『さぷらいず・ないと』

<2>

「オレはいつでもここにいる。いつまでもいるから――。
 いつでもおまえの一番側にいて、護ってるから」
 優しい囁きが耳元に降る。
 リナは広く逞しい肩に顔を埋めて、その心地よさに浸る。
「親になろうって、無理して肩肘を張ることはないさ。
 おまえ一人だけで親をやってるワケじゃないだろ?」
「――あんたは、ナチュラルなまんまで親してるもんね」
 リナの呟きに、ガウリイはふっと笑いを漏らした。
「オレは――おまえ達がいるからこそ、オレでいられるからな。
 おまえ達のいない自分なんか――考えられない」
「――イヤね、依存症?」
 ガウリイがきょとんとした顔になって覗き込む。
 リナはくすくすと笑い。
「冗談だってば」
「――依存症って何だ?」
 リナはさらに笑うしかなかった。



 闇に紛れて出現した侵入者の一群は、そのまま迷うことなく――明かりの付いている居間を避け、子供部屋へと回り込み、窓のすぐ下に貼り付いた。
「よーし、気付かれてないな?」
 小声で囁く影に、頷く別の影。
「鍵開けの呪文は使えるか?」
「まかせとけ♪」
「レイナもできるよ?」
 そう――そこにいるのはまごうことなき、先ほど追い出されたはずのガブリエフ家の子供達だった。


 親が思っている程、子供という種族は簡単なモノではなく。
 親が想像する以上に、色々なモノを見て考えていたりする。
 脆い存在でありながらも、生命力に溢れ、強〈したた〉かで。
 そして、無茶とか冒険とか言うモノが、何より大好きなのである。
 まして、両親譲りで怖いもの知らずな、この子供達のコト。
 夜半の道を恐れるどころか、喜々としてある作戦を計画し、実行しようとしていた。


 そんなコトとはつゆ知らず、当の親達と言えば――

「――あんたって――ずるいんだから」
 ようやくガウリイから自由になった口で、リナが呟いた。
「そっか?」
「何でもわかってるクセに、何にもわかってなくて――」
「――何だ、そりゃ」
「いいのよ、あんたはあんたなんだから」
 擦り寄るリナを抱きしめ直して、ガウリイも頬ずりする。
「おまえも、おまえだからいいんだぞ」
「だから、ホレてるんでしょ?」
「おまえもな」
 また深いキスが交わされ――。

 居間で二人だけのらぶらぶ世界を、せっせと作っている真っ最中のようだ。



 子供の浅知恵とも言うが――それぞれにやたら頭の回るガブリエフのお子さんs。
 万が一誰かに見とがめられた時のカモフラージュのためなのか、祖父の隣家の飼い犬・マイバも一緒だったりする。
 もっともマイバにとっては、小さくて頼りない末姫は庇護の対象になっているらしいので、単に心配で付いてきただけなのかもしれない。
「おまえは、音消しの呪文をかける役。
 でないと、物音で父さん達にバレちまうだろ?」
 ラグリイに言われて、レイナは小首を傾げる。
「でもー、おおきなじゅもんつかったら、おかーしゃんわかっちゃうよ?」
「だから、さいてーげん、おれ達の部屋だけでいいから」
 ガルデイがぐしぐしと頭を撫でる。
「だけどー、おかーしゃん、もっとおこらない?」
 今度は次男坊が、妹のすぐ側に迫って小声で力説する。
「バレなきゃいいんだって。
 そもそもなぁ、悪いのは父さんなんだぞ?
 いくらあんな時だって、パジャマも着替えも持たせるの忘れるってありかよ」
「だってー、おじーしゃんがあたらしいのくれるっていってたよ?」
「ばーか。そんなのやってみろ。
 かってに余計なしゅっぴしたって、母さんかえって怒るぞ?」
 まだ承服出来ていない末姫だったが、この『だってー攻撃』とそのまま攻防を繰り返していたら夜が明けてしまう。
「だから、さっさと終わらせて、とっととじいちゃん家に戻ろうぜ。
 そしたら、母さんも怒らないし、父さんも怒られない、おれ達もちゃんと寝れる、誰も困んないんだから」
 珍しくガルデイの示唆で、論議にピリオドが打たれた。



