しとしよう。
「で、どーすればいいんだ?」
「各家庭に、水を土の中の水道管まで戻す装置が付いてるのよ。
蛇口を全開にして逆流させてやれば、凍りそうな場所には水がなくなるってワケ。
それを、通称で『水を落とす』って言うの。
TVで注意報出たりするんだから」
「へー。けどよ、そんなに冷えるモンなのか?」
「冷えるわよ〜、今日みたいに晴れ渡った日にはね」
地表の熱が奪われて冷え込む――放射冷却現象と言うのだそうだけど、そんなコトをこの脳クラゲに説明しても仕方あるまい。
「私の故郷なんかでは、長期の留守の時は水洗トイレに車の不凍液を入れておけ、なんて規定のあるアパートがありますよ」
びっくり反応のガウリイに、クロフェルさんが笑った。
――うーん、ここはそこまでじゃなくてよかった。
わざとアパートから少し離れた、正面側から見て陰になる場所に止めてもらい、一人で車を降りる。
ガウリイには絶対車の中にいるように厳命してから、部屋に向かう。
階段を上がる音が、寒さのせいかやたら響いた。
ポケットから鍵を出そうと視線を落とした時――、あたしは雪あかりの風景の中に、違和感を覚える『モノ』を見た。
けれど、ここで騒いだりするのは禁物。
そのまま何事もなかったように部屋に入って電気を付け、まずは当初の目的を果たす。
やっぱり落としてなかったよ。あっぶなぁ。
さて。
再び電気を消してから、レースのカーテンを少し開き、『モノ』があった方を覗いてみる。
それは――1台の黒っぽい車だった。
ガウリイの待ってる車とは反対方向の――アパートがギリギリ見えるか見えないか位の位置に駐車している。
中に人が乗っているようだけど、一向に動く気配はない。
それだけなら別に誰かデートの真っ最中だろう、でカタが付いちゃうんだろうが――、車が妙。
やたらごっつい――学生が多くて、あとは中流家庭ってこの辺りでは、浮きまくる高級車。
………今乗ってきたのは別よ。
つまり、そんなコトでもなかったらいないだろう、ってレベルなの。
とうとう、何か動いてきたか――?
目一杯さりげない素振りで部屋を出て、鍵を掛け。
階段を降りきろうとした時。
「――リナさん?」
いきなり、背後から声がかかった。
「………シルフィール!?」
「驚かせてごめんなさい」
――本気でびっくりしたぞ。
あたしの真下になる部屋から、上着を羽織っただけの出で立ちで、シルフィールが小走りで近付いてきた。
「な、なに? あたし、車待たせてるんだけど――」
「ええ、わかってます。すぐ済みますわ。
待ってる方は――昼間の?」
「う、うん。そうだけど…?」
きゃあっ、とはしゃぐシルフィール。
あ、あのーーー?
「ごめんなさい、取り乱しちゃって。
これご覧になってくださいな」
言って出したのは、いわゆる――ファッション雑誌。
付箋の貼られていたページを開くと、あたしに差し出す。
「―――! これって………」
「ね、やっぱりそうでしょう?」
そこには―――――
★ つづく ★