★5★
リナはいつも通り、食料などを抱えて、小屋の側に舞い降りた。
しかし、いつもと違って、ガウリイの姿がない。
驚かせてやろうと、小屋に忍び足で近付いていくと――中から聞こえてきたのは会話。
どうやら予定が変わったらしく、味方の兵士が来ているらしい。
『――ったく、よくこんな所にずっといるな、旦那』
『まあそう言うなって。ここでもなかなか楽しいことはあるんだぜ』
『――そりゃまた、ずいぶん楽しいことなんだな。
顔が緩んでるぞ』
リナはドアの外で、真っ赤になってしまった。
それって、それって――?
『旦那がそれでいいなら、俺がとやかく言うことはないが――。
無茶だけはするなよ』
『ああ、わかってるって』
『――どうだか。
じゃあ、俺は帰るぞ。早いとここんな戦は終わらさんとな』
『頑張れよ、ゼルガディス』
『他人事みたいに言いやがって――』
中で立ち上がった気配に、我に返ったリナは慌てて近くの茂みに身を隠す。
様子を伺っていると、腰に剣を差した銀髪の青年に続いてガウリイが出てきた。
どこにも飛竜の姿が見えないということは、本陣まで飛べる呪文の使える魔法戦士なのだろうか。
会話の感じからすると――、単なる同僚と言うよりは、ガウリイの友達なのかもしれない。
それでも、ここで自分が迂闊なコトをすれば、彼共々窮地に陥る可能性があるのは否定出来なくて。
リナは彼等が小屋の前でまた何か話しているのを、じっと観察して待っていた。
ようやくゼルガディスと呼ばれた青年が立ち去り、ほっとしたのもつかの間――。
リナはすぐ近くに出現した禍々しい気配に、凍り付いた。
――ちょっ……! よりによってこんな時に!?
それは――ほんの小動物ほどの大きさだったが、デーモンはデーモン。
侮れば生命に関わる。
しかし、今大きな音を立てたり、呪文を使えば――まだ側にいるはずの客人が気付かないはずはなく――。
そうなれば当然、ガウリイの身を案じて戻ってくるのは間違いない。
仮にガウリイをこっそり呼んだとしても、そのスキに襲ってくる可能性もある。
そちらを選んだとしても、客人に知られるリスクに大差はないだろう。
結局どの選択肢も、危機を招くコト自体に変わりない。
リナは腰のショートソードを抜くと、身体を低くしたまま、一人静かに戦闘態勢に入った。
一方、ガウリイも出現したデーモンの気配に気付いていた。
しかし、こちらは自分で始末出来ると踏んだのか、やはりゼルガディスを呼び返そうとはしない。
小屋にとって返し、剣だけを掴むと、その方向へと駆け出した。
しゃあっ!
音を立てて、背中から生えた何本もの触手のようなモノが、リナに襲いかかる。
数本は切り落としたものの、一本が左足に絡みついた。
「…つっ…!」
そちらも即座に切り落としたが、触手の棘が太股に刺さっていた。
切られた触手はすぐに再生し、再びリナを狙い始める。
とっさに呪文を唱えようとして――脳裏にガウリイの姿がよぎった。
隣国に捕まることは怖くはなかったが――、ガウリイと会えなくなるのには抵抗がありすぎた。
その迷いのスキを付いて、触手が一斉に攻撃してきた。
「……ガウリイっ……!」
無意識にリナはそう呼んでいた。
ざしゅっ!
