『Go to deliver chocolates』

<中編>


 二人はあきれる程の勢いで、ぱくぱくチョコを食べています。
 ガウリイが体格に見合った分大食漢なのは、まだ納得出来るとして。
 リナの方はいくら成長期と言っても、この小さな身体で負けないだけ食べるというのは――。
 こんな所もガウリイが気に入った所以なのでしょうか。
 狐もチョコの食い過ぎで鼻血が出んのだろうか?とか考えながら、すっかり蚊帳の外に置かれてしまったゼルガディス、自力で茶と煎餅を調達してきました。
「リナ、美味いか?」
「うん♪ とぉーっても♪」
「そっか、もっと食っていいからなっ」
 言われたコトが嬉しいのか、微笑んで頭を撫でてくれるのが嬉しいのか、リナが心地よさそうに目を細めます。
「――おまえらが種族を越えて仲良しというの『だけ』はよくわかった」
 煎餅をかじりながら、ゼルガディスがぼやくと。
「なにこれ?」
 次の箱を開けたリナが、チョコが出てこなくてきょとんとしています。
「ああ、カードが上になってるんだ。ほら」
 中蓋のように入っていたカードをガウリイが取り除けてやると、興味が湧いたのか覗き込み。
「『ゼルガディスさまへ。
 ガウリイさまへとどけていただくおれいです。
 かんしゃとけいあいをこめて。ミワン』」
「字が読めるのか、おまえっ!?」
 さくっと読まれて、目を見開くゼルガディス。
「あったりまえでしょ、あたしをだれだとおもってんのよ」
 ――さすがは妖狐、あなどれん…。
「で、『けいあい』ってなに?」
「わかって読んどるんじゃないのかっ!」 
 ますます侮り難いと痛感したのでした。 
「――ミワン――って誰だっけ?」
 カードを見つめたまま、ガウリイは何をしてるかと思いましたら。
「……この店にも来てるはずだぞ、女子校に通ってる黒髪ストレート」
「…………はて?」
 ガウリイなりに考えているのですが、何せそういう娘なんて沢山いますから、即座には思い出せません。
「確か――母親が学園長だったはずだが」
「――――うーん………?」
 らしくなく回した頭が、別方向に脱線したのか。
「――なんでオレ宛てのチョコを,わざわざおまえに頼むんだろうな?
 どっちも店先に出てるし、すぐ近所なんだから、わざわざ間接渡しなんか面倒だろうに」
 さんざん食ってから気付くな、とその親友はため息をついて。
「俺宛てなら、片っ端から断るからな。
 おまえのにかこつけて、何とか渡そうって作戦なんじゃないのか」
「つまり、ガウリイは『あてうま』ってことなのね」
「――なんでそんな言葉は知ってるんだ!」
 思わず乗り出してツッコむゼルガディス。
「???」
 ちみリナより鈍い『当て馬』当人に、とうとうと説明してやります。
「つまり――この場合、ミワンの本命は俺なんだろ。
 だが直接持って来ても、俺は受け取らない。
 そこで一計を案じる。
 『親友のガウリイ様に頼みますと言えば、絶対ムゲには断れないに違いないわ。本人のと抱き合わせにして渡しちゃえばいいのよ』ってな寸法だ」
「なんだー、どうりですぐ思い当たらないと思った」
 明るく笑うガウリイの膝で、わざわざの声音使いに呆れたリナがあっさり言い放ちます。
「そこまでわかってんならことわればいーじゃない」
「簡単に諦めるようななら、最初っからこんな作戦を実行するわけなかろう。
 もっとエスカレートして過激な手段に出られたら、かえって面倒だろうが。
 ――ったく、妙な知恵が広まっちまって厄介なこった…」
 言われてみれば、最初にガウリイへ預かってきた分と同じ包みが、ゼルガディスの分にもいくつか混ざっています。
「そりゃ、おまえが見かけによらず律儀だってコトも、しっかり知れ渡ってるからじゃないか?」
 珍しくガウリイにツッコまれ。
 ゼルガディスはますます渋い顔になりました。
「涙ぐましい努力だなぁ。
 ――それならオレにゼルガディスの分を預けた方が、よっぽどカンタンだろうに?」
「おまえに渡しても忘れるからだろ」
 こればかりは同意だったので、リナもこくこくとうなずきます。
 彼女もそれで何度蹴りを入れたか知れません。
「そもそも、おまえが甘いもの苦手だって知らないのか?」
「このイベントには関係ないんだろう。
 毎年断っても断っても、アパートの郵便受けだのバイトの店の隅なんかに置いてくヤツもいるし。
 ――もっとも、ここで帽子屋の主とミニ妖狐の腹に収まるなんて、夢にも思ってないだろうが――」
 チョコに夢中なリナは、この発言は無視することにしました。
 その不屈の努力のおかげで、こんな美味しいモノにありつけるのですから。
 ちっとも気にせず食べ続けているちみ狐を見ながら――もしこの状況をチョコの送り主達が見たら、怒り心頭だろうなと、ゼルガディスは思うのでした。
「――なあ、ゼルガディス。
 もしかして、ミワンって……。
 女子校で生徒会長やってるっていう、翠の目の娘か?」
 いきなりな発言。
「……おまえの脳内シナプスはいったい何千キロあるんだ。
 だから、最初からそう言ってるだろうが」
 ようやく思い出せたと言うのに、ガウリイの表情が冴えません。
「あのなぁ………。
 その子って――確か、『男』だぞ?」
 いきなりな内容。
「………………………はあ?」
「『おとこ』どうしのつがいってありなの?」
「そ、そんな趣味はないっ!
『女子』校の生徒だぞ!?
 他の誰かと混同してるんだろう!!」
「学校長の子だろ?
 他の娘達の話だと、跡を継ぐための教育――だったかで、女装して通ってるとか、なんとか――」
 ぴきききぃぃぃっ!!!
「とことんなんぎなはなしなのね」
 全く同情っ気のないリナの呟きも、もはや完全にフリーズしたゼルガディスには届いていませんでした。

