ミリーナが連れてきてくれたのは、秘書室のさらに奥。
「さ、どうぞ。
ここは私と社長しか入れない場所なの」
個室と呼ぶにはちーっと狭めの小さな独立したスペースに、机とパソコン、電話なんかが据えてある。
てきぱきとパソを起動すると、パスワードを入力。
さりげなくあたしから陰になるようにしているあたり、芸が細かい。
「鍵は他の人達は持っていないから、安心して捜して。
何かわからない事があれば、そこの電話で呼んでちょうだい」
「――助かるわ――じゃない、助かります」
「今さら敬語なんて気にしないで。何か情報があるといいわね」
ミリーナと入れ違いに、アメリアが入ってきた。
軽く会釈して出ていく秘書様は、今のが冗談なようないつものクールな表情だった。
「ああいうタイプのヒトだとは思わなかったわね」
「私もです〜。びっくりしちゃいましたよ」
それから延々と、二人であーでなしこーでなしと探しまくり――、ミリーナが再び顔を出した時には、もうぐったり。
「何かめぼしいモノはあった?」
「――とりあえず、事故とか行方不明関連にはなかったわ。
唯一はっきりしているのは名前だけだから、そっちから当たったんだけど……」
いくら女だけでもここに三人は少々窮屈なので、ミリーナはドアの所に立ったまま訊いてくる。
「なかったの?」
「いたコトにはいたんですけど――三人くらい。
でも、どれも違いそうなんです」
アメリアも話を受ける。
「一人はどっかのHPのサイトマスター。
でも、どうもこれは女が男名使ってるって感じなのよね」
画面を開いて示すと、アメリアの脇から覗き込んで来るミリーナ。
「――ファンサイトみたいね、性別詐称は珍しくない――か」
「次は、飲食店の料理人。
これは写真が出ていて、一目瞭然―――」
画面に写るのは、真っ白なコックコートに身を包んだ恰幅のいいおにーちゃん。紹介文付き。
「で、最後は某企業の社員さん――なんですけど、年齢が違いすぎます」
いくら取り引きのある企業でも、アメリアやミリーナはともかく、バイトが社員リストを閲覧しているなんて大問題なんだけどねぇ。
ま、この際気にしない。
ミリーナが少し考え込んでから、呟いた。
「社員の――家族は?」
顔を見合わせるあたしとアメリア。
「ちょっと代わって」
席に着いたミリーナは、見事なキータッチで次々画面を開いていく。
『顧客リスト』の文字が一瞬見えた。
「ねぇ、――ハッキング――してない?」
「蛇の道は蛇ってね。ここを出たら忘れて」
「ひゃ〜〜」
一応社長の一族なアメリアは、困っているようだ。
まー、巨大企業の情報合戦なんて珍しくもないんだろうけど、この慣れっぷり。
いいのか、社長秘書自らやっちゃって?
「――あったわ」
あたしは奥の方に入り込んで、ミリーナの両脇から覗く恰好に。
「――エルメキア運輸、ガブリエフ社長の子息――次男坊?」
「年は22歳……、リナさん、これ、ガウリイさんじゃあ?」
「可能性ありそう?」
エルメキアなら、ここから飛行機で3時間くらい南。
かなり温暖な地方だから、あのガウリイのように雪のことを何にもしならくても不思議じゃない。
これは――もしかしてビンゴっ!?
「ミリーナ、もっと詳細出ない?」
あたしの言葉に、白い手がマウスを操る。
『次男・ガウリイ=ガブリエフ、22歳。
エルメキア体育大学4年在籍。
器械体操強化選手、インターハイにて、個人総合準優勝』
「さすがに、顧客会社の家族じゃこれ以上は無理ね。
優勝ならともかく準優勝じゃ、スポーツニュースやニュースペーパーでも写真なんかないでしょうし――。
大学のデータベースは、ここからじゃそう簡単には――」
「――違うわ、これ」
あたしはミリーナを遮った。
「どうしてですかっ? あの長身ですもん、体操選手もありじゃあ……」
アメリアの方に肩をすくめて見せる。
「あの『長髪』よ?