煌めいた銀光と共に、切られた触手がばたばたと地面に落ちた。
「リナなのか!? 大丈夫かっ!?」
リナの前に飛び出してきたガウリイは、その勢いのまま、デーモンを両断した。
「――リナ、何ともなかったか?」
剣を鞘に戻しながら、ガウリイが近付いてくる。
「――ありがと、ガウリイ……」
リナもショートソードをしまうと、立ち上がろうとして顔をしかめた。
「おい、ケガしてるじゃないか…!」
「ああ、このくらい平気だってば…」
「平気じゃないだろう!」
ガウリイはリナを抱き上げ、小屋に担ぎ込むとベッドに下ろす。
「ちょ、ちょっとガウリイっ!」
「いいから、おとなしくしてろって!」
リナが抵抗する暇もなく、ガウリイはリナの傷を見て、小型のナイフを取り出した。
「な、なにすんのよっ!」
「手当するんだから、だまってろ!」
傷の痛みで思い切り動けないうちに、リナのズボンが傷の穴から十文字に裂かれる。
ガウリイは今まで見たこともない真剣な表情で、てきぱきと手当していく。
傷に包帯が巻かれる頃には、真っ赤になりながらも、リナは抵抗を止めていた。
「思ったよりひどくなくてよかった――。
これなら痛みが引くまで無理しなきゃ、大丈夫だろうな」
下半身に、毛布がかけられる。
「――あ――ありがと」
「しかし――油断したのか?
あんな小さなデーモンに手こずるなんて、らしくないな」
薬の瓶を片づけながら言うガウリイに、リナはちょっと面白くなくなってしまう。
「――だって、誰か来てたでしょ? だから――」
ガウリイはびっくり目になってから、苦笑した。
「――そっか……。悪かった。
あれはオレの親友でな。本陣の中核にいるんだ。
何でもこれから大がかりな作戦があるとかで、オレにも呼びだしかけたかったらしい」
リナはびくんと肩を震わせる。
「――戻る――の?」
「いーや。断った」
あっけらかんとしたガウリイ。
「な――なんで?」
「――何でって――。
戦場で人間同士で殺し合いしてるより、デーモン倒してる方がよっぽどフツーの人達のためになるから――かな? それに――」
「それに?」
「――ここにいると、気が強くて料理上手な魔道士さんにも会えるしな」
リナの胸はもう大騒ぎ。
何をどう言っていいのか――わからなくて。
「――あ、あのね。
せ、せっかく手当してくれたトコ悪いんだ――けど――。
あたし――治療呪文使えるの――ね」
ガウリイの目が点になり。
「使えるって?」
「使えるの」
「治療呪文?」
「そう」
間の抜けた真っ白な会話の後――、ガウリイは床に座り込んだ。
「ガウリイっ?」
「――それならそうと、先に言ってくれよ……」
「――だって…!
あんた、ヒトの話ちっとも聞かなかったじゃない!」
「そんなどころじゃなかったって――こっちがどんなに心配したか――」
ぼやくガウリイに、リナは嬉しいやら切ないやらで。
「――ごめ…ん……」
蚊の鳴くような呟きに、ガウリイは再び苦笑いして、ベッドに腰を降ろして来た。
「――まあ、おまえさんが痛い思いしなくていいなら――いいけど――な」
優しい囁きに、リナの激しい鼓動が増すばかり。
「――あの――あたし、呪文使いたい――から、ちょっと――出ててくれない?」
震える声でようやく言うと、ガウリイもようやく思い当たったようで。
「わ、わかった。
じゃあ、ズボン――その、脱げるんだな?
血が固まっちまわないうちに――洗ってきてやるよ」
リナは真っ赤になりながら、夢中で脱ぐと――毛布の下から手渡しした。
ガウリイが出ていってしまった後、大きくため息を吐くリナ。
呪文をかけようとしても、動悸が治まらず集中出来ない。
「――これって――かなり重傷よね――」
希代の魔道士はずきずき痛む傷より、さらに厄介な病にかかっているのを自覚するしかなかった――。
一方ガウリイの方も、困った症状を抱えるコトになっていた。
さきほどはリナが心配すぎて全く自覚していなかったものの――今思い返すと、華奢の身体の柔らかさがしっかり感触として残っている。
おまけに勢いだったとは言え、今持っているのはリナのズボンである――しかも脱ぎ立て。
いくら色気と縁遠い暮らしに甘んじているとは言え、ガウリイとて健全な男子、それも想いを寄せている相手となれば――。
心乱すなと言う方が無理である。
さっきあっさりとデーモンを片づけた勇士は、水場にしゃがみ込んで困り果てていた。