「あたし、にがいのより、あまいほうがもっとすきだなー」
「ビターだったら、オレによこせばいい」
「じゃあ、あまかったら、ちょーだいね」
「わかったわかった」
「……勝手にやってくれ」
 すっかり脱力してしまったゼルガディスが、帰ろうと腰を浮かせた時。
 げしっ!!
 突然、ガウリイが包みをほどいた箱を、リナが蹴り飛ばしました。
 中身とカードが畳の上に散乱します。
「ど、どうした、リナ?」
「それ、ヤだ!」
 再び盛大に逆立っているシッポ。
 ガウリイは転がったチョコを覗き込みましたが、見た目には別段変わった所はなく。
 ゼルガディスは飛んできたカードを手に取りました。
「――『マルチナ=ナブラチロワ』?」
『……………』
 男達は目を合わせ絶句。
「――もしかして……、あの破天荒で有名な地主の娘か?」
「……ガウリイの追っかけじゃなかったか?」
「――そういや、さっき閉店間際に飛び込んで来て、押しつけてったよーな……」
 この脳クラゲが覚えているのですから、相当な『ヒト』なのでしょう。
「なんだかヘンなにおいもするんだもん。とにかくきもちわるいんだってばっ」
 太股に乗ったまま、すっかり臨戦態勢になっているリナを片手で抱えながら、
「どれどれ…」
 箱に残った一個を拾って、匂いを嗅いでみるガウリイ。
「ちょっと待て。
 あの娘なら――、前に俺のバイトしてる漢方薬局に来て――、『イモリの干物』を買っていった覚えが――」
「?」
「――確か、俗説では『イモリの黒焼き』は――ホレ薬になるとか言ったような――?」
 ぶっ!!
 ガウリイはこたつから外れんばかりに思いっ切り引いて、リナを両手でぎゅっと抱きしめました。
「まあ――あいつならやりかねんな」
 どーりで。そんなケッタイなモノが混ぜ込んであれば、ヘンな感じもしようものです。
 元々苦いビターチョコ、気付かずに食べてしまったかもしれません。
「リナのおかげで、おかしなモノ食わなくてすんだのか…。
 ありがとなぁ」
 ガウリイはすっかり破顔して、ぐりぐりとリナの頭に頬ずりします。
「ちょっと、みみがつぶれるでしょ!」
「ああ、すまんすまん」
 それでも褒められたリナは、決して嫌ではない証拠に――軽くシッポの先が揺れていました。
 
