それから部屋が暖まるまでの間、あれこれと今後の方面の話になった。
一番ベーシックで無難なパターンは、警察に身元不明人を保護していると連絡して、捜索願や失踪届と照合してもらうというセン。
「だが万が一旦那が犯罪に巻き込まれていたとしたら、ここにいると宣伝するようなもんだ。
そいつ等がもう一度口封じに出てきたら、今度は俺達まで狙われんとも限らんぞ?」
ゼルの反論で、あっさり却下。
だいいち、失踪届にしても。
普段の素行次第では、いいトシの男が一晩や二晩帰らなくったって、そう簡単には出さない可能性があるし。
「あの容姿と恰好だからな――、泊まる先くらいあっても不思議じゃない」
おい、純情オトメの前で、なんつーコトを!?
「――別に『女』の所とは言っとらんが?」
こ、こ、こいつぅぅぅぅ〜〜〜。おぼえちょれよっ。
だけど、あたし達はあくまで緊急措置として、ガウリイを保護したワケで。
別に監禁しようとか、報酬目当てじゃないし。
――まあ、心づくしくらいは出してもらいたいとしてもねぇ。
「犯罪絡みじゃなくても、余計な欲を出すとヤブヘビになるかもしれんぞ」
こいつ、普段はクールを装ってるけど、正体は意外に義理堅かったりする。
「勘違いするなよ?
今の旦那は確かに人畜無害という様相だが、本質もそうとは限らないんだからな」
そりゃそうだけど――。
もしも戻ったらダークモードだったとしても、こんなトコであたし達をどうするってのよ?
口封じとかするにしても、学生ってのは意外と交友範囲広いし。
学生アパートに大人が出入りしてれば、普通のアパートよりはるかに目立つだろうし。
今時珍しく真面目な学生してるあたし達の場合、何日も欠席したらおかしいってコトになるだろうし、バイト先からも多分連絡が入る。
「誰が真面目な学生なんだ?
ま、おまえはやたら有名人だから、騒ぎにはなるだろうがな」
――ゼルのタワゴトはほっといて。
とにかく失踪となれば親元や学校にも連絡や調査が行って、大事になるだろう。
黙って姿を消しちゃえば、単純に記憶が戻って帰ったのねってコトで済むのに、わざわざそんな余計なリスクを負うかなぁ?
「おまえが警察に問い合わせしてみるってのはどうだ?
『不審な男が歩いているのを見たんですぅ。このままじゃ、コワくて学校行けませぇん』とか主張すれば、怪しまれないだろう?」
――あんたの声色の方がアヤシいってぱよ。
ツッコミはともかく、警察の方はそれに落ち着く。
そして、記憶喪失の件。
「一晩寝たら、記憶が回復しててくれるといいんだがなぁ」
そうあっさり解決してくれたら、今夜の騒ぎもただの笑い話で済むんだけどねぇ。
微笑ましい思い出のひとつになるって程度で。
「もし身体の調子が悪そうなら、病院に連れてった方がいいな」
おい、それは困ったパターンなんでは?
朝起きたらまた冷たくなってた、なんてのはゴメンこうむるぞっ。
「旦那の健康保険がないのを気にしてるのか?
一時的には全額支払いでも、後から保険証を提出して申請すれば、該当分以外は返金されるはずだぞ」
だぁれが、病院代の心配したってのよ!
あんただって、さっきサイフん中見たでしょーに!
あれだけ入ってたら、入院や手術だって保険なしで充分いけるわよっ。
「逆に、そうなったら病院に全部任せて、俺達は手を引けるが――」
――はあ。
たしかに、成人してるとはいえ学生の身分のゼルと、同じくまだ未成年のあたしが、こんなトコで何やかやと言ってるよりは。
組織に任せちゃった方がガウリイにとっては、はるかにいいのかもしれない。
本来の彼が、今どんな立場に置かれているのかは知らないけど、少なくとも記憶だけは取り戻さなきゃ、自分で動く判断すら出来ないワケだから――。
んでもって、あたし達にとって、一番ややこしい事態。
もし警察の反応もなく、このまま記憶喪失が続いた場合は。
面倒を見るのは大変だから、後は知らない勝手にしろ、とは、いくらなんでも人でなし過ぎ。
野外で夜明かしイコール生命がけって真冬の過酷さをよく知ってる身としては、とてもじゃないけど、このまま放り出すなんて出来ない。
また行き倒れられた日には、あまりに目覚めが悪いじゃない。
「――このまま俺の部屋に居候か?