 いくら小声でも高めの子供の声。こんなに話していたら気付いても良さそうなモノであるが――。

「――愛してる、リナ……」
「ん……愛してるわ…ガウリイ……」
「今晩は――寝かせないからな」

 ……………………………。
 悪意のある輩ならともかく、夜の冒険にウキウキしている子供達の来襲など、気付くどころの状況ではないらしい。



「じゃあ、も一回だんどり確かめとくぞ。
 まずおれが兄ちゃんの肩車で、窓の鍵を開ける。
 で、レイナが音消しの呪文な。
 おれが入ったら、ラーグが続く。
 荷物は、そのまま兄ちゃんが下で受け取って、終わったらすぐてっしゅう」
「『てっしゅう』って何だ?」
 母親よろしく段取りを仕切るバクシイに、これまた父親よろしくガルデイがツッコむ。
「さっさと帰るってコトだよ」
 ラグリイが苦笑いして解説する。
「レイナはうけとらなくていーの?」
「おまえは誰か来ないか、気配さぐっててくれ」
「そっかー、わかったー」
「じゃあ、始めっか」



 いくら自分達の家とはいえ、夜更けに魔法を使っての家宅侵入。
 これは当然、親を始めとする大人が、教育的指導をしなければならない所であるが――。

「……んっ……」
「遠慮なく声を出せって…、誰も聞いてやしないんだから…」
「……ばか……あん……」

 ――――――少しは気付けってば。



 バクシイが鍵開けの呪文を使って、窓を音を立てないようにゆっくり少しずつ開く。
 その隙間にするりとまたがって、合図。
 レイナはこくんと頷く。
「『サイレンス』」
 この呪文は、末姫のオリジナルである。
 空気の流れも感じられる彼女にとっては、それを狭い範囲で一時的に留めるくらいなら造作もないらしい。
 祖父の家に行って、着替えの件に気付いた兄達と話しているウチに、あっさり組み上げてしまったのだ。
 それがこの計画の発端となったのだが――。
 まだ魔道士協会員になって1年程なのに、応用を覚えてしまってから基礎を学んでいるという逆転の構図は相変わらずで。
 子供故の思考の柔軟さや満載な好奇心も手伝って、これからもこの調子で新呪文作りは加速していくに違いない。
 レイナがにっこり微笑んでも、特に何も起こったようには感じなかった。
 しかし、やはり感覚の鋭いラグリイが、窓に手をかけて軽く動かしてみると一切音はせず。
 兄達は指を鳴らす動作をしたが、やはり無音のままだった。

 当座の役目を終えた小さな妹は、兄達や両親以外の気配を探るために、大きな白犬と一緒に少し距離を取る。
 別な窓の下にまで行って、歩みが止まった。
 そこは一応レイナのためにあてがわれている部屋だった。
 普段はリナ達か兄達と一緒に寝ているので、着替えもそちらにあり、今は用はないはずだった。
『ねー、マイバ。
 こんばんはおとーしゃんやおかーしゃんに、おやすみしてもらえないんだね』
 静寂の呪文の有効範囲は離れているはずだが――、熟考して完成度を上げたモノではないからか、レイナの声は小さな呟きにしかならなかった。
 とは言え、もともと耳がいい犬には、十分に聞こえてたらしい。
 なだめるように、自分の肩と変わらない身の丈の末姫に擦り寄る。
『しゃみしいなぁ……』
 ふと、何か思い付いた表情が、レイナの顔に浮かんだ。
 兄達を見ると、まだ着替えの調達に励んでいる。
『『アンロック』』
 通常の音としては微かにしか成立しなくても、破格の魔力を誇るレイナである。
 呪文の効力は充分に発揮されていた。
『『ディム・ウィン』』
 上下にスライドさせるタイプの窓がゆっくりと持ち上がっていくのを見ながら、さらに別な呪文を――。

「レイナー、終わったぞー。……何やってんだ?」
 荷物を手に走り寄ってきた長兄に、末妹はにっこり笑ってボンボン付きの三角帽子を示した。
 それは確か母の手作りで、レイナの大のお気に入りだったはずだが――。
「こっちの部屋にあったのを、自分で取っちまったのか?
 ――父ちゃん達にバレてないだろうな?」
「うん。だいじょーぶだよ。
 ちゃんとじゅもんだけでとったから」
「ならいいや。さ、戻るぞ」
「うんっ♪」
 それぞれ戦利品を持って、ガブリエフ家のたくましい子供達は、祖父の家へと勇んで戻っていった。



 かの両親は。
 そんなコトはつゆ知らず、久々の二人きりをたっぷり堪能しまくっている。



 しかし、こまっしゃくれチルドレンは、ある一点をすっかり忘れ去っていたのである。

 ――そう。
 あの母すら最も恐れている、無双の存在のコトを。


<<つづく>>


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