「漢方薬局って言えば――」 
 横を向いて何か考え込んでいたゼルガディスが、唐突に振り向き。
「――なあ、リナ。
 おまえの身内か同族に、黒髪――じゃなくて黒毛のヤツはいないか?」
 ばうんっ!!!
 いきなりリナの変身が解けて、元の仔ぎつねの姿に戻ってしまいました。
 食べかけていたチョコも放りだして、そのままガウリイにひしっと抱きつきます。
「リナっ!?」
 リナががくがく震えているのが、はっきり伝わってきます。
 ――どうやら心底おびえているようです。
 言ったゼルガディスも、あまりの過剰な反応に驚くほど。
 人間の子供に化けていても小さなリナですが、本来の狐の姿は本当に小さくて――、ガウリイの腕の中に収まるとほとんど見えなくなってしまいます。
「おい、今度はどうしたんだ?」
「……ど、ど、ど、どうし……?」
 顔を埋めたまま、リナが掠れた声で何とか尋ねようとしているようです。
 ガウリイに視線をよこされて、ゼルガディスは我に返りました。
「あ――ああ、時々、深い森の奥でしか手に入らないような薬草や、貴重な材料を持ち込んでくる謎の行商人がいてな。
 出所を訊いてもはっきり言わないし――、どうにも普通じゃない雰囲気を感じる時もあるから、もしかしたらと思ってな」
 ガウリイがなおも震え続けるリナをそっと覗き込むと、すっかり涙目になっています。
 さらに包むように抱きしめてやって、頬ずりしながら背中を撫で始めました。
「ほら、大丈夫だ。
 こうしててやるから、安心しろ。オレが守ってやるから――」
 ゼルガディスはガウリイとけっこう長い付き合いになりますが、こんなに優しい声音と表情は初めてのような気がします。
 彼は思いました。
 天涯孤独の身は一緒でも、家族と折り合いは正反対だったので――やっぱり淋しかったのかもしれない。
 元々面倒見の良いヤツだが、この小さな仔ぎつねにすっかり保護欲を刺激されてしまったのだろう。
 どんなに気が強くておてんばで大食漢だろうとも、可愛くて仕方ないのだろう、と。

 とっても優しい囁きと温もりに、最大級に爆発したシッポも少しだけ治まってきました。
「――そ、それって、…おとこ? …おんな?」
 また刺激しないように、ゼルガディスも出来るだけ静かに答えます。
「黒い長い髪で、ちょっと女性っぽい容姿だが――間違いなく男だ」
「……なんだぁ!」
 リナの緊張が、一気に溶け去りました。
「それ――あたしのとうちゃんじゃない!
 こわがってソンしたっ!!」
 ガウリイからぱっと離れると、狐の姿のまま、ぷるぷるっと体を振り。
 大きく息を吐いて伸びを一つ。
「もー、チョコどこよー。
 おどかすから、もったいないことしちゃったじゃない!」
 何事もなかったかのように、くんくんと鼻をならして放り出したチョコの行方を捜し出すちみ狐。
 あまりに急激な変化に、男達はまさに『キツネにつままれた状態』です。

「…女だったらマズイのか?」
 シッポの毛がハデにざわめき。不用意に追及したガウリイは、見事な後ろ蹴りを食らいました。
「こんどいったら、しょうちしないからねっ!」
 ――今でも十分承知してないだろ。
 ゼルガディスの頬に流れる汗一筋。
 彼等は知るよしもありませんが、リナの姉は九尾の妖狐。一族では最大の力を持っているのです。
 彼女にとっては、この世で最も畏怖する存在――弱点なのでした。
 
 すっかり復活したリナは、ガウリイの陰に回ると化け直してきました。
「……今さらわざわざ隠す必要、ないと思うんだが?」
「おとめのはぢらいよ!」
 しかし――。
 憮然としながら、またガウリイの膝の上にしっかり陣取る辺り、どこが乙女なんだ?とツッコみたくなるのを堪えて、
「――なんでまた、妖狐が人間相手に商売してるんだ?」
「『にんげんからえられるモノはたくさんあるからな』って、とうちゃんはいってたけど。
 じょうほうとか、おかねとかじゃないの?
 あんたこそ、なんでそんなトコではたらいてるわけ?」
 逆にリナの追及を受け、ゼルガディスは口ごもってしまいました。
「一族の呪いを解く方法が見付からないか――だったよな?」
 ガウリイがシッポを撫でながら、フォローらしきものをしました。
「ふーん」
 そこは妖狐の一族、不可思議関係は慣れてるのか、単純に納得したようです。
 けれどリナ同様、当のゼルガディスには痛いツボで、今度はこちらが不機嫌になってしまったのでした。



<<つづく>>

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