Eisbahn

11



 ばたん!

「よォ! おかえり……」

 ばささっ!
 
「わっぷ!
 何すんだよ、リナ!」
 ノンキそのもののガウリイの顔に雑誌をぶつけて、あたしは車に乗り込んだ。
「ててて……なんだこりゃ?」
「どうなさいました?」
 びっくり顔のままクロフェルさんが振り返って、覗き込んできた。
「ったく、悠長にしてる場合じゃないわよっ。
 そこ見てみなさいよ、そこ!」
 例のページを開きにかかるガウリイに、車内灯を点けてくれるクロフェルさん。
 
 ――――――――しばし沈黙。
 
「――なぁ、これって……」
「――でしょ?」
「――しかし――、どうも違うような気もしますが―――」
「――でも、状況的には合うでしょ」
「――だが、なぁ……」
「――難しいですなぁ……」

 ヒーター全開ですっかり窓の曇った車の中、いつまでも考え込んでいても資源の無駄遣い。不毛なだけである。
 とりあえず車を出してもらって、あたしは携帯を取り出し――
「アメリア?
 ――うん、それは解決したから、今から戻るわ。
 それより――情報が入ってきたのよ。
 ――そう、それの。
 ちょ、ちょっと、少し落ち着いてってば。
 ――え? ゼルに代わるかって?
 いい、いい。すぐ着くんだから、詳しくはそれから。
 ――何? ゼルが何か言ってるって? 代わんなくていいから、通訳してよ。
 ――信憑性? 信憑性があるかって訊いてんの?
 ―――――あるわ。
 それもかなり高そう」
 なおも電話口で叫ぶアメリアに、あとで、と告げて一方的に電話を切る。
 ガウリイは何も耳に入っていないのか、ただ難しい顔で雑誌を凝視したままだ。
 いくら夜目が利いて雪明かりがあったって、断続的に入ってくる街灯の光じゃ、ほとんど見えてないと思うのだが――。
 ま、当然っちゃー当然の反応か。
 電話をしまいながら軽くため息を吐くと――いつの間にか透明に戻っていた窓が、また丸く曇った。
 
 
 屋敷に戻った途端に、待ちかまえていた二人が扉から飛び出してきた。
 アメリアがどんな伝え方をしたのか――ゼルまで動揺してるし。
「リナさん!
 何があったんですか!?」
「警察でも動き出したのか!?」
 あたしはガウリイから雑誌を取り上げ、二人に示す。
「何だこりゃ?」
「――『Gorun Nova』?
 ……これって男性ファッション誌じゃないですか。リナさん、こんなシュミが……」
「あたしじゃないわよっ。
 ほら、あたしの下の部屋にシルフィールって子がいるでしょ?
 昼間外に出た時会ったんだけど、ガウリイに見覚えある気がしたんだって。
 で、これを探し当てて、そうじゃないかって言ってきたワケよ」
 そのまま本を奪い取ろうとするゼルとアメリア。
 おいおい、いくらヒートアップしてるからって、真冬の野外で何とする。
「こんなトコで店広げないで! とにかく入った入った!」
 あたしは本を持ったまま先導して、居間に雪崩れ込んだ。

「これよ」
 テーブルの上に開いて置いた雑誌を、テンション暴走コンビが立ったまま覗き込む。
「リ、リナさん、これっ!?」
「『腹違いの双子』なんて言わないでよ」
「ボケてる場合か。――こりゃ、芸能人か?」
「違いますよ、ゼルガディスさん。
 これって男性モデルじゃないですか」
 そう。
 そこに載ってた写真は、いわゆる男性ファッションのグラビア。
 どこぞの風景をバックに、さりげなくポーズを決めた見目麗しい長身の青年が、見事にブランドを着こなしている。
 問題はそのモデルだった。
 
