『さぷらいず・ないと』

<6>

 まさに一触即発という緊張感を破ったのは――。
 ぷぷっ。
 やっと抜け出してきたガウリイの、やたらのんきな吹き出し笑いだった。
「何よっ!」
 今にも牙を出しそうなリナ達に向かって、ガウリイは笑い続けている。
「だってなぁ。
 バクシイの言い方――おまえにそっくりじゃないか」
 とっさに互いを見てしまった母子の視線がまともに合う。
 子供達の中で最もリナの気質を受け継いでいるのは、普段から次男坊のバクシイとは言われているものの――、特にこんな時は顕著らしい。
 破天荒な表側に反して、通す筋は通し、身内や仲間を何より大事にするタチなのは、かって相棒として旅をしてきたガウリイにはよくわかっているワケで。
 リナもまた一番照れくさい性癖を『我が子』という姿で見せつけられて、妙に腹立たしいやらくすぐったいやらなのは否めなくて。
 そこら辺も同じなのか、バクシイもバツの悪そうな顔をしている。
「やっぱり親子だよなぁ」
 場違いな程ほのぼのした父の物言いに、ヒリピリ尖っていた長男坊も思いっ切り緊張感を削がれてしまう。
「――レイナはさびしかったんだよ」
 ガルデイの後に隠されたレイナの側に回って、ラグリイは様子を確かめるようにコブを撫でた。
 同じ妹を守ろうとするのでも、末兄は上の二人とはスタンスが違うらしい。
「帽子を取ろうとしたのは、母さんを感じてたかったからで、イタズラなんかじゃないんだ。
 まあ、ふかこうりょくは――別にしてだけどさ」
 末姫が比類なき淋しがり屋なのは、家族では周知のこと。まして、この三男坊が言うことなら外れてはいないだろう。
 リナは軽くため息を吐きかけて――ふと顔をしかめる。
「――ちょっと、ガウリイ?」
「何だ?」
「――レイナの右腕――なんか……」
 家族中の視線がそこに集まる。
 言われてみれば、確かにずっとぶらんと下がったままなのだが――、本人が魔力の放出でまだぼーっとしているせいだろうと誰も気にしていなかった。
 当のレイナもそのまま、まるで他人ごとのように見て――。
「――あれ? うごかないや?」
 リナと兄達から一斉に悲鳴が上がる。
 末姫は作りがあまりに脆いのに、自己防御の能力は皆無に均しいのもまた誰もが認める処。
 その反面、人並み外れて痛みには強い――これは一種の自己防衛の手段なのかもしれない――のだが、えてして発見や治療を遅らせる結果を招き、毎度肝を冷やされる周りはたまったものではない。
「どれ、ちょっと見せてみろ」
 いつもながら周囲の流れに引きずられないガウリイが、一人冷静な口調でしゃがみこんで調べ始める。
「どーすんのよっっ!
 さっきの呪文で、医者呼んでも役立たずなのにっっ!!」
 怒りもどこへやら、心配の余り半ばパニくっているリナを制して、ガウリイは娘の身体を引き寄せた。
「レイナ、父さんに左手だけしがみついてろ」
「うん、おとーしゃん」
 緊張感のカケラもなく、大好きな父の膝と腹の間に埋もれるように、ぺったりとくっつく。
「よし、ちょっと我慢しろよ」
 ガウリイは抱っこと同じ体勢のまま、娘の細い腕を両手で掴み――持ち上げるように動かした。
 かくん、っと音がしそうな感じに、肩が動いた。
「どうだ?」
 レイナは素直に手を上げて、声を上げた。
「すごーい、おとーしゃん♪」
 ガウリイがみんなの方を向いて苦笑した。
「肩が外れてただけだ、心配ない」
 全員が歓声を上げる。――リナも含めて。
 それを自覚するより先に、ガウリイが預けて寄越した末姫を、リナは思いっ切り抱きしめていた。
 レイナは治ったばかりの腕できゅっと抱きついて、ようやく間近に戻ってきてくれた母に心地よさそうに擦り寄る。
「あのね、おかーしゃん。
 どーしたらおかーしゃんがおこんなくなるか、レイナわかんないけど――。
 レイナのこと、もうおかーしゃんはだいっきらいになっちゃってるかもしれないけど――。
 でもね、でもね……」
 自分でももどかしそうに、リナを潤んだ瞳で見上げ。
「レイナは、おかーしゃんのこと、だいすきだから。
 おかーしゃんがレイナのこときらいでも、レイナはずっとずっとだいすきだよ。
 それはいいでしょ?」
 いつもの小首傾げで微笑む娘に、もうリナはどうしていいかわからなくなってしまった。
 兄達のように叱られたくないための知恵でも、媚びでもなく、ただ無心に慕ってくる一途な想い。
 もう理屈も何もなく無性に――心の底から愛しいと思う。
 それでも、しっかり叱ってやるのも親だというジレンマが邪魔をする。
 どうにもリアクションの出来ないでいるリナの頭を、――立ち上がったガウリイが優しく撫でた。
「――もうお仕置きはいいだろ?
 後は、ちゃんと教えてやってチャラ、でいいじゃないか」
「……ガウリイ……」
「まあオレ達だって、夢中で全然気付かなかったわけだし」
 げしっ!
 子供の前もはばからずとんでもないコトを言い出す口を封じ、リナは大きく息を吐くと、子供達の前に膝立ちをした。
 胸元にレイナを置いたまま、正面にガルデイ、左にバクシイ、右にラグリイ。それぞれに視線を合わせていく。
 先ほどまでの臨戦態勢ではないものの、男の子達はまだキツい目をしている。
 続く沈黙。
 それでも何かを感じたのか――脇から眺めていたガウリイは微笑むと、静かに家の中へ着替えとタオルを取りに向かった。

