『さぷらいず・ないと』

<5>


「『霊氷陣〈デモナ・クリスタル〉』!!」
 いきなり地面から濃い霧が吹き上がり、逃げる間もなく全員を包み込んだ。
「ひゃっ!?」
「うわあっ!?」
 霧に紛れて、飛び交う悲鳴と氷結する音が響き渡る。
 視界が戻った時には――ガブリエフ家の主人と息子達は、何とか全身氷付けは免れたものの、下半身はすっかり固められ身動き出来なくなってしまっていた。
 それでも父の愛全開、レイナを頭上に差し上げて、完全に氷から防いでいるガウリイ。
「おとーしゃんっ! おにーしゃんっ! だいじょーぶっ!?」
 さすがにいつになく緊張した末姫の声に、一同何とか頷く。
「――これでもう逃げらんないわよ」
 凍り付いた道路も樹木や芝生も溶かしそうな位、火の噴くような怒りを露わにしたリナが、氷のすぐ側まで近付いてきた。
「おい、リナ!
 オレまで固めてどーするんだっ!!」
「避けられなかったんだから、そのまんま巻き込まれてなさい!」
 一緒に旅をしていた頃から、ガウリイが呪文の巻き添えを食ってもさして気にしないリナだったが。さっきレイナの言った通り、今はお仕置き最優先で、不死身の旦那などかまっていられないと思っているのかもしれない。
 これはまあガウリイも、その気になれば簡単に逃げられるくせに、結局娘可愛さで巻き込まれているのだから仕方ないとも。
「これで済むと思ったら甘いからね」
 凄みを効かせる母親に、今さらビビっても仕方ないと思ったのか、本当にクソ度胸が据わっているのか、はたまた起死回生の策でも練ろうというのか――。
 男の子達は顔を見合わせて小さく頷き合った。
「――その前に教えてくんない? 何でわかったのさ?」
 まずガルデイが先鋒に出る。
「わかんないワケないでしょーに!
 親を甘く見てたら承知しないわよっ!?」
 これは逆効果。リナの手に魔法の光が灯った。
「とりあえず聞かせてくれても、どーせ逃げらんないって」
 バクシイがいつもの軽い口調で続く。
「わかんないまんまじゃ、ちゃんと反省出来ないよ」
 リナにも何か思う所があったのだろうか。ラグリイの言葉に、渋い顔ながら呪文を中断する。
「――そのかわり。
 あんた達も、何したのか白状しなさいよ」
 仁王立ちしたまま、腕組みをして――
「あんた達を迎えに行く時に、ガウリイに着替えを持って行かせようと思って、レイナの部屋に入ったら――。
 モノがぐしゃぐしゃになってて、ひどい有様だったのよ。
 最初は泥棒?とか思ったけど、鍵はしっかり掛かっているし」
 全員の視線を受け、差し上げられたままの恰好で、きょとんとしているレイナ。
「兄ちゃん達の部屋だって、一見きちんとしているのに、念のため調べたらおかしいじゃない。
 洗濯してタンスにしまったはずの服が、それぞれ一揃いずつ消えてるんだから。
 おまけに窓も、一見閉まっているように見せかけてあるくせに、実は鍵が掛かっていなくて。
 レイナの部屋もチェックしてみれば、三角帽子が消えている。
 それに近所のウワサ話。
 昨晩の姉ちゃんとの騒ぎを聞けば――ピンと来ないはずがないでしょーに」
 そうして、リナは怒髪天突く、なワケだ。
「うーん? ――何でレイナの部屋がそんなになってたんだ?」
 バクシイが唸る。
「――あの時、そんな呪文使ったのか?」
 長兄の問いに、末妹はぶんぶんと首を振る。
「レイナ、『ディム・ウィン』でまどあけて、『レビテーション』でボーシしゃんをとっただけだよ?」
「――『サイレンス』も全部風の魔法だよなぁ。
 干渉しあってヘンな効果起こたのが、部屋の中でたつまきみたいになったんじゃないのか?」
 いつも通り、ラグリイが分析してみせる。
『あちゃー』
 頭を抱える兄達に、レイナがしゅんとする。
「レイナのせいなんだぁ。ごめんね、おにーしゃんたち」
「だから、謝る相手が違うでしょ、レイナっ!」
 リナの怒号に、ますますしゅんとなってしまう。
「ごめんなさい、おかーしゃん」
「今回だけはダメ。
 さ、理由もわかったんだから、さっさと往生しなさいよっ!」
 くどくどと説教しないのは、昨日の再来になってしまうと思っているからなのか。
 即座に次の呪文に取りかかるリナ。
「おかーしゃんっ、やめてぇ!
 レイナだけしかられるからっ!!」
「お仕置きから抜け出して、家に忍び込んだだけでも言語道断っ!!」
 思わず答えてしまって呪文が中断する。
 が、怒りに任せてもっと強力なのに替えたようで、さらに魔力がヒートアップ。
「くそ〜!」
 男の子達は焦れてもがくが、どうにも出来ない。
 ガルデイは、氷から柄だけ出ている腰のナイフを何とか抜こうとする。
 次第に強くなってくる火の気配。
 これだけ多量の氷に向かって、火の呪文を放ったら――呪文そのものに加えて、膨張熱と氷の破砕で冷え切った足や身体がどんな状態になるか予想も出来ない。
 いくら耐久力の高いガブリエフ家の面々とはいえ、直撃を喰らえば無事ではすまないだろう。
 まして、人一倍脆い末姫となれば――。
 真剣な表情で、ガウリイが娘を見上る。
「レイナ、氷の外に放ってやるから、ちゃんと着地するんだぞ」
 しかし、レイナはいつになく逆らおうとする
「やだ、やだ! みんな、おかーしゃんにおしおきしゃれちゃうもん。
 わるいことしたのいっしょなんだから、しかられるのもいっしょだよ。
 レイナだけにげたりしないもん!」
 心がけは立派だが、今は末姫の悠長な主張に付き合ってやっている余裕はない。
「いいから! ほらっ!」
 ガウリイは出来る限り着地しやすいように、横の芝生に向かって放物線を描くように娘の身体を軽く放った。
 けれど、リナは怒りにまかせて、ガウリイは危険を避けるのに集中して、すっかり忘れ去っていた。
 末姫は――『他の存在を護るためにこそ、強力な力を発揮する』――コトを。
「『炎…』」
 レイナは空中を移動しながら、信じられないほどの早口で呪文を完成させ、精一杯の声で叫んだ。
「『フロウ・ブレイク』!!」
 辺りが一瞬白い光に包まれ――リナの周りに集まって来ていた魔力の火炎が、一気に消失した。
 レイナはほっとしたように微笑んだ――が、その後がいけない。
 元々反射神経や運動神経をどこかに置き忘れてきたような子供である。
 どっすん!
 防御も受け身もへったくれもなく、まともに地面――それでも何とか芝生の上に――落っこちてしまった。
 その勢いのままころころと転がると、お尻を上にした恰好でようやく止まり――その後俯せに倒れて動かなくなる。

