ばたん!
「よォ! おかえり……」
ばささっ!
「わっぷ!
何すんだよ、リナ!」
ノンキそのもののガウリイの顔に雑誌をぶつけて、あたしは車に乗り込んだ。
「ててて……なんだこりゃ?」
「どうなさいました?」
びっくり顔のままクロフェルさんが振り返って、覗き込んできた。
「ったく、悠長にしてる場合じゃないわよっ。
そこ見てみなさいよ、そこ!」
例のページを開きにかかるガウリイに、車内灯を点けてくれるクロフェルさん。
――――――――しばし沈黙。
「――なぁ、これって……」
「――でしょ?」
「――しかし――、どうも違うような気もしますが―――」
「――でも、状況的には合うでしょ」
「――だが、なぁ……」
「――難しいですなぁ……」
ヒーター全開ですっかり窓の曇った車の中、いつまでも考え込んでいても資源の無駄遣い。不毛なだけである。
とりあえず車を出してもらって、あたしは携帯を取り出し――
「アメリア?
――うん、それは解決したから、今から戻るわ。
それより――情報が入ってきたのよ。
――そう、それの。
ちょ、ちょっと、少し落ち着いてってば。
――え? ゼルに代わるかって?
いい、いい。すぐ着くんだから、詳しくはそれから。
――何? ゼルが何か言ってるって? 代わんなくていいから、通訳してよ。
――信憑性? 信憑性があるかって訊いてんの?
―――――あるわ。
それもかなり高そう」
なおも電話口で叫ぶアメリアに、あとで、と告げて一方的に電話を切る。
ガウリイは何も耳に入っていないのか、ただ難しい顔で雑誌を凝視したままだ。
いくら夜目が利いて雪明かりがあったって、断続的に入ってくる街灯の光じゃ、ほとんど見えてないと思うのだが――。
ま、当然っちゃー当然の反応か。
電話をしまいながら軽くため息を吐くと――いつの間にか透明に戻っていた窓が、また丸く曇った。
屋敷に戻った途端に、待ちかまえていた二人が扉から飛び出してきた。
アメリアがどんな伝え方をしたのか――ゼルまで動揺してるし。
「リナさん!
何があったんですか!?」
「警察でも動き出したのか!?」
あたしはガウリイから雑誌を取り上げ、二人に示す。
「何だこりゃ?」
「――『Gorun Nova』?
……これって男性ファッション誌じゃないですか。リナさん、こんなシュミが……」
「あたしじゃないわよっ。
ほら、あたしの下の部屋にシルフィールって子がいるでしょ?
昼間外に出た時会ったんだけど、ガウリイに見覚えある気がしたんだって。
で、これを探し当てて、そうじゃないかって言ってきたワケよ」
そのまま本を奪い取ろうとするゼルとアメリア。
おいおい、いくらヒートアップしてるからって、真冬の野外で何とする。
「こんなトコで店広げないで! とにかく入った入った!」
あたしは本を持ったまま先導して、居間に雪崩れ込んだ。
「これよ」
テーブルの上に開いて置いた雑誌を、テンション暴走コンビが立ったまま覗き込む。
「リ、リナさん、これっ!?」
「『腹違いの双子』なんて言わないでよ」
「ボケてる場合か。――こりゃ、芸能人か?」
「違いますよ、ゼルガディスさん。
これって男性モデルじゃないですか」
そう。
そこに載ってた写真は、いわゆる男性ファッションのグラビア。
どこぞの風景をバックに、さりげなくポーズを決めた見目麗しい長身の青年が、見事にブランドを着こなしている。
問題はそのモデルだった。
蒼い目、整った顔、すらりとした体型、そして何よりえらく長いストレートの金髪。
脱力してソファに座り込んでいる記憶喪失男の顔の脇に、本をかざして見せてやる。
「――そんなに似てるか?」
当人の気の抜けた質問に、全員迷いもなく頷く。
盛大にため息を吐いて、長い前髪をかき上げるガウリイ。
「これがオレかよ……?
