★9★
今は小屋の狭さもベッドの粗末さも気にならなかった。
目の前にいる相手だけが、世界の全てだった――。
「――愛してる、リナ――。
――本当にいいのか?」
「――あんたこそ――あたしだけのモノに――なってくれる?」
「ああ――何もかも――喜んで」
熱い唇が重なってきた。
そのまま深く、貪っていく。
絡みつく舌に、魂ごと持って行かれてしまうような気がした。
それでもいいと――思えた。
「――辛かったか?」
「――かなり…ね……」
へばったような声のリナを全身で抱きしめて、ガウリイは何度も頬ずりした。
「――我慢するつもりだったんだがな――」
「――出来なかった?」
「――怒るなよ」
「何よ、こうしたコト?」
「それもあるが――。
ここしばらく――毎晩のように、夢ン中でおまえさんを――その――」
リナはそのイミがわかって、頬が火照ってしまう。
「こうなったらもう戻れないから――、のっぴきならないトコまで落ちちまうから、出来るだけ見せないようにしようって思ってた」
「――現実に抱いて――後悔した?」
「いや――、夢の中なんて問題にならないくらい――よかった。
もっと早くこうしなかったのは――後悔したかな」
リナはますます頬が火照りまくり。
「い、いいの? あたし――その――」
胸サイズや子供っぽい容姿に、密かなコンプレックスのある上、こんな方面の手管も何もない自分が、ガウリイを満足させられたとはとても思えなかった。
「わかってないのか?」
ガウリイはリナの素肌を優しく撫でた。
「…あんっ……」
リナの身体は素直に反応してしまう。
「こんなに感じやすくて、滑らかな肌してるってのに――。
慣れたらもっとすごくなると思うぞ」
「な、慣れたらって――」
「オレに抱かれるのはもうイヤか?」
リナは一瞬口ごもって――、ガウリイに擦り寄る。
「オレがおまえを女にしてやるよ――、オレだけのモノに――」
その言葉に恥じらいながらも、歓喜を覚えてしまう自分に戸惑いながら、リナは再び始まったガウリイの愛撫を精一杯受け止めていた。
他愛ないいつもの会話も、一つ大きなハードルを越えると、内容も濃さも変わり。
テレまくるリナを、ガウリイがからかい。
リナの何気ない言葉に、ガウリイが戸惑ったり。
端から見ているには勝手にしろ状態で、本人達も多少気にしたりもするのだろうが――。
そんなモノがないここでは、充分に二人の世界に浸り切れる。
逆に言えば、いたたまれなくなっても、逃げる場所はないとも――言う。
いつものように調査のために、外を回るにしても――。
「ちょ、ちょっと、何よ、その腕はっ?」
「何をって――組まないのか?」
逞しい腕に少しだけ空間を作って、当然のように眼前に立つガウリイに、リナは真っ赤になるしかない。
その初々しさに目を細めながら、ガウリイが促す。
テレと誘惑の間でせめぎ合っているリナに苦笑して、肩を抱き寄せた。
「――デートと勘違いしてない…?」
「ホレてる同士が外を歩きに行くんだから、そんなモンだろ?」
「あぁのねぇ……!」
「時間少ないんだから、もったいないじゃないか」
「……もう……」
言葉は渋いものの、表情は嬉しそうなので、内心はすでにバレバレである。
調査の場所に到着しても、リナはガウリイの視線にドキマギして、集中するどころではなく。
「そ、そんなに凝視しないでよっ!」
「――見てるだけだって。 気にしないで調べてろよ」
ガウリイのくすくす笑いに、リナは頭を抱える。
「あああっ、もうっ!」
さすがに今回は調査などにはなりそうもなかった。
幸福な時間は、駆け抜けるように過ぎる。
まして、想いが通じたばかりの間柄となればなおのこと。
傭兵としては第一級の評価を冠する二人と言えど、それは例外でなく。
明日には戻らなければならないリミットの晩――。
深く愛し合った後、二人は抱き合ったままぐったりとベッドに横たわっていた。
それでも眠るのが惜しくて、小さな声で話を続ける。
それもまた、二人にとっては大切な逢瀬だった。
優しい囁きと温もりに浸っていると、ゆっくりとガウリイが覗き込んできた。
「――リナ」
思わず見とれてしまうような笑顔。
リナも自覚しないまま、微笑んでいたのだろう。
そっと唇が重なってくる。
自分の中に満ちる幸福感のあまりの大きさに戸惑いながら――、リナは逆らえなかった。
「愛してる」
「……愛してるわ」
まるでお互いに魅入られたように、抱擁と言葉の交歓がいつまでも続く。
「――もっと言って……ガウリイ……」
甘えるようなリナの声。
普段ならなかなか素直に本心を明かすコトはないのだが――、今そんな回り道をしている時間は惜しすぎた。
「おまえもだぞ……リナ……。ずっと聞いてたい……」
「ん……、『愛してる』わ、ガウリイ……」
「……『愛してる』ぞ、リナ。
オレのリナ――」
「あたしのガウリイ……」
腕が絡み、軽いキスが交わされる。
「愛おしくて――可愛くて――食っちまいたいくらいだ――」
「……気が狂っちゃうんじゃないかって――思うくらい――大好きで――たまらないの」
「離したくない――」
「離れたくないわ――もう二度と――」
また深く口づけ、抱き合い。
どんなに望んでも、一緒にいることなど無理だとわかっている分、いっそう愛おしさが募る。
雇われの身とは言え、敵側に属する者と深く情を交わすことの意味が、重さが否応なくのしかかってくる。
「――何もかも捨てる――か?」
「――追われても?」
「おまえと一緒ならいいさ――」
「後ろ向きは――シュミじゃないわ――。
――堂々と幸せに――なりたい」
ガウリイはかすかに笑いを漏らした。
「それでこそ――オレのホレたリナだ」
「――戦〈いくさ〉が収拾付けばいいんだけど――魔族相手とかならともかく――人間同士の思惑って厄介だから――」
「それでも――何とか出来ることはしないと――な」
今度はリナが笑う。
「あんたのそんなトコ――すごく――好き」
二人はひとしきり唇を重ねた後――、眠りに落ちた。
翌朝――。
小屋の前で、装備を身に付けたリナと無装備なガウリイが抱き合っていた。
背伸びした小柄な身体を支えるようにして、前屈みになったガウリイが唇を重ねる。
名残惜しさに、何度も繰り返され――ようやく少し離れた時、リナが呟いた。
「――ガウリイ……、もう――」
「――ああ」
言ってはいるが、また激しくキスする。
このまま何もかも振り捨てて、この腕の中にいたい衝動に駆られる。
切なくて、愛おしくて――
だからこそ、互いを窮地に陥れるようなコトは出来なくて。
その理性だけが、激情を抑え込む。
「――大好き…よ――ガウリイ…」
「オレもだ――リナ」
「――もう――行かなきゃ――」
腕からふわりと浮き上がりかけたリナを、ガウリイがもう一度引き戻し――深く口づける。
術が途切れて――再び腕の中に収まってしまう。
今度はリナの方が上になって、熱く唇を求め合う。
「――あさって――」
「うん――」
「――絶対――来るから――」
「――待ってるさ――ずっと」
リナはガウリイをぎゅっと抱きしめると、そのまま飛び上がった。
何度も振り返ると――ガウリイはずっと同じ所に立って見送ってくれていた。