『レイナっ!!』
 男衆の声がハモる中、さすがのリナも予想外の展開にとっさに動けない。
「くそぉっ!」
 男性陣は何とか氷から抜け出そうとするが、一番可能性の高いガウリイも、今回は愛娘を庇ったせいで氷にかなり深くはまってしまっている。
 腰の斬妖剣も氷の中では、威力の発揮しようもない。
「ちっくしょおぉぉぉっ!!」
 突然、長男のガルデイから雄叫びに似た声が上がり、ようやく腰から抜いたナイフを氷に突き立てた。
 先端が潜り込み軽くヒビが入ったものの――割れるとまでいかない。
「――兄ちゃん、も少し右!」
 氷の目――割れるポイントがわかったのだろう。斜め後にいたラグリイが叫ぶ。
「おう!」
 弟の言う通りにナイフを突き立てると、澄んだ音を立てて、腰周りから膝までの氷が砕け散った。
 氷に縛められたままのブーツを脱ぐように足を上げると、何とか抜ける。
「兄ちゃん、おれにもっ!」
 バクシイの声にナイフを放ってやりながら、ガルデイは氷の縛めから脱出した。
「レイナっ!」
 一直線に脱力したままの妹に駆け寄り、小さな身体を揺さぶる。
「おい、レイナっ!?」
「ふみゅ〜」
 頭に出来ている大きなコブを撫でながら抱きしめてやると、レイナの目が開いた。
「しっかりしろ。痛いトコないか?」
「うん…だいじょーぶぅ〜。
 これで〜おにーしゃんたちも、だいじょーぶだよ〜」
 魔力許容量と最大魔力がほとんど等しいと言われている、レイナのかけた『崩魔陣〈フロウ・ブレイク〉』である。
 おそらく今日一杯は、この辺りの誰も呪文を使えない状態になっているに違いない。
「――なぁにが大丈夫なのよ。
 賢〈さか〉しくあたしのお仕置き呪文を、封じればいいだろうって思ったんでしょうけど、怒ってるのには変わりないんだからね?」
 口と怒りはともかく、末姫がケガしていないか気になったのだろう。
 様子を見に近付いてきたリナに、ガルデイがぼーっとしたままのレイナを庇うように横抱きにする。
「怒るんなら、おれたちだけ怒ればいいだろ!?
 レイナはおれたちがまきこんだとばっちりなんだから!」
 今回は温厚な長男坊にしては珍しく怒りの表情を見せていたが、中でも今が一番キツい顔つきになっていた。
 昨夜、伯母とのバトル中にも、こんな顔にはなっていなかったのに。
 ――もっとも、あれはじゃれあいの延長線のような感覚でいたのかもしれないが。
「今さら遅いって言ったでしょ?」
「どうしてもレイナもって言うなら――母ちゃんだってしょうちしないからな」
 まだ子供のくせに、迫力だけはいっぱしの戦士並だ。
「いい度胸じゃない、ガル」
 本当はレイナが気になって仕方ないリナも、これには引っ込みが付かなくなってしまう。
「――ったく。兄ちゃんの言うの、ホントだって。
 レイナはさいごまで反対してたんだからさ」
 今度はバクシイが母と兄の間に立って、挑むような瞳をする。
「おれさ、痛いのも頭ごなしに怒られるのも大っキライだけどさ。
 でも、ひきょうものにはなりたくないから。
 何もかも妹におっかぶせて、知らんぷりなんてするなんてヤだから。
 母さんの気のすむようにしなよ」
 ――こうなると、すでに本来の方向とはズレて来ているのだが、誰も大人しく矛を収める気性でないだけに、怒りの収めようがなくなっているようだった。





<<つづく>>


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