あの狭い空間に野郎が二人。暑苦しすぎて根雪も溶けるだろうよ」
それは認める。
だからって、あたしの部屋なんて論外。
いくら人助けの一環でも、郷里の姉ちゃんにバレた日には考えるだにオソロシイ。
「一人にしておけないと言っても、俺もおまえも学校やバイトがある。
ずっと旦那に付き合って休み続けたら、影響がでかすぎるぞ」
いつ解決するか全くわからないってのが難点だわね。
幸い明日は土曜で学校だけは休み。
とにかく当座は何とかしのいで、後は臨機応変に行くしかないというコトになった。
「もし明日状況が変わってなかったら、真っ先にやらなきゃならないコトがあるわね」
「まだ何があった?」
「服の調達」
ハデなリアクションありがと、ゼル。
「記憶を取り戻すには、同じ所を辿ってみるって有効なんでしょ?
でもあの容姿に黒ロングコートじゃ、目立ってくれって言ってるようなモンだわ。
とりあえず、近所の子達に訊かれてもごまかせるような、ごくフツーの恰好でないと」
「――なるほどな」
「ってコトで頼むわね」
「俺がか!?」
「服はともかく、下着だっているでしょーに。
あたしが買いに行ったら、アヤシすぎるわよ」
「俺とはサイズが違うぞ」
今ひとつ承伏してないな、こいつ。
何の心理抵抗なんだか知らないけど、こだわりと事態の収拾を天秤にかけるんじゃないっつーの。
って言ったって、そう簡単に納得しないだろうしなぁ――。
「そーだ♪
あの子と一緒に行けばいいのよ。
こーいうコトならあんたより上手だろうし、二人なら見立てに付き合ってるとか、何とでもフリは出来るでしょ?」
ゼルが硬直している。
こういう点では、演技の出来ないやっちゃなぁ。
「どっちにしても、彼女の家はあたし達のバイト先なんだから、事情は話しとした方が融通効かせてもらえるでしょ?」
「――だからって――なぁ――」
「もうっ。デートでもしてると思えばいいでしょ?」
なにその滝のような汗は。
頬が赤くなってら。――うーん、正直者め。
「あとはあたしから連絡しとくわね♪」
「おっ、おい!」
「あ、そうそう。あんたには、もう一つ別の大事な用足しがあったっけ」
「はあ?」
「――朝イチで、パン買ってきてね」
下の部屋から文句が来そうなリアクションはやめてくんないかなぁ、ゼル君。
無事方針が決まったところで、やたら疲れ切ったゼルは部屋に引き上げて行った。
あの調子だと、今夜は安眠無理かも。
あたしは寝支度をしながら、電話。
「もしもし?」
『リナさん?』
「遅くにごめんねー。今いい?」
『平気ですよ♪』
「あのねー、ちょっと頼みたいコトがあって―――」
推理や厄介な所を除いたえらくアバウトな説明に、あの子、こと、電話の相手――アメリアの返事は。
『困っている人に救いの手を差し伸べる!
それすなわち正義っ!
もちろん喜んで協力させてもらいますっ!!』
「アメリア、ちょっと声大きい」
この熱血正義オタクぶりが暴走さえしなきゃ、素直ないい子なんだけどねぇ。
翌朝――、天気は昨夜の延長で晴天。
いいだけ下がった気温は、なかなか上がってこない。
窓はしっかり凍り付いて、綺麗な模様になっている。
あたしはいつもより早起きして、エプロンに上着を羽織った姿で、ゼルの部屋のチャイムを鳴らした。
『おう、今開けるぞー』
うん? 今の?
予想通りドアを開けたのは、にっこり笑顔のガウリイだった――。
何かもうすっかり馴染んでないかね?
「おはよう、――調子どう?」
「おはよっ、変わりなしだ」
って、明るく言うなよ〜。
「――現状継続?」
「そう言うことだ」
あたしの呟きに返事を寄越したのは、ガウリイの背後立った、思いっ切り寝不足顔のゼルだった。
部屋の主は今日のコトを話しておけと言い残して、パン屋に出かけていった。
ってコトは、ゆうべゼルが戻った時は、ガウリイはぐっすり安眠してたってワケか。
何っつーか、いいんだか、悪いんだか――。
朝ご飯の仕度をしながら、ガウリイに段取りを伝える。
「えーと……、要は――オレはゼルが帰ってくるまで、ここにいればいいのか?」
おいおい、要約しすぎだがね。
ゼルが言ってたトコによると、記憶障害の症状の一つに、新しい情報が覚えられないってのもあるみたいだけど――、もしかして、それもあるんじゃないでしょね???
★ つづく ★