――――――――全然見覚えがない」
だから記憶喪失ってんじゃないかね。
「――でもぉ、随分雰囲気違ってませんか?」
まじまじ見比べて、アメリアが困惑顔で呟く。
「そこが迷ったポイントなのよね……。
もしガウリイに双子の兄弟がいるってんなら、話は早いんだけど」
写真のモデルは、いわゆるクールビューティ系と言うか――何だか近寄りがたい雰囲気がある。
あたしだってお年頃。そりゃー野郎は美形に越したことないが、外見だけに惑わされるほど単純には出来てない。
きりりとしたスキのない表情と愛想のない蒼い瞳は、どこか油断がならないようで。
どうしても、目の前のお気楽のほほん兄ちゃんとは結びつかないのだ。
今は最初に目を覚ました時のように、途方にくれたような――かなりマヂな表情をしているが――。
それでも根本的なスタンスからして、どうしても別物だって気がしてしまう。
「――だが記憶を失って、性質が全く変わってしまった事例もあったはずだ。
これだけ似ているのを他人のそら似と言う方が、よほど苦しいぞ。
特殊メイク――だったか?でもあるまいに」
「ゼルガディスさん、前衛ファッションじゃないんですから」
苦笑しながら手をひらひら振ってみせるアメリアに、バツ悪そうに視線を逸らすゼル。
まあ、まぢめ一本で浮いた話もないビンボ学生のこやつが、こんな方面に明るいワケもないのだが――。
「――仮にこれがガウリイで、モデルだったとすれば、よ。
確かにつじつまは合うのよね。
こんなに長い髪なのも、やたら爪の手入れがいいのも――」
「ノータッグなオーダーメイドの服着てた理由もですね」
「財布が重かったのも――」
言いかけたゼルが、口ごもり。
「――こんな風に出ているってことは、売れっ子ってことになるのか?」
素朴な疑問に、本に戻るあたしとアメリア。
「ページはほとんど巻頭に近いですね」
「名前がタイトルに使われていないから、ネームバリューで売り上げを取れるまで行ってないってクラスじゃない?」
「でも、1ページ丸々ぶち抜きでロケハンです。かなりプッシュはしてますよ」
「じゃあ、今売り出し中の有望株ってトコね」
あたし達の分析終了を待って、ゼルがまた訊いてくる。
「それなら――どこかに名前は出てないのか?」
再び分析再開。
「目次にもないです〜」
「広告リストは?」
「あ、そうですねっ」
こういう雑誌には必ず広告があり、スポンサー名が羅列してあるページがあったりするものだ。案の定、スタッフリストの中にモデル名も載っていた。
「5人いるわね――、この中のどれだろ?」
「ガウリイって名前はないですよ?」
「ステージ・ネーム使ってんじゃないの?」
「旦那に見せてみろ」
「アメリア、ペン貸して」
印を付けてガウリイに手渡す。
「どれかピンと来るの――ない?」
「………………」
そう劇的な反応を期待してたワケではないが――、こんな無反応ってのもなぁ。
「字は読めるんですよね?」
「あのなぁ」
アメリアの発言にしっかり反応するってことは、別に呆けてるんじゃないのね。
「実際に呼んでみたらどうだ?
聴覚からの刺激も、脳活動にはかなり有効なはずだぞ」
言いながら本を取って、こっちに放ってくるゼル。
「いーい? ガウリイ。
何か引っかかったら、すぐに言うのよ」
「ああ」
「ヴァル=ガーヴ=コプト」
しーん。
「レオン」
―――。
「ブラック=フォックス」
――――――――。
「ナイトメア=パーソン」
おい、あくびしてどーするっ!
「ミワン=フェミール」
「それって――」
「おおっ!? 覚えあったっ!?」
「女じゃないのか?」
ばきっ!!
「人が真剣にやってんのに、ちったーまぢめにやらんかいっっっ!!!」
ゼルが背後から羽交い締めにしてくる。
「落ち着け、気持ちは十分わかるが」
「編集部に訊いてみたら、教えてくれるんじゃないですか?」
アメリアが本の奥付で電話番号を見つけていた。
「直接電話してみる?」
「ちょっと待て。
今は名前確認だけじゃ足りないだろう?
旦那――かもしれないモデルの素性を知ってる奴の情報も聞かないと」
「――でもよ。そんなのをたかが一介の読者に、簡単に教えてくれると思う?
名前とか簡単なプロフィールならともかく、現住所や家族構成とかはプライバシーだし。
プロダクションや組合にでも所属してくれていれば、少しはわかるかもしれないけど――。
――そもそも、何て訊くってのよ?」
ゼルは渋い顔をして、ガウリイ側のソファに腰を降ろす。
「まともに説明しても、余計に怪しまれるだけだろうしな……」
こういう時って、単なる学生の身分って弱いよなぁ。
さーて、どーしよ。
★ つづく ★
『ゴルン・ノヴァ』の綴りは、『The Slayers d20 RPG』というお米の国のゲームから引用しました。情報提供は某蛤さんから。
モデル名のセレクトは某チャッターさん達から。
別の話が作れちゃいそうなくらい、沢山提供していただきました。
皆さん、ご協力、心から感謝、感謝です♪