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そもそも二人が出会ったのは――、二月程も前のコト。
ガウリイはここに赴任してわずかで、リナは一月くらい先からここの調査に来ていた。
隣国は飛竜を使ってしかここに来られないと思っているのだろうが――、彼女のように上位の飛行呪文を操れる魔道士にとっては、ここにこっそりと通うのくらい簡単な話だ。
だからこそ、彼女が雇われたのだろう。
国境を侵犯してまでも、何とか原因を突き止めて、魔族の襲撃から自国の民を護るというような崇高な目的ではなく――戦略の優位カードとしてこの場所が使えないかどうか、あるいは、使われるコトがないかどうかが本音なのだろうが――。
どちらにしてもリナとしては、国同士のいざこざや思惑など、面倒に関わろうという気は全くなかった。
それでもこの依頼を引き受けたのは、魔道士としてここの状況に興味があったからで。
何せ高額な報酬付きで、期限なし制限なしで自由に調査に専念出来るのである。
敵国に発見されれば捕縛されるリスクと魔族との遭遇という危険はあったものの、リナにとってはさしたる障害にもならなかった。
特に、隣国の見張りは恰好の相手だった。
前任者は魔道士だったのだが、よほどここの仕事がイヤだったらしく、見張りらしい仕事など一切せず、ひたすら小屋に結界を張って籠もっているような人物だった。
おそらく研究に没頭出来る環境か、あるいは赴任手当の類が目当てだったのだろう。
おかげでデーモンに出会う機会はやたらと多かったが、魔道士の張った結界の対策さえしてさえいれば、何の問題もなく楽に動きまわれていた。
しかし――、その時はそうは行かなかった。
「――動くな」
調査に夢中になっていたリナは、背後から突然放たれた冷ややかな声と、突きつけられた剣の切っ先に凍り付いた。
「何者だ? どうしてここにいる?」
それを訊きたいのは彼女の方だった。
年若いとは言え、手練れの魔道士として名の知れているリナに、全く気配も悟らせるコトなく近づける人間など――いるとは思えなかったからだ。
けれど、その剣は幻でもなく、声の主が向ける殺気も本物。
迂闊な動きをすれば、生命はないだろう。
リナは深呼吸して、答えた。
「――アヤシい者じゃない、って言っても――イミないでしょうね。
あたしは――流れの魔道士よ。
でも、あなたに危害を加えるために来たんじゃないわ」
「――なら、目的は?」
傭兵なら依頼の守秘義務はあるのだが――、今黙っていれば殺してくださいと言うようなモノだ。
第一、ここの存在は、隣国でも手を焼いているはずだ。
殺す前に、まず成果を知ろうとするに違いない。
「ここの――魔族が出没する原因を調べるのに雇われたのよ。
何とかしてくれって、領主の依頼でね」
「名は?」
「リナ=インバースよ」
「――こちらを向くんだ。ゆっくりだぞ」
リナはスキがないか探ろうとしたが――徒労に終わった。
相手も相当の手練れ、一か八かの賭けに出るには分が悪すぎる。
言う通りに振り返ると、切っ先は目の前にあった。
「――立ってもいい?」
「よし」
少し離された切っ先越しに見ると――、相手は胸甲冑を身に付けた長身の剣士だった。
年の頃なら二十代の初め、無駄な肉のない細身の身体付きと、とても剣士とは思えないような長さの見事な金髪、そして、整った顔立ちと深く蒼い瞳――。
剣士の方も、当然、まじまじとリナを見定めている。
「――信じられんな」
呟くような言葉に、リナは軽くため息を吐いた。
「信じてもらうしかないわ。ウソは言ってないんだもの」
剣士はちょっと顔をしかめる。
「――そうじゃなくて――、おまえさん、本当に魔道士か? 傭兵なのか?」
「そうだけど――?」
剣士はあからさまに困った表情になった。
リナも困惑してしまう。
「――まいったなぁ。まだ子供じゃないか」
――はいー?
「いくら傭兵、魔道士だからって――こんな子供に手をかけるなんて、勘弁だぜ……」
独り言のように呟きながら、頭をかく。
どうやら、本気で困っているらしい。
「――あのー……、この場合、いくらそうだろうと、捕縛して本陣に連絡するってのが筋なんじゃあ?」
あまりの困惑ぶりに、リナはつい示唆してしまった。
「――おまえさん、そうされたいのか?」
「――んなワケないでしょ」
「そうだろ?
だいたい、本陣からここに来るまで、飛行呪文を使うならともかく、歩きならどう急いでも丸1日はかかるんだぜ?
その間、おまえさんみたいなお嬢ちゃんを、縛って転がしておくなんてなぁ――」
リナは思いっ切り気がそがれていた。
これが本当に傭兵なの?
先ほど、自分に気配を気取られるコトなく抜刀までした相手?
あの殺気と一部のスキもなかった手練れの剣士???
何だか脱力してしまいそうだった。
「――あのさぁ、おまえさん。
オレとどうこうしようって気はないって言ったよな?」
「い、言ったけど――。
あたし、生命のやり取りしにここに来たワケじゃないから――」
ガウリイはちょっと考えているようだったが、やがて極めてあっさりと言った。
「――じゃあ、こうしないか?
オレはおまえさんを見なかったコトにする。
おまえさんは帰っても、オレのコトは報告しない。――どうだ?」
リナはもう呆然とするばかりで。
「――それ――って――えらいコト言ってるって――わかってる?」
ガウリイは苦笑しながらリナをまっすぐ見つめた。
「わかってるさ。
おまえさんと戦うのが大変そうだってことも――な」
「――え?」
「おまえさん、確かに子供だけど、強いんだろ?
何となく気配でわかる。
だがなぁ、いくらオレ達が傭兵だからって、無駄に殺生するコトもないんじゃないか?
オレ達がまともに戦ったら、良くて大ケガ、最悪相打ちだと思うんだが――」
リナは今度こそ言葉を失う。
この剣士の目の確かさと、その予想が外れないコトも認めるしかなくて。
「あ!」
いきなりの大声に、さらに驚いてしまうリナ。
「良くても――場所がここじゃ、助からんな。
どっちの国の領地でも人家のある辺りまで相当距離があるから、たどり着けないって」
リナは思わず吹き出していた。
「あ、あんたって――ヘン」
「んー? よく言われるな、それ」
もう戦意も緊張も吹っ飛んでしまい――その代わり、何だか暖かなモノが湧き上がってくる感じで。
「――わかったわ。協定結びましょ。
その方がお互いのタメだわ」
差し出した右手を、一瞬遅れて剣士が握り返す。
「――これで成立ね。
あんたの名前教えて」
「おう。ガウリイだ。ガウリイ=ガブリエフ」
「よろしくね、ガウリイ」
手を離して立ち去ろうとするリナに、慌ててガウリイが声をかける。
「おい、よろしくって何だよ!?」
「だって、あたしは『ここの調査』が任務なのよ?
もうここに来ないコトにしちゃったら、理由をどう説明させるつもり?
それに――あたしが降りても、他の人が来るでしょ?
そうしたら、あんたは否応なく戦わなきゃいけない――それって困らない?」
たたみかけるようなリナの返事に、反論出来ないガウリイ。
「――いいでしょ? 話し相手くらいたまにいても」
微笑むリナに、また頭をかいて。
「――そう――だな」
こうして、二人の交流は始まったのだった――。