 蒼い目、整った顔、すらりとした体型、そして何よりえらく長いストレートの金髪。

 脱力してソファに座り込んでいる記憶喪失男の顔の脇に、本をかざして見せてやる。  
「――そんなに似てるか?」
 当人の気の抜けた質問に、全員迷いもなく頷く。
 盛大にため息を吐いて、長い前髪をかき上げるガウリイ。
「これがオレかよ……?
 ――――――――全然見覚えがない」
 だから記憶喪失ってんじゃないかね。
「――でもぉ、随分雰囲気違ってませんか?」
 まじまじ見比べて、アメリアが困惑顔で呟く。
「そこが迷ったポイントなのよね……。
 もしガウリイに双子の兄弟がいるってんなら、話は早いんだけど」
 写真のモデルは、いわゆるクールビューティ系と言うか――何だか近寄りがたい雰囲気がある。
 あたしだってお年頃。そりゃー野郎は美形に越したことないが、外見だけに惑わされるほど単純には出来てない。
 きりりとしたスキのない表情と愛想のない蒼い瞳は、どこか油断がならないようで。
 どうしても、目の前のお気楽のほほん兄ちゃんとは結びつかないのだ。
 今は最初に目を覚ました時のように、途方にくれたような――かなりマヂな表情をしているが――。
 それでも根本的なスタンスからして、どうしても別物だって気がしてしまう。
「――だが記憶を失って、性質が全く変わってしまった事例もあったはずだ。
 これだけ似ているのを他人のそら似と言う方が、よほど苦しいぞ。
 特殊メイク――だったか?でもあるまいに」
「ゼルガディスさん、前衛ファッションじゃないんですから」
 苦笑しながら手をひらひら振ってみせるアメリアに、バツ悪そうに視線を逸らすゼル。
 まあ、まぢめ一本で浮いた話もないビンボ学生のこやつが、こんな方面に明るいワケもないのだが――。
「――仮にこれがガウリイで、モデルだったとすれば、よ。
 確かにつじつまは合うのよね。
 こんなに長い髪なのも、やたら爪の手入れがいいのも――」
「ノータッグなオーダーメイドの服着てた理由もですね」
「財布が重かったのも――」
 言いかけたゼルが、口ごもり。
「――こんな風に出ているってことは、売れっ子ってことになるのか?」
 素朴な疑問に、本に戻るあたしとアメリア。
「ページはほとんど巻頭に近いですね」
「名前がタイトルに使われていないから、ネームバリューで売り上げを取れるまで行ってないってクラスじゃない?」
「でも、1ページ丸々ぶち抜きでロケハンです。かなりプッシュはしてますよ」
「じゃあ、今売り出し中の有望株ってトコね」
 あたし達の分析終了を待って、ゼルがまた訊いてくる。
「それなら――どこかに名前は出てないのか?」
 再び分析再開。
「目次にもないです〜」
「広告リストは?」
「あ、そうですねっ」
 こういう雑誌には必ず広告があり、スポンサー名が羅列してあるページがあったりするものだ。案の定、スタッフリストの中にモデル名も載っていた。
「5人いるわね――、この中のどれだろ?」
「ガウリイって名前はないですよ?」
「ステージ・ネーム使ってんじゃないの?」
「旦那に見せてみろ」
「アメリア、ペン貸して」
 印を付けてガウリイに手渡す。
「どれかピンと来るの――ない?」
「………………」
 そう劇的な反応を期待してたワケではないが――、こんな無反応ってのもなぁ。
「字は読めるんですよね?」
「あのなぁ」
 アメリアの発言にしっかり反応するってことは、別に呆けてるんじゃないのね。
「実際に呼んでみたらどうだ?
 聴覚からの刺激も、脳活動にはかなり有効なはずだぞ」
 言いながら本を取って、こっちに放ってくるゼル。
「いーい? ガウリイ。
 何か引っかかったら、すぐに言うのよ」
「ああ」
「ヴァル=ガーヴ=コプト」
 しーん。
「レオン」
 ―――。
「ブラック=フォックス」
 ――――――――。
「ナイトメア=パーソン」
 おい、あくびしてどーするっ!
「ミワン=フェミール」
「それって――」
「おおっ!? 覚えあったっ!?」
「女じゃないのか?」
 ばきっ!!
「人が真剣にやってんのに、ちったーまぢめにやらんかいっっっ!!!」 
 ゼルが背後から羽交い締めにしてくる。 
「落ち着け、気持ちは十分わかるが」 
「編集部に訊いてみたら、教えてくれるんじゃないですか?」
 アメリアが本の奥付で電話番号を見つけていた。
「直接電話してみる?」
「ちょっと待て。
 今は名前確認だけじゃ足りないだろう?
 旦那――かもしれないモデルの素性を知ってる奴の情報も聞かないと」
「――でもよ。そんなのをたかが一介の読者に、簡単に教えてくれると思う?
 名前とか簡単なプロフィールならともかく、現住所や家族構成とかはプライバシーだし。
 プロダクションや組合にでも所属してくれていれば、少しはわかるかもしれないけど――。
 ――そもそも、何て訊くってのよ?」
 ゼルは渋い顔をして、ガウリイ側のソファに腰を降ろす。
「まともに説明しても、余計に怪しまれるだけだろうしな……」
 こういう時って、単なる学生の身分って弱いよなぁ。
 さーて、どーしよ。

★ つづく ★



『ゴルン・ノヴァ』の綴りは、『The Slayers d20 RPG』というお米の国のゲームから引用しました。情報提供は某蛤さんから。
モデル名のセレクトは某チャッターさん達から。
別の話が作れちゃいそうなくらい、沢山提供していただきました。
皆さん、ご協力、心から感謝、感謝です♪




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