どこの世界にあんな髪の体操選手がいるっての?」
「いるかもしれませんよっ!」
「――あのねぇ。
百歩譲っていたとしても、あんな髪で準優勝なんか無理だってば。
だいいち、体操なんかで滑り止めに使う粉、すごい手が荒れるはずよ。
いくらネイルケアしたって、あんな綺麗な爪なんかキープ出来ないわ。
もし現役退いてたとしても、ごつい指がすぐにモデル並になるなんてもんじゃないでしょーに」
アメリアががっくりと机にもたれる。
「――空振りですかぁ……」
ミリーナはもう少し建設的。
「まだ捜索願とかが出ていないとか、公にされていない事件絡みかもしれないわ。
私は明日もここに来る用があるから、調べてみる?」
「――悪いわね」
「人助け、よ」
そう言って少しだけ微笑んだミリーナは、ルークが惚れるのがわかりそうな位、魅力的だった。
アパートに戻ったあたし達から報告を聞いた男衆。
「――そうだよなぁ。これで体操出来たらすごいぞ」
結わえた長い金髪をいじってノンキにのたまう当のガウリイより、ゼルの方ががっかりモード。
「あきらめちゃいけません!
努力を怠らなければ、必ず道は開けますっ!」
さすがは元気娘のアメリア、もう立ち直ったようで。
「――ってコトで、皆さん、今晩はウチに泊まりませんか?」
あ、ガウリイまでコケてる。めずらしー。
「どーいう脈絡よ?」
「だって、この部屋にゼルガディスさんとガウリイさんが同居じゃあ、狭すぎますよっ。
ガウリイさんだって、身体を伸ばして寝た方が何か思い出すかもしれないし」
どーいう理屈なんだ、それ。
「リナさんだって、こんな時くらいご飯の支度から解放されてもいいでしょう?
ウチは姉さんが外国の研修に行ったっきりだし、今日明日は父さんもいないから、遠慮はいりません」
「――そうね」
「おい、リナっ!」
さっきから密かに冷や汗かきまくってるゼルが、抗議の雄叫び。
「だって、まだ事件と何の関係もないって決まったワケじゃないのよ?
ここに窮屈に雪隠詰めして緊張続けてるより、ガードマンもいてセキュリティのしっかりしたアメリアの家の方が安心して休めるわ。
消耗したら、それこそいい案も出やしないし」
「――とか言って、うまいメシが食いたいってだけなんじゃないのか?」
「気のせいよ」
「じゃあ決まりですね!」
勢いよく立ち上がったアメリアを見上げて、ガウリイが初めて呟いた。
「――何が決まったんだ?」
べこちっ!!
かなり荒療治が必要なようだわ、この記憶喪失男っ。
バスで行くと言う提案は、アメリアにあっさり却下された。
「そんな歩く広告塔みたいなマネしてどーするんですかっ。
ただでなくてもガウリイさん目立つって言うのにっ!」
「……えらい言いようだな」
仏頂面のゼルの横で、ガウリイが自分を指差す。
「そんなにオレって目立つのか?」
『当然』
多数決の頷きに負けて、ガウリイ、冷や汗を一筋。
結局、家専属の運転手さんに迎えに来てもらうってコトで落ち着いた。
まー、ぶるじゅあ。
しかしなぁ、こんなトコに高級車で乗り付けたら、よっぽど目立つ気もするんだが?
「まあ、わざと目立たせて、さっさとコトを片づけるってテもありだけどねぇ」
「おまえ、ヤケになってないか?」
ゼルがいつものごとく、説教口調で言ってくる。
「いるかいないかもわかんない、得体の知れない相手から、こそこそ逃げ回ってばかりって性に合わないのよっ」
「だから、騒動ばっかり起こすって、いい加減自覚しろよ」
「今回はあたしのせいじゃないでしょーに」
「だからって――」
言いかけたゼルが、違う方に視線を向けていた。
その先には、意味深な顔をしたガウリイとアメリア。
「……何よ?」
「いーえ、馴染んでるなぁって」
「いいよなぁ」
「いいですよねぇ」
「――何が言いたいワケ?」
ゼルはアメリアに誤解されと思ったのか、困った顔をしている。
えーい、そんな顔すんなら、さっさと告白しちまわんかい、このシャイ野郎がっ。
そして――アメリアはともかく、どうしてガウリイまでそんな切なそうな顔してんのよ?
あたし達があんたをつまはじきにしたワケでもないでしょーに。
それじゃ、まるで―――
まるで――――?
★ つづく ★