「おはよーございますっ!」
朝食の後片づけをしていると、元気娘が現れた。
「いらっしゃい、アメリア」
おや、いつもよりちょっとばかり、オシャレに気合いが入ってないかい?
ま、気持ちはわかるから、ツッコまないでおこう。
「ガウリイ、あたしの親友のアメリアよ」
ガウリイはちょっとびっくりしていたが、特に警戒するとかはなさそうだった。
「はじめまして、ガウリイさん。
アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンです」
さっと差し出された右手に、一拍置いて、座ったままガウリイが応える。
「はじめまして、えーと、アメリア?」
「そうです。
大変な目に遭われちゃいましたね。
でも、私達が付いてるからには、もう大船に乗ったつもりでいてください!」
あたしとゼル、どっと脱力。
問題なのはガウリイ自身であって、あたし達が頑張ってどうこう出来るワケじゃないんだけどねぇ――。
店が開くまでにはまだ時間があるので、買い物リストなど作ることになった。
「こんなもんでいいです?」
書き出していくアメリアに、あたしが横からチェック。
「――歯ブラシは?」
「あ、そうですねっ」
男達二人はすでに銀河の果てくらいまで置き去られているらしくて、何かこそこそと小声で話している。
「何か必要なモノあったら、はっきり言いなさいよね?」
あたしの問いかけに、二人そろって首を振る。
あんた等、ほんに仲良くなっちゃってるわねぇ。
――まさか、夕べなんかあったんじゃないでしょね???
「ガウリイさんのサイズはどのくらいなんでしょう?」
アメリアの素朴な疑問に、他全員が顔を見合わせた。
もちろん、ガウリイがサイズを覚えているはずもない。
「フォーマル買うわけじゃなし、アバウトでいいんじゃない?
ゼルと比べて覚えてく?」
あたしの提案に、露骨に難色を示すゼル。
まあ、あんたはフツーの体格だけど、ガウリイと比べるとちっちゃく見えちゃうもんねぇ。
女の子の前だから、男のプライドってヤツ?
アメリアもそれを感じ取ったのか、提案を出してきた。
「ガウリイさんが着てた服ってどんなのなんですか?」
「あー、なるほど。背広だったから、タグ見ればわかるわね」
ゼルが持ってきたのを広げて見ると――タグがない。
「あれ?」
「すっごい上等のですねぇ。
これきっと、デザイナーの一点モノとかですよ」
さすが一応はいいトコのお嬢様、その辺はわかるらしい。
「そーなのか?」
着てた本人がこれじゃあ、価値ないけどね。
結局、あたしの部屋からメジャーを持ってきて、わかんないトコだけガウリイで計るコトにした。
「髪なんか縛ってどーするんだ?」
「縛んなきゃ計り辛いでしょっ。ちょっと動かないでよ」
一緒に取ってきたバンダナで、長い髪をうなじの所で結わえる。
あたしとアメリアはそんなに身長が変わらないので、大男のガウリイには座っててもらって、着丈なんかを計る。
「はい、手を上げてくださいねー」
な、なんか腰回りって計るの、ミョーに恥ずかしいんですけどー。
股下がズボンで計れてよかった……。
ようやく、ゼルとアメリアが出かけた後――。
残されたあたしとガウリイはとりとめなく雑談などしていた。
カップを持つ手を見ていてわかったのだが――。
少なくとも、力仕事や外仕事をしていたようじゃなさそうである。
ペンだこも小さいから、書類を書く仕事や学生と言うわけでもなさそう。
むしろ、手入れされてたという感じすらある。
爪なんか、あたしよりキレイかも。
何か美容関係者とかだろうか。
とは言え、美容師なんかなら薬品とかで手が荒れるから、ネイルアーティストとか?
