Eisbahn

3



  けっこー長いこと、男衆はバスルームにお籠もりしていた。
 シャワーの音に混じってかすかに声が聞こえるから、記憶の確認なんかも一緒にやってるのかもしれない。
 せめて住所か電話番号でも思い出してくれるといいんだけど。

 後の作業はとろ火にかけた栄養スープだけになったので、あたしはガウリイの脱いだままのコートをハンガーにかけようとした。

 うわーーーー、なっがーーーーー。

 いくらロングコートとは言え、こりゃ長すぎだわ。
 ためしに羽織ってみると、うわはは、裾から足が出ない〜。
 そりゃあたしは同年代の女の子と比べても――そう大きくはないって自覚はあるけどさ。
 こんなでかい図体で、同じ内容物が収まってるってるのは信じられないなぁ。
 まるで気分は大型犬と仔猫ってとこ?

「何してんだ、おまえ?」
 声に飛び上がると、真冬だとゆーのにタンクトップにジーンズの裾をまくりあげたゼルが立っていた。
「す、済んだの?」
 そそくさとハンガーを通して、コート掛けにかける。
「とりあえずはな」
 ゼルの後ろから、長い髪を拭きながらガウリイが現れた。
 おー、ゼルよりさらに頭一つでかいんだぁ。
 ぷ。
 ゼルのスェット借りたんだろうけど、手足が寸足らずで何ともコミカル。
 横サイズは何とか足りてるってコトは――けっこう細身なんだ。
 視線が合うと、にっこり微笑むガウリイ。
「震えは止まった?」
「――ああ、なんとかな」
 うーん、こういうシュチュエーションじゃなかったら、目の保養だわなぁ。

 端に寄せていたテーブルを部屋の真ん中に戻し、かなり遅めの夕餉。
「はい、ガウリイにはスープね。
 具は除けてあるから胃に負担かからないし、栄養も取れるわ」
 酔い覚めの脱水なのか、あたしの特製スープが気に入ったのか、それとも単に空腹だっただけなのか、お代わりがやたら進む。
「ようやく人心地付たぜ。ごちそーさん」
 明るく笑うガウリイは、ようやく人間レベルまで進化出来たようだった。
「――ん?」
 あたしにカップを返そうと前屈みになったガウリイが、妙な表情をする。
「――何だ? 背中が…?」
「どれ?」
 背中を見ると――
「ちょ、ちょっと、びっしょり濡れてるじゃない!
 ちゃんとタオル巻いとかなかったの!?」
「――拭いただけじゃダメなのか?」
「なぁに言ってんの! こんなに長い髪がそう簡単に乾くワケないでしょうが!」
「そうなのか?」
 にゃー、早く頭の中身も人間に戻ってくれるといいんだけどなぁ。

 後片づけはゼルに任せて、あたしは髪の乾燥作業に専念。
「せっかく暖まっても、濡れた髪のまんまでいたら、湯冷めしちゃうでしょうに」
「すまん」
 ガウリイがあぐらのまま、あたしの方を向き直って呟く。
 もちろん、あたしはガウリイの髪を掴んだまま。
 なんとまあ、髪がこれだけ長いと、こんな芸当も出来ちゃうワケね。
「オレもやるよ。もう一個ドライヤーないのか?」
「なーに言ってんの。
 こんな安アバートで二個もドライヤー使ったら、ブレイカーが落ちちゃうってば」
 ガウリイは苦笑を浮かべて頷きながら、毛先から垂れている滴をタオルで吸い取り始めた。
 うーん、腰を降ろしてるのに髪は床を這ってるし。
 これ、自分で髪を洗ってる所を見たら、洗髪より洗濯って様相かもしんない。
 ふと、ガウリイがシャツを羽織ったまま、ボタンをかけていないのに気付く。
 ――うひー、ナマ胸板〜。
 あたしは真っ赤になりそうなのを、作業に専念して抑えようとする。
 目の前には、並の女より遙かにキレイでしなやかな金糸の束。
 な、なんでこんなんでドキドキすんのよっっ。
「ガ、ガウリイっ。前開けたまんまじゃ冷えるわよ」
「おう、そうだな」
 しょーがないじゃない、あたし男兄弟いないから免疫ないのよ!
 ゼルはシャイだから、あたしの前でもだらしない恰好したコトないしっ!

 髪が乾いた頃には、あたしの方が汗だくになっていた。
「これでいいわ」
「ありがと、な」
 苦笑いしながらガウリイは、置いてあったタオルを取ると、あたしの額を拭き始めた。
「え? え?」
「おまえさんが風邪引いちまうだろ」
 やっぱりあたしより長い上半身を、折り曲げるようにして覗き込んでくる。
「いいわよ、自分で出来るって」
「いいから」
「―――」
「へえ――こんなトコにほくろがあるんだ」
 いつもは前髪に隠れてるけど、あたしの額には二つ並んだほくろがある。
 ガウリイはまるで楽しいモノを見付けたように、いたずらっぽい表情を浮かべた。

「暖まったとは言っても、消耗は激しいだろう。
 記憶の整理は明日にして、ソファを提供するからゆっくり休んでいくといい」
 ゼルが予備の布団を運んできて、ベッドメイクもどき。
「――何から何まですまんな。
 助かる」
 あらら? 裸のつき合いが効いたのか、この二人、すっかり馴染んでない?
 あたしはともかくとして、人づきあいがいいとは言えないゼルが珍しいこと。
 ――確かに、このガウリイ、ヒトをミョーに和ませちゃうムードの持ち主だけど。
 最初のスタイルの印象とは随分――。
「リナ、お前の所に、枕代わりになるようなクッションあるか?」
「あるわよ。持ってくる?」
「いや、おまえももう休め。俺が取りに行く。
 おまえの部屋、冷え切ってるだろうから、暖まるまでにしばらくかかるだろ?」
 ゼルが上着を取る。
「――そうね。
 じゃあ、ガウリイ、あったかくして寝るのよ。
 明日の朝、またご飯作りに来るから」
「ああ、悪いな。
 おやすみ、リナ」
 ソファに腰を下ろしたまま、軽く手を上げるガウリイ。
 あたしも振り返し。
「おやすみ、ガウリイ」


 外は満点の星、冷え込みは絶好調。
 アパートのどこかの部屋からかすかに音楽が聞こえるだけで、2階の通路には誰もいない。
「ふ〜、さむさむっ。
 で? 何か気になるコトあったわけ?」
 カギを開けながら、横に立ってるゼルに問う。
「気付いてたのか」
「あんたがあたしの部屋に来るなんて、滅多にないもの。
 それも自分から言い出すなんて、ワケありしかないじゃない?」
 ゼルはふっと白いため息を吐いた。
「そういうコトだ」


★ つづく ★




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