『!?』
 母の突然の行動に、さっき呪文をかけられた時以上に、子供達は度肝を抜かれた。
 小柄な身体を精一杯伸ばすようにして――リナは全員を抱きしめていた。
 さすがに中央のガルデイまで手は届いていないものの、代わりに頬ずりするように顔を付けている。
「……か、母ちゃんっ?」
 混乱で声を上げる長男坊に、リナはしみじみと呟いた。
「――こうやって、最後に抱きしめてやったの――いつだっけか」
「い、いつって……」
 照れ屋で甘えるのを恰好悪いと思っているバクシイも、逃げるより混乱の方が先に立っているらしい。
「あんた達――こんな風に抱っこされる『子供』なんだって、すっかり忘れてたでしょ」
「――だって、レイナならともかく、おれたちもうそんなガキじゃない――」
「ガキなんだってば」
 ラグリイの講釈を遮り。
「――あたしも、忘れてたけど」
「おとーしゃんみたいに?」
 悪気なく見上げるレイナに苦笑してみせる。
「こうすれば、簡単に思い出せたのにね。
 あんた達みーんな、あたしのお腹の中にいたんだってこと」
 呟く母に、子供達が顔を見合わせる。
「それさえ忘れなきゃ、よかったのよね。
 あんた達はどんなにでっかくなろうと、知恵付けようと――あたしの子供なんだから」
 リナの手に力がこもる。
「――だから。あんた達も忘れるんじゃないわよ。
 いつだって――どこで何してようと、あんた達のコト気にしてる。心配してるんだって」
 今度は皆がリナを見つめた。

 しばらくして――照れ隠しなのか、バクシイがいつもの調子でおちゃらける。
「それって、『かほご』ってんじゃん?」
 リナは手を離し、額にデコピンを喰らわせる。
「ばぁか。思ってるのと手を貸すのは違うの。
 親だからって、甘やかしたりしないからね。
 誰がそう簡単に手助けなんかしたりしてやるっての。
 ガキじゃないって言い張るんだから、自分でやれるトコまでやって見せなきゃ承知しないわよ。
 だからって、とんでもないコトをしでかしたら――容赦しないと思ってなさい」
「――それでこそ、母ちゃんだ」
 今度は自分から抱きついて、ガルデイが楽しそうに笑った。
「見てろよ、ガキあつかいできないようにしてやるから」
「違法行為じゃ認めないわよ」
 バクシイは笑いながら、ぐりぐりとリナに頭を擦りつけた。
「――ラーグおにーしゃん?」
 不思議そうな末姫の声に視線をやると――妙に照れたようなラグリイの顔。
「――ラーグ?」
「――母さんは気が付いてないだけなんだよな」
「? 何がよ?」
「――いいよ、おれも何て言っていいかわかんないから」
「気になるじゃない、教えなさいよ」
 困ってしまっている末兄に、レイナがにっこりと笑う。
「おかーしゃんがいってたの、ほんとにほんとだったんだよね」
「――あのクラゲが何言ったわけ?」
「『おかーしゃんは、どんなことがあっても、みんなをこころからあいしてるんだぞ』って」
 リナが見る見る真っ赤になった。
 母の照れ屋ぶりをよく知っている子供達は、この反応で父の言葉が的を射ているのだとわかる。

 タイミングを見計らったワケではないだろうが――そこにガウリイが声を掛けてきた。
「おーい、リナ。
 風呂沸かしてきたから、子供等を……おわっ!?」
 回し蹴りで吹っ飛んだ旦那と共に、いつもの調子が戻ってきたようである。


 これで済めば一件落着――なのだが、その午後。
「だぁからぁ、どーして氷付けにならなかったあんただけ風邪引くワケっ?」
「ふみゅ〜」
 居間のソファに横になったレイナの額に、リナが濡れタオルを当てながらボヤく。
「そりゃあ、レイナだからなぁ」
「なあ」
 直撃をくらったはずの兄達は、足が少々しもやけになった以外はいたって元気である。当然、ガウリイも。
 もっとも、自分達のせいで風邪を引かせてしまった自責の念はあるのか、少しは昨夜の反省をしているというのか、誰も外へ遊びに出て行こうとはしない。
「もー、医者を役立たずにしちゃったんだから、今日は大人しく寝てるしかないのよ。
 ここにいたって静かに休めないでしょ。レイナは自分の部屋で寝てなさい」
 抱き上げようとするリナに、レイナが抵抗を示す。
「やー、ここでいいのぉ〜」
「――みんなと一緒にいたいからって言う?」
「うん。みんなといっしょにいるのだいすき。
 おとなしくしてくれなくていいの。そばにいるだけでいいんだよ」
 盛大にため息を吐くリナに、さらにとんでもない説明が続く。
「でもね、きょうのここって、おかーしゃんとおとーしゃんの『しあわせ』ってかんじがするの。とっても気持ちいいんだよ」
 無邪気な――それでいてえらいコトを言う娘に、リナとガウリイは顔を見合わせた。
「それってつまり――」
「きまってんじゃん」
「――何が?」
 男の子達から視線を浴びて、珍しく赤くなったガウリイが、頬をかきながら――
「――そりゃあなぁ……」
「うるあっ!」
 また真っ赤に顔を染めたリナが、連続攻撃で不埒な男共をドツキ倒す。
「…そっかー。おかーしゃんは、だいすきだからおこるんだね」
 熱で真っ赤な頬をしたレイナが、楽しそうに笑った。




<<おしまい>>


5へいんでっくすへおまけへナイショ♪