★7★
夕日が傾き掛けて、部屋を赤く染めていた。
「――いない間、何か変わったコトあった?」
ズボンだけひっかけた恰好で起き出して、テーブルでお茶を入れているガウリイの背を見ながら、リナが問う。
「んー?
いつも通りに補給のヤツが来て、報告入れて――、いつもと同じくらいにデーモンが出てきて――」
この会話自体、『リナがここにいて当然』な前提で交わされているのだが――、どちらももう気にしていない。
「特にはなかった?」
ガウリイが覚えていないということはいつも通りだったのだと、リナは単純に解釈するコトにしていた。
「だな。後は――」
言いながら、お茶を差し出すガウリイ。
「何?」
毛布にくるまったまま受け取って、リナが見上げる。
「いつもより――おまえのコトばっかり考えてた」
少し照れたような微笑み。
リナは自分の心が歓喜を叫んだような気がした。
一口飲んで動揺を少し抑えてから、小さく答える。
「――あたしも――よ」
ガウリイは上半身だけ屈み込むと、リナの顎を持ち上げ軽くキスした。
逆らう意味はなく。
ついばむように返すと、さらに深くなって返される。
繰り返すうち、耳朶にもキスが落ちてきた。
「……まだ……足りない……の?」
「足りない」
これもまたいつものこと。
「……これ以上疲れさせたら……夕飯作れなくなっても…知らないわよ」
「大丈夫だって――今朝、多めに作っといた」
「――いつからそんなに……んっ……確信犯になったの?」
「――忘れた」
「…ふふっ」
「何だ?」
腕の中で笑いを漏らしたリナに、ガウリイが怪訝そうな顔をする。
「――思い出しちゃっただけよ。あんたと――初めてこうなった時のコト」
「それなら覚えてるぞ」
「……信じらんない」
「おまえさんとのコトだ、忘れるわけないって――」
それが彼にとってはリナが最高に大切な存在だと言う証でもあり――会えない時間を埋めて余りある程の歓喜を与えてくれるモノだった。
あれは――想いが通じ合ってから、どれくらい経った頃だったろうか。
外は晴れ渡っていい天気。
自給自足のための畑を耕しているガウリイは、側のあぜに陣取って調査報告をまとめているリナに声をかけた。
「そんなトコでやり辛くないのか?
別におまえさんまで付き合わなくってもいいんだぞ」
風にあおられる羊皮紙に石を置いて、飛ばされないようにしているのを見かねてらしい。
「あんたに会うまでは、室内でなんてやったコトなかったわよ。
それに――」
「ん?」
リナは少し頬を染めて、言いかけた言葉を呑み込む。
――あんたの側にいたいからじゃないのよっ、ボケっ!
「――な、なんかあたしだって手伝えるコトあるでしょ?
ほら、あたしだってここの野菜食べてるんだし――」
「――そうだなぁ。おまえさん大食いだから」
「あんただって、ヒトのコト言えないでしょーに!」
ガウリイは苦笑して、土だらけの手で頬をかく。
「まあ、あんまり気にすんな。
おまえさんはもう扶養家族みたいなモンなんだから」
細かい所まで気の回らない御仁である、何気なく言ったのかもしれないが――。
リナに深読みをさせるには充分過ぎ。
ガウリイが畑仕事に戻っても、もう完全に書類どころではなかった。
その夜――。
リナはなかなか寝付かれず――、寝返りばかりうっていた。
昼間の一件を思い出すと、心臓が跳ね上がる。
――ガウリイはもう寝たんだろうか?
リナは恥ずかしさにまた身悶えする。
特にガウリイが何か示唆したのではないのは、十分にわかっている。
あんなコトくらいで、こんなに騒ぐのもこっけいに違いない。
ガウリイのコトだ、言った後から即行で忘れ去っているだろう。
―――でも。
ガウリイが好きだと自覚してから、そんなコトを考えなかったワケではない――が。
いざ想いが通じてしまうと――心はどんどん欲張りになるようで。
とは言え、未だにキス止まりの間柄で、いきなりそんな話でもなかろう。
もちろん、男女の睦言と言うのは、耳知識ながらでも一応知っている。
いつの間にかそんな望みすら抱いてしまっている自分に――呆れるやら恥ずかしいやら。
このトシで純情すぎると言われようと、自分の中で持て余してしまう程大きくなってしまった想いのやり場に――リナはとても困っていた。
夜半――ようやくうとうとしていたリナは、頬に触れてきた何かに目を覚ました。
ゆっくりと――優しく――何かが触れている。
それはむしろ――撫でていると言った方がいいかもしれない。
寝ぼけた頭にも、それが誰かはわかりすぎるくらいわかった。
だからこそ、とてもはねのけるコトが出来なくて――。
心臓が早鐘のように打つのを堪えて、必死に寝たふりをする。
「……リナ……」
ほんの小さな囁き。
ガウリイの――声。
混乱と緊張が否応なく増す中、リナを一番何も出来ないように縛り付けたのは、かすかな『期待』だったのかもしれない。
やがて――ゆっくりと撫でていた手が離れ――代わりに、唇に触れてくるモノ。
優しい――優しいキス。
硬直まっくす。
それに気付いているのかいないのか――ガウリイはゆっくりと離れた。
「――おやすみ」
小さく残して――足音が衝立の向こうに消えた。
リナは飛び起きて叫びたい衝動を懸命に堪える。
――うわー、うわー、うわぁぁぁぁっ!?
もしかして――もしかして――もしかしてぇぇ!?
目一杯テンションの上がってしまったリナが、朝までまんじりとも出来なかったのは――言うまでもない。