――――――。
「なんだ?」
「ううん、なんでもっ」
ムードじゃないんだよね。
確かに人当たりはいいから、客商売向きかもしれないけど――。
どっちかっっつーと体育会系、現場作業とかで身体動かすタイプって気がする……。
「――なあ、何かやることないか?」
「まだあんまり動き回らない方がいいと思うけど?」
「だが――何て言うか、その――」
「『手持ち無沙汰』?」
「そう、それそれ」
ふう。
確かに日常的な作業をすることが、何か記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
「じゃあ、お茶用にお菓子でも一緒に作る?」
「おう♪」
そんなコトでいいんかい。
元々の彼が料理をするかどうか、甘いモノが好きかどうかはわかんないけど、それはそれで情報くらいにはなるだろう。
長い髪はさっき結わえたまま。
昨夜気になった通り、ガウリイは髪が邪魔にならなくなって、ずいぶん動きやすそうに見えた。
「夕べ凍りかけてたにしては、元気ね」
「おまえさんのメシのおかげかもな。美味かった」
「――そりゃどうも」
作業しながら、あたし達は他愛ない話を続ける。
ガウリイが無口と言うわけではないが、自分からふる話題がないせいで自然に聞き専になっていた。
「――でね。
アメリアは高校の後輩で、家は大きな会社やってるのよ。
あたしはアメリアの紹介で、そこのパソコン入力のバイトさせてもらってるわけ。
ゼルはあたしの紹介で、アメリアの家庭教師。
お互いに、持ちつ持たれつってトコね」
「ゼルとのつき合いは長いのか?」
「あたしとはけっこーになるわね。
あたしは高校からここで一人暮らししてたんだけど、ゼルが大学入って越して来てからの付き合いだから。
アメリアとはその後」
教えられた通りタマゴをせっせと泡立てながら、ちょっと間を置いてガウリイが口を開いた。
「――おまえさんとゼルがいい仲ってワケじゃ――ないみたいだな」
がちゃんっ!
「い、いきなり何を言うわけっっ!?」
もー、粉こぼしちゃったじゃないっ。
「いやー、さっきの――アメリアだっけ?
あの子といると、ゼルがやたら落ち着かないみたいだったから――」
ちょっと、ちょっとぉぉ!
どーして自分のコトはわかんないくせに、そんなトコばっかり気が付くんだ???
「違ったか?」
「――違わないわよ」
あたしはため息を一つ。
「あんたはしばらくここにいるかもしれないんだから、誤解のないよう言っとくわ。
あたしとゼルは何でもないのよ。
で――アメリアはゼルが好きなの。
ゼルはそこまで行ってるかわかんないけど――かなり意識はしてるのよ。
どっちも、まだ意思表示はしてないみたいだけどね。
だから、あんたも二人には言っちゃダメよ」
念押しに、素直にうなずくガウリイ。
「――それにしては、おまえさんとゼルも、すごく気があってるように見えるんだけとな」
あたしは粉ふるいの手を止めた。
「――あんたも、『男女の間には、友情は成立しない』って説の論者?」
ガウリイがきょとんとしている。
「何て言ったらわかってもらえるかわかんないけど――。
あたしにとってゼルは、『異性』じゃないのよ。
そりゃ、話も合うし、彼の考えてるコトはよくわかる。
――だけど、それがそのまま『恋愛』になるってわけじゃない。
わかる?」
ガウリイからのリアクションはない。
まあ、かってこの感覚を素直に取ってくれたヒトはアメリア以外、皆無だから。
もっとも――彼女は『同志』なんて理解したみたいだけど。
日常的な判断もアヤシくなってる彼には、余計に難しいだろう。
「知り合って、『信頼』出来る相手になった。
それが、たまたま男女だっただけ。
同性ならずっと大切な相手というスタンスでいられて、異性なら恋愛感情に進まなきゃヘンって決めつけるのは、何でなのかしらね。
そんな風にならなくったって、誰かを信じられるってコトは、大事だと思うんだけど。
『好き』って感情だって、まずそれがないと始まらないってのに――」
こんな会ったばかりの相手に、何言ってんだあたし。
――逆に、何にも知らない相手だから、平気で言えてるのかもしれない。
しばらく考えて、頭をかくガウリイ。
「――つまり、ゼルとは『友達』なんだ」
あたしは肩をすくめる。
「『親友』ね。
アメリアと同じなの。
だから、二人が幸せになってくれれば、あたしも素直に嬉しいワケ」
ガウリイがゆっくりと。ひどく優しい笑みを浮かべて呟いた。
「――そういう相手がいるのって――いいな」
――なんで、このヒトは。
こんな風に笑えるんだろう。
今一番辛いはずなのは、このヒトのはずなのに。
たとえ、自分だけが大変なのだと、それ以外はどうでもいいと主張したとしても、誰も責められはしないだろう。
「――変わってるわね、あんたって」
「そっか?
記憶がないせいかもな」
あたしの苦笑も、明るく笑い飛ばす。
――このヒトを助けられてよかった、なんて、いつの間にか考えている自分に、気付いた。
★ つづく ★