「なあ、ゼルガディス達の分も買ってくか?」
「あ、そ、そうね」
自動販売機にコインを入れたガウリイが、釣り銭の表示が出たのを見て訊いてきた。
「――どうした?」
「何でもっ。
えーっとね、ゼルはブラック、アメリアはミルク入りの甘さ控えめよ」
ことん、ことん。
「――おまえさんは、カフェオレか?」
出てきた缶を取り出すのに屈んでいたあたしは、思わずガウリイを見上げる。
「何で知ってんの?」
「お、ビンゴか?
なんとなーく、そう思っただけだ」
ことん。
最後にガウリイは自分の分のボタンをプッシュ。
ブレンドの小さな缶。
「――迷ってないわね、それ好きだったの?」
「――うーん? いや――」
「なんとなく?」
「そう、それそれ」
「もうっ…!」
あたしは両手に持っていた缶で、ガウリイの頬を挟んだ。
「あちちちっ! こら、リナっ!」
「それポケットに入れて、手を突っ込んできなさい。
簡易カイロになるから」
素直に従った大男は、また子供のような笑顔になる。
「おー、あったかい♪」
「でしょ?
あたしも寒い日なんか、よくそーしてるの。
家に着く頃には、ほどよく冷めて飲み頃ってワケ」
「北国の知恵ってわけだ」
「そんなトコ」
他愛のない会話が、何だかやたらと楽しかった。
さらに様子見に、来たのとは違う道を通って――ガウリイを見付けた公園の方へ向かう。
「――あそこがあんたが転がってたトコよ。
何か思い出さない?」
「――うーん……。…あそこにいるの誰だ?」
言われて見ると、黒い人影。
何か探しているような素振り――もしかして?
「あの出で立ちは――お巡りさんか」
「――あんたあんな遠く、よく見えるわねぇ」
「見えるなぁ」
まるで他人事のような口振りだわね。
「あ――すみませんが」
何も知らないような素振りで通りかかったあたし達に、お巡りさんが声をかけてきた。
「この辺で不審者が出没したと言う通報があったんですが、何かご存知ないですか?」
「――さあ…。
何なんです? 空き巣狙いとか?」
あたしのばっくれに、中年で細身のお巡りさんはにっこり笑う。
「いや、今のところは。
おそらく通りすがりの変質者か何かだと思うんですがね」
「こんな寒いのに、酔狂な奴もいるもんだなぁ」
ガウリイの軽口に、場がさらに和む。
「本当ですよ、大事なトコが風邪引いちまいますな」
――こらこら、乙女の前でなんつー冗談をっ。
「――まあ、それでも最近はおかしな奴が多いですから。
大事な彼女をちゃんと護ってやらないといけませんよ」
「ええ、それはもちろん」
力強く頷いて、あたしの頭をぽんぽんと叩くガウリイ。
……おーい?
「その顔じゃ、そっちも収穫なしか」
コーヒーを受け取ったゼルが見透かしてきた。
「ほい」
「わあ、ありがとうございます♪」
ガウリイとアメリアはにっこり笑顔の交歓。
すっかり馴染んでるじゃないか? キミタチ。
そっちが気になるのか、状況が気に入らないのか、ゼルは渋い顔をしている。
缶コーヒーを片手に打ち合わせ再開。
「これから――どうするんだ?」
「あんたも少しは考えなさいってばっ」
うなりながら考え込んでしまったガウリイに、ゼルがため息付きの助け船を出す。
「旦那はともかく、記憶を取り戻すのに専念してくれ」
「――それでいいのか?」
「それが一番の解決だろうがっ」
はぁふ。
いったい誰が当事者なんだか。
「お巡りさんが見回ってくれてた以上、いきなり荒技な展開はないと思うけど――あたしはとりあえず、バイトに行ってくるわ」
「今日くらい休んでもいいですよぉ。
欠勤扱いにしないよう、私から連絡しときます」
アメリアが奥の手、雇い主の身内特権を出して来た。
「仕事はそうしてもいいけど――仕事場には行かなきゃ」
三人が一斉に不思議な顔を向けてくる。
「アメリア。一緒に来て、会社のデータベースやリンクを使う許可もらってくんない?
仮にも大企業なんだから、民間のネット検索なんかより情報取れるでしょ?」
「――ああ、そうですねっ!
さすがはリナさんっ!」
「その手があったか」
「―――どういうことなんだ?」
――どうやら、記憶と一緒に状況把握能力もかなり喪失しちゃっているよーである。
いつものバイトのお時間、いつものパソコンの前に座ってスイッチを入れる。
いつもなら、これが仕事の風景。
バイト用のパソスペースは、情報処理科の広い部屋をいくつかに仕切った一番スミッコにある。
社員達から死角になっているし、見慣れたあたしが仕事してるフリしていれば、怪しまれる心配は全くなし。
土曜で出社してる社員は少ないけれど、いらぬ騒ぎは避けるに越したコトない。
アメリアはここの主任――目つきの悪さならビカイチなルークの所へ行って、交渉してくれている最中。
だからって時間を無駄に過ごす言われもなく。
あたしはごく一般向きな検索ベースサイトにアクセスして、思いつくままに探し始めた。
ローカルなニュース、芸能系のゴシップ、はたまた掲示板サイトなどなど――。
何かため息が出そうになった頃、アメリアが意外な人物と一緒に戻ってきた。
「ちょ……アメリア、あんた何て説明したわけ?」
辛うじて小声で言ったあたしに、不機嫌そのものの声が返ってきた。
「仕事サボってて、えらい言いぐさじゃないか?」
だって、その筋のヒトと言っても説得力ありありの面構えな主任・ルークは、まだわかるとして。
あたしがびっくりしたのは――
「なんでミリーナが?」
その横にいた銀髪のクールビューティ、社長秘書様だった。
「おい、バイトの分際で、ミリーナを呼び捨てにするなっ!」
バイトのあたしまで知れ渡っているミリーナらぶのルーク、ムキになって噛みついてくる。
もう隠密調査どころではない、課の総員の視線がこっちに来てるじゃないかっ。
「――そんな事を怒っている場合じゃないでしょう?」
ルークを軽く一喝、いつも通りの冷静な調子でミリーナが言う。
「話は、アメリアさんから聞いたわ。
秘書室の回線は独立していて、セキュリティやアクセス権も高いから、そっちを使ってちょうだい」
「……はあ?」
「ミリーナさんが、許可取ってくれたんですよ♪」
「そんな個人的な用件で――」
言いかけたルークを、さらにぴしゃりと、
「これは『人助け』なのよ。
出来る限り協力するのが当然じゃないの?
――あなたがどう思うかは知らないけれど。
さあリナ、一緒に来て」
さっさと部屋を後にするミリーナを、慌ててパソの電源を切って追いかける。
呆然としているルークをアメリアが何か励ましているのか、しきりに背中を叩いているのが横目に見えた。
こりゃ、主任殿の本願成就は遠そうだわ。
★ つづく ★